第36話 その顛末は
「あれ?新刊…もう借りられてる」
午前の授業も終わり、昼休みに差し掛かったころ…私の足は、自然と図書館へと赴いていた。
敷地内にあるこの図書館は、あまり人が寄り付かない。
扉を開けた瞬間、天井から降り注ぐ光が色ガラスを通して落ち、エントランスホールは不思議な色の模様を作る。
少しだけほこりっぽい感じと、古紙の独特の香りが好きで、毎日通ってしまうほど。
しかし…新刊入荷の棚を見て、ため息をつく。
(一足遅かったかなー…まあいいか)
月に一度、第三金曜日には新刊が入荷することになっているのだけど…楽しみにしていた「シリウスの瞳」シリーズの最新刊はすでに貸し出し中だった。
別の本を手に取り、のんびりと過ごそうかなと考えていると…珍しい人がいた。
「あれ…クロノ先輩」
「ん?ああ、シャル。…一足遅かったね」
そう言って勝ち誇った笑みで見せたのは…シリウスの瞳の新刊。
やっぱり犯人はこの人だったのね。
「…読み終わったら次、私予約します」
「最短で明日の放課後かな。…どう?一緒にお茶でも」
「今、こうして話してるでしょう??」
「つれないなあ…今の現状はただの本が好きなもの同士鉢合わせただけ、だろう?それじゃつまらない」
(この先輩も本気なんだか冗談なんだか…)
「それより…本当に、あの書類…ヴァラモ家に直接交渉したんですね」
「どうしてそう思う?」
「…私の友達の特待生が急に決まりました。その知らせと一緒に、セフィール・ヴァラモから手紙をいただきましたので」
ページをめくる手が一度ぴたりと止み、クロノ先輩は本を閉じた。
「手紙?…君に?」
「ええ、私の伝言も知っていたし…クロノ先輩でしょう?あの人に交渉したのって」
「交渉はしていない。取引はしたかな?でも…」
「でも?」
「…随分と君を気に入ったみたいだね」
(ソレ…フォーレとかケディにも言われたけど…接点があるわけでもないしなあ)
「誘われなかった?フェアーで」
「誘われましたけど…結局、私はダンスをせずに帰りました」
「ふふ…それは、ヴァラモの天使も、面目丸つぶれだね」
「ええ。すっかり…それも噂として流れているみたいで」
「彼のファンは厄介だからね…勿論彼自身も」
仲は良くないのね、この先輩とセフィールは。
そう、セフィールと言えば…あれから、食堂に行くたびに声をかけてくるようになった。おかげで取り巻きの子たちからは私は目の敵にされてしまい、最近は学食にも行きづらい。
…学食セット、美味しかったのになあ。
(こういう人のいない場所ってなんだか落ち着くなあ)
最近、私の周囲は落ち着かない。
昨日も柱の陰からじっとこちらを見る女の子がいたり、落ちたハンカチを拾ったら赤面されたり、となぜか女性のファン(?)が増えたらしい。
歩くスピーカ―とも言われているらしい、フィリンタが私の花ドレスをいたるところで吹聴しているらしいし、今はもう罷免された剥げ教官と真っ向から対決したのも私だという噂も流れ、斜め上の方角で有名になってしまったせいだろうか。
そして…あのフェアーでセフィールにダンスを申し込まれた上に断った、というところもいつの間にかクローズアップされ、「あの子なんか違う」みたいな、そんな生徒になってしまったのである。
「あ、残念。始業のベルだ…はいこれ」
「?」
「本。先にどうぞ…でも、まだ全部読んでないから、ちゃんと俺に返しに来てね?」
「…さすがに上級生のクラスに行くわけには」
(中等部上級生のクラスには、ルビエル=ヴァラモがいる…彼女も私の事すごい目で睨んでくるからなあ…万が一だけど、鉢合わせたくない)
「じゃあ、明日の放課後。…廃庭園で待ってるよ」
「……はあい」
そう言って、振り返らずにクロノ先輩は去っていった。
「私も戻ろ」
「あら…あなたも本がお好き?」
「!」
席を立った瞬間…入れ替われりに聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声。
ローブドレスに、水色のケープを羽織り、後ろで髪をひとまとめにした年配の女性…もしかしてこの人って。
「ええと、クオンタ理事長…ですよね」
「あら、名前を憶えてくれたの?ありがとう」
エリザベラ・クオンタ。
彼女は、新しく学院編成でやって来た新しい理事長だ。
どうやら、ヴァラモに関係のない…元王族の方だと聞いたことがある。うっすらと銀色がかった瞳が、その証明のように煌めき、ゆっくりと細くなる。
「あなた、確かルドヴィガの…レイドックの娘さんよね」
「?!え…お父様をご存じで…??」
「実を言うと…私の甥っ子、つまり先代の国王陛下は、病気で亡くなる前はルドヴィガやエイデンと仲が良くて。私も何度か顔を合わせたことがあるのよ」
「そうなんですか…?!」
エイデン侯爵と、お父様が仲がいいのは知っているけど…若くして病気で逝去された先代の国王様とそんな交友関係があったとは。
「まさか知り合いだったなんて…」
「噂は聞いてるわ。…一度会ってみたかったのよ」
「あ。えっと…リッハシャル・ルドヴィガです」
しまった…挨拶を忘れるなんて!
「そんなにかしこまらないで。…ここにいるのはただのおばあさんなんだから」
(わあ、素敵なご婦人だわ…クオンタ理事長って)
軽く会話をしてお別れして…いつもと違う道を通って教室に戻る途中、廊下に張り出された不正行為をしていたという先生たちの写真を見つけた。
(すごい量…噂には聞いていたけど…)
例の才能市場では、あの剥げ教官を筆頭になんと学院の約半数の教員がその取引に参加をしていたと発覚した。それに乗じて、王国警察が捜査に乗り出したらしいのだけど、出るわ出るわ、その不正の証拠の数々が。
それはもう、量が多すぎて新聞の毎日の報道に国民が飽きるほど。
ただ、その市場自体規模が大きすぎるらしくて…この一件は数年間完全に解決という形にはならないかもしれないと言われている。
一時は閉鎖もささやかれたこのエストランテ学院も、結局ヴァラモ家がその実権を王家に返上したことで再び機能を始めている。その筆頭があのクオンタ理事長だというのだから、中々私達の未来も捨てたもんじゃないかな、と思う。
教室に戻ると、やはり空席が少し目立つ。
あの一件で、学校に来れなくなった子や、登校を拒否している子も少なくないらしい。
相変わらず、カレンシアは健在だけど。
「…いい気味よね」
「え?」
「来なくなった連中。よほど後ろめたいことでもあったんじゃなくて?」
(急に話しかけてきた…)
「まあ…それは私も同じ意見かな」
そう言えば…以前から気になっていたことを思い出した。
「あ…そうだ、カレンシア」
「……何よ」
「確かに、フォーレとケディは格好いいよね」
「なっ なな な」
あ、みるみる顔が真っ赤に。
「でも大丈夫!あの子たちとは、気心の知れた幼馴染だから!」
「…か、関係ないでしょう?!」
うーん、どっちが本命なんだろ?
そう言えば、フォーレは今季の生徒会長に立候補した。副会長は、例の如く、ニッカ令嬢…だけど、実は私にも勧誘が来た。
「シャルも生徒会に入らない?」
「え?!」
「俺が会長になったら推薦できるんだけど…」
「ぜ、絶対やんないよ?!それより、まずはフォーレが会長にならないと!」
「大丈夫だよ、他に対抗馬はいないしね」
自信に満ちた笑顔に、つい感心してしまう。
フォーレの中ではしっかりと手ごたえを感じているんだろうな。フォーレは当たり前のことを当たり前のように積み重ねるのが上手だ。それって、実は一番難しいのに、すごい。
(そこは、本当、尊敬しちゃうなあ…)
「ケディは?」
「僕はやらないよ。それよりも剣術士試験があるからそちらの練習に集中したいしね」
「剣術士試験…?」
「そう、一応これでも最年少でクラスB試験受かったんだ!次は最年少A級を目指すつもり」
「すごいね…S級とかは、国内でもあまりいないっていうけど…」
「そりゃフォーレに負けてられないしね!僕は僕で真にカッコいい男を目指すつもりさ!」
「…へえ」
真にカッコいい男とは。
…まあ、ケディらしいかな?独特の感性はたまによくわからないけど、彼の中ではきちんと理由と結果と成果があるみたい。
ちなみに例の旧校舎。あれも、ついこの間取り壊しが決まったらしい。
こんなにとんとん拍子に色々起きるなんて、ヴァラモの牽制がどれほどのものだったのかがよくわかる。
「シャルちゃん、次移動だよ?」
「あ、うん、ククナ」
ククナはと言うと…髪を元の色にしてからというもの、なんだか堂々としているように見える。
今までは、伏し目がちに歩いていたけど、今はこうして肩を並べて前を向いて歩いている。その感じのせいか、彼女を悪く言おうとする声はあまり聞かなくなった。
「ねえ、もうすぐ夏休みだね!…シャルちゃんは何か予定あるの?」
「うーん…あまり考えてないな。あ、でも家に帰るよ!ここ最近忙しかったし…」
「なら、一緒にマダムの店に行かない?新作が入ったって母様が言っていたの!膝丈のスカートのブランディングも進めてるみたいだし」
「わあ、いいね!」
さわさわと風が流れる。
窓から流れる風は、湿り気を含み一緒に海の匂いを運んでくる。いつも通りの時間を過ごし、何事もなく明日を迎える…それって本当に尊い。
―――そして、次の日の放課後。
「ようこそ、リッハシャルお嬢様」
「…これはまた、どういう」
広げられたのは、真っ白なテーブルにクロス。それに、色とりどりのお菓子と綺麗なティーセット…まさにアフタヌーンティータイム、と言ったところだろう。
「お茶でもどう?…君は普通より、こういう方が好きかと思って」
「そ、それはそうですけど、どこからこれを」
「使える力を使ったら準備できた。…簡単なことさ」
(使える力…って)
「…クロノ先輩って、実は結構ロマンチストですよね」
「それは褒めてるのかな?それじゃあ、これをきみに」
渡してくれたのは、ガラスの瓶と、そこに入った青い布で来た花のしおり。
「これは…ネモフィラ?」
「そう。俺の好きな花なんだ」
何となく、昔読んだ本を思い出す。
(ネモフィラの花言葉は…成功、だっけ?)
「…どうぞ」
「どうも…」
さっと椅子を引く仕草もスムーズだ。
本当…この人、知れば知るほど不思議な人だ。でも…
「…素敵なお茶会に、お招きありがとうございます」
「はい。…少ない時間ですが、たくさん話せると嬉しい」




