第49話 格の違い
「シャル―――!」
「!あ……」
人ごみの中、とても大きな声。
背もだいぶ高くなって、頭一つ抜き出てるから、よくわかる。
「ケディ!!」
「やあ!久しぶりじゃん、シャル!元気だった?」
「?!うわっちょっと…」
近くで見ると、大分身体も大きくなって、力も強い。そのまま軽々と抱き上げられてしまった。
(こ、こんなに力強かったっけ?!)
「相変わらず小さいなー」
「も もう!ご挨拶じゃない…それより、すごい大きくなったね。びっくりしちゃった」
「そりゃあ……成長期だし?で?」
一瞬ひやりとする空気を感じて、後ろを振り返るけど…笑顔のカシオス。
でも、その笑顔ちょっと怖い…。
「やあ初めまして。君は…ケディック=エイデン、だね」
「あれ、僕のこと知ってるなんて珍しい。…あなたこそどちら様?その髪を見る限り…ただものじゃなさそうだけど」
「ああ……その理由はお察し、かな」
「……昔、父上が言っていた。奈落に落ちなかった獅子の子の話」
「ご明察」
(え?!ケディって…カシオス様の事、知っていたの?)
そう言えば、レイドックとイルモンド侯爵と、クロム陛下は仲が良かったと聞いた。
つまりは、エイデン侯爵家は…今も昔も、セレスト王家に忠義を持って仕えているということ。
でも、会ったことはないみたい?でも…大人になってからの後ろ盾としては最強かもしれない。
(そうなると……本当に、王位を継ぐつもりなのね)
ヴァラモに属さず屈さず……完全なる中立を保つエイデン侯爵家。
アズレアでも、現王政のセルリア王家と並ぶほどの地位と権力を併せ持つ、アズレア王国の良心、とまで言われている。
(じゃあ…ケディたちも……)
「あれ?そう言えば…フォーレは?一緒じゃないの?」
「あー…多分、近くに」
「シャルちゃーーーーん!」
「わ?!」
がば、と抱き着いてきたのは……大きいお胸に、眩い金髪。
「ラシー!」
「はーい!あなたのお友達のラッセルちゃんだよ!お久しぶりーー高校通うんでしょ?!楽しみ過ぎて迎えに来ちゃった♪」
ラッセル=ニッカは、例のパーティ以来、親交が深い。
今や社交界の男性が切る燕尾服はほとんど彼女のお父様の会社が作ったデザインのものが主流だし、実はうちの伯爵家が仕入れた布を優先的に買ってくれるお得意様でもある。
特にこのラッセル…ラシーは、年も近いしなんだか気が合うので、よくお茶したり、買い物したりする私の数少ない親友の一人なのだ。
「久しぶり、シャル」
「あ!フォーレ!ラシーと来てくれたんだ!」
「いや、先輩とはさっきそこで出会ったばっかり…」
言いかけて、咄嗟にフォーレの表情が停まった。
「こんにちは、君がエイデンの弟、か」
「……あなたは」
「お嬢さん、初めまして。僕はカシオス…シャルの最も近い友人だよ」
ん?最も近いって…言い方!言い方よっ…
すると、ラシーはにやりと笑って一度私を見て、…なぜかフォーレを見て、満面の笑みで応えた。
「じゃああたしは大・親・友ってことになりますねぇ~」
「うーん…女性の友達はかけがえのない物と聞く、少し妬けるな」
「あの…カシオス様、誤解を招くご発言は」
「どうして?正直な感想だけど…それより。ケディック、フォーレ。君たちともぜひ、仲良くしたいと思ってる…今後とも、よろしく」
カシオスがそう言うと、ケディもフォーレも無言で頭を下げる。
見かねたお父様は間に入る。
「みんな、ここじゃ色々と目立つだろう?場所を変えた方がいいんじゃないか?」
「あ、はい。お父様」
(ランザとは違う…潮の香)
鸞坐の海は少し植物の匂いが混じった不思議な香りがする。
でも、ここ…アズレアでは。
「少し、冷たい…鉄の匂い」
同じ潮の香りでもこうも違うものなのか、そう思った。
(…ああ、帰ってきてしまったんだな)
――港近く、人気のカフェテリア。
ここはチーズケーキが有名で、いつでも満員御礼な予約必須のお店。
それなりの名を持つルドヴィガ家の名前なら、いつもは個室に案内されるのだけど。
「申し訳ありません…本日は、満員です」
ぺこりと頭を下げる店員を見て、お父様はため息をついた。
「珍しいな。…つまりはどこかの貴族が来ている、ということだが」
「なんか、女性が多いですね」
見渡す限り、着飾りまくった女性ばかり、ちらちらとしきりにとある方向を見ている。
すると、後ろでケディは変な声を出した。
「うえ……そう言えば、いたぞ、薔薇の君と噂の第二王子」
「噂の…第二王子…って」
ちらりとカシオスを見ると、どこか冷笑気味に女性たちの視線の先を顎で示した。
「あそこ…いるね」
「……でも、彼は」
すると、耳元でラシーがこっそり教えてくれた。
「冥界からの帰還って噂されてるよ。…狂気を超えて生還した正気の王子様!」
「狂気を超えて…って」
「アタシからすれば…ただの女好きだよ。アノヒト、夜会であった時妙に馴れ馴れしくて。ヤな感じ!シャルちゃんも気を付けて」
「うん……場所を」
「あれ?!君がルドヴィガ家のお嬢様?」
ぎくりとした。
大きな声が私を呼ぶと、店内は水を打ったようにシン、と静まり返る。
「シャル…」
「お父様」
お父様は頷くと、私の前に立ちはだかる。
大きなお父様の背中越しで見るのは…第二王子、イリシユだ。
「第二王子殿下」
「ああ。堅苦しい挨拶はいらないよ、ルドヴィガ伯爵。…今日は完全なる休日の日だし、…ねえ?」
「!」
さっと私が顔を隠すと、隣にいたラシーが前に出る。
「王子様、社交界のデビューもしていない令嬢に、こんな場所で直に声をかけるのは無礼にあたる行為ですよ?」
「どうして?…俺の方が地位は高いし君たちに拒否権はない。素直に顔を見せてほしいな、令嬢」
(しつこいな…何、こいつ、前もそうだったけど…)
以前会ったときもそうだった。…妙に私を気に掛けるのはなぜ?
それに…なんていうかこのネコナデ声?みたいな感じのしゃべり方…何っか鳥肌が立つ。
「…あなたが、今代のアズレア王国に置いて、王から数えて3番目の権力者となる、イリシユ=セルリア?」
「……?お前」
「いいよ、ニッカ令嬢。ここは僕が一番場を収められる。レイドックも」
「…わかりました」
あれよあれよという間に私の前には、エイデン兄弟も含めみんなが高い壁となって立ちはだかってくれている。
そ、そんなにこの第二王子って…やばいの??
「不躾に俺を見る…お前は?」
「…うん、なるほどね」
「は?」
「安心しました。―――どうやら、顔の造形も立ち姿も、僕の方が整ってるようだ」
「?!」
は?
ざわ、とどよめきが走る。
(か、カシオス?!)
「な、な、なな」
「ほら、咄嗟の判断力が鈍い上に、その服装…寄れたシャツに、胸元が中途半端にはだけて貧相な胸板が良く見えるし。髪も整わず、姿勢も」
「な…?!」
い、今、小突いたの?!
「な、何す」
「少し力を加えただけでバランスが崩れる…体幹のない証拠」
「うっ」
「ね?すぐ姿勢が崩れて転んでしまう」
カシオスが軽く指先で押すと、ドスン、と間抜けな音を立て、イリシユは尻餅をついた。
「ついでに、所構わず女性を侍るのも、自信も品性も欠けている…この上ない証拠、だ。」
カシオスの言う通り、彼がいたであろう席には女の子がびっしりといた。
皆目配せをしあい、こそこそと帰り支度を始めている。
「お前…何者だ」
わなわなと震えるイリシユに対して、とどめの一言。
すっと目を細めると、カシオスは冷徹に告げた。
「そして何よりも残念なのは、その知性の低さ。この髪と瞳を見て何も気が付かないとは……付け焼刃の高貴さなど、本物の前ではただの粗悪品。目障りだ」
さあ…っと、店内は冷房が効きすぎるくらい周囲の空気が冷やつき、静まり返った。
「店主」
「は、はい?!」
「彼女たちも帰るみたいだし…お客様のお帰りだ」
「か、かしこまりました…」
「あ、片づけるのも忘れずに。……次は僕たちが使うから」
そして…最後にこの笑顔。
…完全勝利って顔に書いてある。茫然と座り込むイリシユを、あとからやって来たセフィールがひょい、と腕を持ち上げた。
「行きますよ、イリシユ殿下」
「ちょ…!離せ!まだ…」
「ああ、久しいな。セフィール=ヴァラモ」
「失礼をいたしました。……カシオス殿下」
「相変わらず貴殿は主人に恵まれないね。…無能で高貴な主人の面倒を見るのは大変そうだ」
セフィールは否定もせず肯定もしない。ただ会釈し、じたばたと喚く第二王子を引きずっていった。
去り際、こっそり顔をのぞかせると…あ、目が合った。
「……無事でよかった」
「あ…はあ」
―――そして、満足げに微笑し、帰っていったのだった。
「あんな風に対応して…大丈夫ですか?」
息をついたフォーレが言うと、カシオスは笑った。
「この王国で、彼にものを言える人間は僕を含めて数人しかいない。生まれた順番が違っても、その血筋は天と地ほどの差があるものさ」
「…生まれた、順番」
噛みしめるようにそう言うと、フォーレは口を閉ざしてしまった。
(フォーレ……)
「……シャルに危険が及ばないなら、僕は何も言いません。でも…先ほどの手腕、お見事でした」
「ありがとう。…ケディック、君は僕が小突いても倒れなさそうだ」
「おかげさまで。…むしろ、今度手合わせさせ戴きたいほどです」
「……」
(ケディは随分楽しそうね。お父様は……後で胃薬渡してあげよ)
私は、そんな男性たちのやり取りを見つつ、甘めのミルク・ティーを無心に飲んだ。
「なんか、すごいヒトなんだねー」
「…ラシー」
「あ、でもかーなり!スカッとした。そう言えばククナは?」
「それには完全同意。…ククナは、ちょっと頼みたいことがあって、ランザから別の経由で明日帰ってくる予定」
「お…もしかして。ついにリッハシャル=ルドヴィガ、デビュタント衣装、決定っ?」
「そう、一着ドレスをお願いしてるんだ」
――そう、とびきりの。
誰もが驚くような新しいドレスを。
読んでいただきありがとうございます。




