第47話 赤い執着
海の上を流れる風が塩を混じらせ、乾いた風を運び、坂の上に建つパーティホール・オステリアの壁にかかった赤いヴァラモ公爵家のフラグを揺らした。
アズレア王国で最も美しいと言われるこの邸宅では、名のある貴族たちは競うように夜会を開き、夜ごと様々な言葉のやり取りや駆け引きが繰り広げられている。
「18歳の誕生日、おめでとうございます!ルビエル=ヴァラモ様!」
所狭しと円卓の上には豪華な料理が並び、その中心に大きなホールケーキがおかれていた。
「ありがとう、皆さん」
招待客全員からの祝福の言葉を受け、ルビエルは花のような笑顔を振りまいている。多くのプレゼントが運ばれるセレモニーが終わる頃、セフィールは声をかけた。
「18歳おめでとう、ルヴィ」
「ありがとうございますお兄様。……やっぱりお兄様からの賛辞が一番嬉しいですわ」
そう言いながらも、ほほ笑んだ顔に少しだけ影が落ちる。
(無理もない…か。可哀想に、まだ恋も知らないまま、家の道具にされるなんて)
ヴァラモ公爵家の令嬢にとって18歳の誕生日パーティは別の意味を持つ。
次の「他家に咲く花」になることを義務とされている為、その相手を選ぶ重要な催しであり、年頃の若き多くの貴族が招待されている。
(――俺だったら、絶対に嫌だ)
「…君へのプレゼントは後で渡そうかな、愛しの妹よ」
「ふふ、楽しみに待っていますわ、…またあとで」
再び、参列者の輪の中に戻っていくルビエルを複雑な面持ちで見ていると、セフィールはふいに声をかけられた。
「まあ…あなたが、セフィール・ヴァラモ様?」
「……」
ひらりと紫色のドレスのドレープが舞う。
大胆に開いた胸元には深紅の薔薇のブローチ、そして赤い宝石のついたネックレス…今、王都でトレンドのお決まりのスタイルだった。
(……品のない、赤)
「失礼。人違いでしょう」
「あ…え」
取り付く島もない対応に、女は顔を真っ赤になる。
その姿を顧みず歩いていると、ズシリと肩に腕が巻き付いた。
「…兄上」
「あーあ、…彼女、ここ最近有名な社交界の花の一輪だというのに、つれない男だ」
後ろに束ねた赤い髪が揺れる。
夜会に置いて、黒のテイルスーツに、深紅のタイの着用が許されているのはヴァラモの直系男子のみとされている。
少し頬が赤いのは、既に飲んでいるからかもしれない。
セフィールは、この男が好きではなかった。
「君は、誰にも負けない美貌と整った容姿を持つ、父上の傑作だろう?選べる立場にあるのだから、もっと自由に振る舞えばいい!」
「…兄上のように地位も立場も顧みず、奔放に振る舞えたらさぞ人生はもっと華やかなものとなるでしょう。うらやましい限りです」
「まあ、俺は君ほど周りの期待も重圧も受けていないから。気楽な物さ…人生において、そこら中にある花を愛でずにいては、その半分を損失してることと変わらない…つまらない男だねえ」
(ああ、鬱陶しい。ルヴィの誕生日でなければ欠席したのに)
ヴァラモ公爵家には、現在5人の男子と、3人の娘がおり、それぞれ序列が存在する。
後継である長子には既に子もおり、後のヴァラモを継ぐ血統は安泰と言われ、二人の兄もそれぞれ名のある爵位ある妻を娶っている。
いまだ相手が定まらないのは末弟のセフィールと、すぐ上の自分よりも序列が下の「火遊びが過ぎる」兄、アメジスのみなのだ。
「君は事業ばかりにご執心の様子…もう少し派手に舞い、遊ぶ方が箔が付くというものだ…ほうら、例えば」
アメジスはそう言うと、空いた片方の指である一定を指す。
「あの方のように…ね?」
「!」
レッド・ゴールドブロンドに、灰褐色の瞳。
瑠璃色の外套に白のジャケットは王族しか着用が許されない。
(イリシユ=セルリア!?)
「…まさか」
「どうやら、我らが偉大な祖父殿は、彼の花にルビエルをあてがうようだ」
「王家の花…だが、彼は」
過去に一度セフィールが遭遇したときはまだ「狂人」と呼ばれていた。
しかし、ここ最近『まとも』になった、らしいと聞いていた。
「やあ、レディ・ルビエル。…君に会えて光栄だ」
「お初にお目にかかりますわ。ルビエル=ヴァラモと申します。王国の新しい太陽と呼ばれる殿下が今宵、私の為に駆け付けて頂けるなんて…光栄に思います」
「俺こそ、君のような美しい令嬢と今まで接点がなかったこと、心苦しく思う。もっと早くに出会いたかった」
ひとたびほほ笑むと、その場にいた女性たちは皆うっとりと瞳を閉じる。
それは、ルビエルもまた同様であった。
(彼が、あの…狂人?)
「以前と全く様子が違うだろう?…実は、ここ最近、色々な場所で彼の噂を聞く。いい噂も悪い噂も…浮名は俺と肩を並べるくらいかな」
良くも悪くも、社交に顔が広い彼だからこそ見解だろう。
するりと腕をほどくと、ひらひらと手を振り、アメジスは去る。
「どうやらお前とは相性が悪そうだ。…揚げ足を取られぬよう気をつけろよ?」
「……ご忠告、どうも」
(堂々たる態度に、言動…以前と全く様子が違う)
ふと、彼は何かを探すような素振りをみせるとセフィールの顔を見付け、勝ち誇ったように笑う。ルビエルと少し会話をしたのち、真っすぐとこちらに向かって歩いてきた。
(…?なんだ)
「ねえ…会ったことがあるよね?オレと君」
「数年前に一度…お目にかかっております」
「ふうん………なあ」
イリシユはじっとセフィールを見ると、顔を近づけ尋ねた。
「あの黒い髪の女の子はどこにいる?」
「!!」
「数年前、一緒にいただろう?…あの子」
「……何のことでしょうか」
「なんのって…」
「夢でも見たのでしょう?…あの頃の殿下は、まだ夢を見ていらした。」
「随分な物言いだね。セフィール=ヴァラモ」
「今は目が覚めていらっしゃるようです。ご自分でお探しになられては?」
「……まあ、それもそうか。運命の出会いというのも、中々に情緒的で美しい」
「………それでは」
(運命…ね。どの口が)
すると、まるで申し合わせたように、重厚なヴァイオリンの音が響く。
ダンスタイムが始まり、再び彼はルビエルの元へ行く。どうやら、一瞬にして他の参列者を差し置きルビエルのパートナ―に選ばれたようだ。
――イリシユの姿は、どこか異様に見える。
狂人がまともになったからと言って、ああも変わるものかとも思う。まるで、全く別の人物に成り代わったかのよう。
「…なぜ、彼女を?」
「セフィール」
「!」
カツン、と杖を突く音が聞こえた。
現在、この家門で最も力と権威のある人物はただ一人。現公爵でも、その長子たる兄でもない。この…世代公爵ディアス=ヴァラモその人だった。
「おじい様…もう、お帰りになられたと聞いておりましたが…」
杖を突きながらもシャンと立ち、威圧的にこちらを見下ろす眼光は鋭く強い。
整うあごひげを触りながら、ディアスは値踏みするようにこちらを見た。
「…3年、時間をやったぞ」
「……今年ようやく彼女も成人を迎える頃…今後は一切手を抜くつもりはありません」
「あの家は、一度失敗している。慎重にな」
「はい、勿論でございます」
かつ、かつと杖を突き。くるりと踵を返して去っていく後姿を見送る。
(―――おじいさまはなぜ、ルドヴィガの血にあそこまでこだわるのか…)
『ヴァラモの男性は弦、女性は花を咲かせて実りを作る』
ヴァラモに生まれた子供たちは、アズレア王国を血で支配するという宿命を背負っている。
長きにわたりアズレアに君臨し続ける理由は、各所に弦のように伸びて絡まるその血統にある。
婚姻を繰り返し、血を塗り替える…初代の頃から続くその因習はまるで呪いのように身体に刻まれているが、ルドヴィガ伯爵家だけはいまだ縁を結べぬままである。
「…俺からすれば、願ってもいないことだが」
リッハシャル=ルドヴィガ。
今でも、自分が纏う赤よりも美しいあの朱色のドレスが眼に焼き付いて離れない。
これほどまで心をとらえ、鮮烈な記憶として残る存在など彼女以外知らない。どこか挑戦的ににらみつけるあの瑠璃色の瞳も、糸のように細い黒い髪も。
(…欲しい)
この気持ちの名前も正体もわからないまま時が過ぎた。
時がたてばたつほど、それは強くなる。
「必ず、手に入れて見せる…イリシユ、お前にも渡さない」
そのつぶやきは誰に言うでもなく、決意となって自身の中へ落とし込んだ。
音楽が途切れ、イリシユはレビエルの手をそっと放した。
(あ…離れてしまう)
名残惜し気に指先を絡めると、その手は強引に引っ張られた。
「!」
「もう一曲いかがでしょう?レディ」
「は、はい…」
(どうしたというの?身体が…熱い)
ぬぐい切れない違和感と同時に押し寄せる不快感で、ルビエルの身体がざわつく。
「どうしました?…どこか遠くを見ていらっしゃるようだけど」
「あ…い、いいえ」
瞳をじっと見られると、どこか逃げ出したいような気持と、相反する二つの感情がぶつかり合う。
(目を見ると…意識がもうろうとするような、いいえ。でも…何か、変)
「…中々、手ごわい」
「えっ?」
「令嬢、もっと私を見て」
ぐっと腰を引き寄せられ、耳元でささやく甘い声にぞっとする。
「俺に、落ちろよ」
「!」
ふわり、と抱き上げられ周囲から感嘆の声が漏れる。
「…いい夜でした」
「…あ あの」
がくがくと膝が震える、抗いたくとも身体が吸い寄せられるように寄り掛かりたくなるのを必死にこらえ、ルビエルはぎゅっと唇を結んだ。
「また、お会いできる日を…楽しみにしております」
「ええ。ぜひ、ルビエル=ヴァラモ」
なんとか笑みを取り繕い、ルビエルは短く息を吐く。
(イリシユ殿下…何なの?あの方…何か変)
「ルビエル様、どうか私とも一曲」
「……ええ、勿論ですわ」
「ふふ…、あんな熱っぽい目で見ちゃって」
『……ガチャのお時間です。引きますか?』
イリシユが上を見上げると、神々しい光を放つ、羽根の生えたガチャマシンが降り立った。
「勿論!さあて、次はどんなラッキーが来る?」
そして、引鉄を引いた。




