第43話 ルドヴィガ伯爵家の婿候補リストその1・カシオス=レヴィ=セレストの恋
「少し、急ぎすぎたかな」
はたから見れば完全無欠なその青年は、ため息をこぼす。
遠巻きに見ていた女性たちは、彼のその姿を見て何を思うだろう。恐らく、妄想たくましいご婦人ならば「憂いを秘めたため息」や、「物憂げな表情」などと勘違いしそうになってしまうことだろう。
しかし、彼が思うことはただ一つ。
(まだまだ、時間はある。そうだな…まずは【友人】という関係から始める…が正解かな)
「うん…よし。敵は多い……彼らがいない間に、彼女にはちゃんとこちらを意識してもらわないとね」
色恋事に置いて、とかく「初恋は実らない」という言葉は、誰もが知るジンクスである。それはどの世界でもまるで共通語のように広まっており、この世界で例外ではない。
彼にとっての初恋、それは…まさに「リッハシャル・ルドヴィガ」その人の事を指す。子供の頃、たまたま偶然が起こした5秒間の奇跡は、彼にとって何よりも美しく、かつ完璧な形で脳裏に焼き付いてしまった。
当時、カシオス少年は衝撃的過ぎる5秒間の出会いを体験したのち、心ここにあらずの状態が続いていた。それを心配したばあやは、それとなく何が起きたのか聞いてみることにした。
「坊ちゃま。最近すっかりご学業も上の空です。いったいどうなされたのですか?」
「……ばあや、この間、そこのネモフィラの花畑に天使が降りてきたんだ」
(曇りなきまなざし…どうしよう、坊ちゃまは何を見たのかしら??)
瞬間、「天使」という言葉は何を意味するのか、何かの比喩なのか、逡巡したばあやは、ひとまず話を合わせることにした。
「まあ…それは、きっと坊ちゃまの心が綺麗だから現れたんでしょうねえ。どのような姿でしたの?」
「ええと…黒くて長い髪で、青い服を着ていて…瞳が綺麗な青だったな」
そう言って、頬を染める7歳の少年を見て、ばあやはますます混乱した。
(し、侵入者?!…それとも、何か、幽霊、とか…?いいえ、まさか)
「にんげ…えっと、女性、ですか?それとも」
「僕と同じくらいの女の子だった…綺麗だったな」
「女の子…?!」
よくよく話を聞き、ばあやの混乱は窮地を極めた。この場所は、誰も知らない、一部の人間しか知らない制限された山奥に存在する。
それを看破してやって来たものがいるのか、と。
「でも、すぐに消えてしまって…でも、そこのネモフィラがおれているから、夢じゃないんだ」
「坊ちゃま…」
言われてみて、目を凝らしてみると、確かに若干花がおれている箇所が見受けられた。
「そ、その方はどちらに?」
「わかんない、本当にすぐ消えてしまったんだ」
(まさか…古代で失われた魔法の一種?!刺客?それとも……いいえ、でも)
ちらりと、カシオスの様子を見ると、嘘を言っている様子はないからかっているわけでもない。いたって真剣な様子に、ばあやは色々考えていたことが無意味なのでないか、と気が付いた。
「きっと…坊ちゃまがいい子でいらっしゃるように、と神様が天使様を遣わしてくれたんですね」
「……天使様?やっぱり?!」
「はい!」
「また会えるかな…もっと勉強して、もっと大きくなったら」
「勿論会えるに決まっていますわ!!さあ…なら、伯爵さまがいらっしゃるまでにたくさん勉強して、たくさん食べて大きくならないとなりませんよ。」
「うん!」
しかし、時を追うごと少年が成長していくうちに、カシオスは「黒い髪」に強い興味を示すようになった。アズレアにはあまりいないとされる黒髪だが、実際はどれくらいいるのか?から始まり、天使というものは存在するのか?などとにかくそこら中にある本を読みまくり、彼は知識を深め、最終的には遺伝子学や神秘学など、専門的な分野を読み漁るまでに至る。
「この邸の本は読んでしまったな…ねえ、伯爵。面白い本はない?探してきてくれ」
「……わ、わかりました。ちなみにどんな本を?」
「うーん…そうだな、例えば、黒い髪を持つ民族というのはいるの?アズレア以外の国の事を、あまり知らないから…」
「く、黒い髪??それなら……」
その瞬間、レイドックはハッとなる。
娘の存在と自分の妻の話を言いかけたもの、ふと、表すのが難しい「危機」に近い「勘」が働き、それ以上は口を閉ざした。
「?」
「あ…わかりました。ならば…隣国の歴史などいかがでしょう」
いつからかルドヴィガ伯爵がもってくる本の種類は幅を広げ、ジャンルを飛び越えていく。
それに比例してカシオスの知識欲は留まるところを知らず、最終的には帝王学を片手間にこなしてしまうほど知識と理に富んだ青年へと成長していった。
そう、カシオスはばあやの助言を忠実に守ったのだ。
それはいつしか「彼女は実在する、必ずまた会える」へとすり替わり、伯爵が一度こぼした「黒い髪の娘」の存在を聞き、確信へと変わる。
そして…一冊の「キアルーンの歴史」という本を通しての、リッハシャルとの秘密の交流が始まった。
…互いに微妙なずれは生じているが。それは、ある日のメッセージから露見する。
『寒くなって来たから、体調を大事にしてね!おじさま!』
「おじさま…っアハハ !そうか、あの子は僕をおじさまと思ってるのか!」
本当は素性を明かそうかどうか悩んだものだが、そのメッセージを見て、カシオスは望み通り「年配のおじさま」の人物像を壊さずにメッセージのやり取りを進めた。
他意はない、他意はないが、思いがけず【話が好きな寂しいおじさま】を演じるメッセージを送ることによって、着々と彼女の趣味嗜好を研究し、好きな物や嫌いな物などを把握していった。
そして…警戒させることなく初めての贈り物をすることに成功したのだ。
ただ一言のメッセージをやり取りするだけのものだが、カシオスからすれば夢が「現実」に変わった瞬間であり、「未来」につながった結果となる。
「見聞を広めたい」
などと、もっともらしい理由で身分と正体を隠して学園に潜入したのも、ひいては「彼女」に会うため。
入学式でその姿を見た時、つい勢いのまま突撃しそうになったが、そこは感情よりも理性や自身の素性から来る警戒心が働き自制した…はずだったのだが。
(いや…ここは、一先輩でもいいから、あの子と何か接するきっかけはないだろうか?)
しかし、むくむくと沸き起こる欲にはかなわなかった。
すれ違いざま彼女のリボンをほどき、改めて自らの手で手渡すことにまで抑えたのは、結果よければすべてよし、と自己完結して正当化させたのだ。
彼女よりも先回りして本を借りるのも、全ては自分を認知してもらうためだったが…その行動はやがてレイドックに何かを気づかせる結果となってしまったのである。
「殿下、よく言うでしょう?初恋は実らないものです」
「レイドック、君だって実質初恋みたいなものじゃないか。自分を棚に上げて何を言うのやら」
「…なぜ、うちの娘なんです」
「それは、彼女がそうだからだよ」
「………はあ、まったく」
(実際、レイドックにすれば、難しい問題かもしれない)
ルドヴィガ伯爵家は、昔からアズレア王家の家門「セレスト」と関係が深い。
おおよそは主従の関係が多く、その歴史はアズレア王国の歴史と肩を並べるほど。その関係性は様々で、時には騎士と主君として、多くは友人として常にセレストに寄り添い、セレストを主と立てる。
レイドックとカシオスの実父・クロムも同様で、幼少のころからの友人だった。
ルドヴィガ伯爵家に現在の直系の後継はリッハシャルしかおらず、後継教育を進めていることは周知の事実であり、レイドック自身隠している様子もない。
こうなると、後継子女に重くのしかかってくる問題が、いわゆる「婿殿」の存在となる。
「…エイデン、ヴァラモ、と名乗り出る者は少なくありません。あの子には、あの子自身の幸せを私は願っているだけですから」
「……やっぱりか」
「ええ。殿下もうかうかしてたら…うちの娘は人気者ですから」
「なら、彼女が選んでくれれば、問題ないだろう?」
少し間をおいて、レイドックは何かを噛み潰したような苦い表情を見せた。
「……あの子の選択を、否定はしません。が!殿下も立場をわきまえてくださいますよう」
(釘を刺されてしまったか…でも、僕だってそう簡単に割り切れないから、困惑しているけれどね)
「レイドックは、もう再婚は」
「しません。私には、シャルがいますし、リア―ネもいます」
「――愚問だったね」
そう言いきるレイドックの薬指に、黒曜石の指輪が光る。
それは亡き妻への強い想いと意志の表れであり、一種の弔いなのかもしれない、と思うとカシオスは眩しすぎて、羨ましいとさえ思う。
(異国の踊り子との大恋愛なんて、物語や歌の中でしか見たことがないのに)
そうして、五秒間に今後の人生の指針を作ってしまった孤独な少年は、いつしか何にも負けないスペックと知識を得た完全無欠の青年へと成長する。
「うん、今度は直接会いに行こう…もう、隠れる必要はない」
そして、確実に彼女を手に入れるべく、日々思考を巡らせて行く。自身がもしかしたらとある物語の主人公かもしれないなどという妄想を微塵に思わないまま。
更新頻度バラバラですが、お読みいただきありがとうございます!




