第35話 変わる季節
「おはよう!!ねえシャルちゃん聞いて!私、特待生になったよ!!」
「……はえ?」
「朝一番で書面が届いたの!!!」
昨日はどうやらいつの間にかソファーで寝落ちしてしまったらしい。
ルルがかけてくれたであろう毛布ごとずれ落ちた瞬間、遠慮なく開いた扉の音でまず目覚め…こうして今は、笑顔のククナによってがくがくと肩を揺らされている。
「ちょ、ちょっとおちついて」
「あ!…ごめん。つい」
「あらあら、ククナさん。お嬢様はまだお話しを聞く準備が整っておりませんわ」
「すみません、ルルさん…じゃあ、下で待ってるね!」
「うん…」
ええと、何があったんだっけ?
だめだ、思考がまとまらないけど…ひとまず。
(無事、アリストクラッツ・フェアーは終わったんだ。…ついでに、私のセミデビュタントもね)
「おはよう……」
「?おはようございます…」
朝一番で見た眩しいほどの笑顔のククナと対象に、お父様はとても疲れた顔をしている。…せっかくのステキな顔面が、10年老け込んだみたい。
「ど、どうかしたんですか?…そう言えば、昨日お仕事だって」
「ああ…まあ。仕えている主人の注文が色々とうるさくて…」
(仕えている主人…国王陛下、ではないよね)
父・レイドックの仕事の内容というのを、実はよく知らない。
お城に仕えているのはわかるんだけど、例えば政治を取り仕切るような「文官」でもないし、騎士とかそう言った「騎士」とかの部類というわけでもなさそうで…かといって、「外交」というわけでもない。
ただ、長期的にどこかに行ってることはあるし、隣国ランザ王国や、キアルーン方面には【商人】として取引しているので、いわゆる現代的な「公務員」の枠に入る仕事ではないのかもしれない。
今の【主人】発言も、聞いたのは初めてではない。
(例の…本を送っていた人の事かな?)
ある時期、やたら大量の本をどこぞに貸し出すこともあったし、何かしら仕える人がいるみたい。
とはいえどんなに忙しかろうと、子供のころからの習慣だった「家族で朝食を執る」のを絶対に忘れていない。…実は結構嬉しい。
今もすっかり食べ終わっているだろうに、私を食堂で待っていくれたのだ。
「…寝坊してすみません」
「気にするな。それで、昨日は?」
「はい!実は」
昨日の話を報告もかねて、朝食をとりつつ会話する。
これも、子供のころから続いている習慣だ。最後のクロッセントを飲み込むと、父は新聞の一面の記事を見せてくれた。
「…それより、お前が起こした学園内の改革…面白いことになっているぞ?」
「…エストランテ学園、大編成。教師全員懲戒を含めた進退審議中…名門校に何が?」
「上出来だな」
「それほどでも」
あらら、笑っちゃいけない。
でも…記事を見る限り、ヴァラモ家側が学園の大編成を提示したってことは…
(クロノ先輩…本当に何をしたの?)
「…このまま夏休みにでも入りそうですね」
「授業どころじゃないだろう」
「確かに…お父様はこれから仕事?」
「ああ。もう迎えが来ているからな…シャル、改めてお疲れ様。今日はゆっくりするといい」
「はい、お父様!」
「そう言えば…マダムたちは今日自宅に戻るそうだから、挨拶をしていきなさい」
「はい!」
あら?じゃあククナも帰っちゃうのか。
でも、やっと終わったんだって、実感した。…ちょっと寂しいけど、ね
「ククナ!」
「!シャルちゃん」
泊まり込みで作業していた応接室はほとんど片付いたらしい。
大きなトランクが積み重ねられ、ククナとミナル、それとマダム・ルーランはすっかり準備を終え、ティータイム中だった。
「マダム、ミセスミナル。素敵な仕事をしてくれてありがとうございます!…私にとって素晴らしいデビューとなりました」
「ふふ。当然ですわ!…お嬢様自身が輝いていらっしゃいますもの。私たちはそのお手伝いをさせていただいたにすぎません」
「マダム…ありがとう。ミナルさんも、次回もぜひお願いしたいです!…ミニスカート、これからトレンドになるかもしれませんよ?なんたって、あの紳士服のトレンドニッカ社のお嬢様が大小判を押してくださいましたから」
「そ、そんな‥‥でも、ありがとうございます。お嬢様のおかげで、何とかこの国で希望を見出せそうです」
そう言って、ミナルは私の目を見てほほ笑んだ。
はじめてあった時みたいに、下ばかり向いていない、綺麗な黒い瞳は遠い故郷を思い出す。
そして、ククナも…朝は寝ぼけていて気が付かなかったけど。どこか違和感があったような、金色の髪は、今は不思議なブルーブラックになっている。
「ククナ、元の髪の色…黒というより少し青みがかかった色なのね」
「うん!…なんていうか、誤魔化す…っていうか。そう言うのやめようと思って」
黒色って…なんというかメラニンが濃い?せいもあって、中々染まらないんだよね…。
現代にいた頃、染てもすぐ黒くなった過去を思い出してしまう。今は、このリッハシャルの黒髪はとても綺麗で気に入ってるんだけど。
(うーん…こうしてみると、独特な雰囲気が出てすごくきれい…)
「へ、へんかな」
「ううん!全然!!…すごくきれい」
「え?!へへ…ありがとう」
「それより、特待生になったって…何か知らせが来たの?」
「うん!実は…朝一番で、この手紙を使者の人が持って来てくれたの」
「手紙…?」
「シャルちゃん宛もあるよ」
そう言って見せてくれたのは…ヴァラモ家の印が押された手紙だった。
―――差出人は、【セフィール=ヴァラモ】だった。
「……ふうん」
(才能は金で買えないからこそ、投資する価値がある。あなたの中では終わったであろう夜は、僕にはまだ、覚めない夢として続いている。――次の幕が開くその時まで)
開いた手紙にはただ一行、それだけ。
昨日の今日で、仕事が早い人だと思いつつ…一瞬だけときめいてしまいそうになるけど、そもそもあんな非現実的なシーンだもの、雰囲気にのまれるのはよくあることだよね。
(だめだめ、現実を見ないと)
「なんて書いてあったの?シャルちゃん、ちょっと口が緩んでる」
「え?!」
あら、とかまあとか…マダムとミナルが生ぬるい目で見てる。
いや、こんな手紙貰って嬉しいわけないよね?!でも、それ以上にあの人に関わるといいことないぞって私の本能が囁いている…。
「そんなことより!おめでとうククナ。だいぶ学園も変わるみたいだし…一緒に頑張ろうね!」
「うん!改めてよろしくね。シャルちゃん…!」
すると同時に、甲高い馬のいななきが聞こえた。
…お父様の言う迎えの馬車で出発したらしい。
(…どのお仕事なんだろう)
「随分とゆっくりしていたみたいだね」
「…娘との大事な時間ですから」
扉を開けた瞬間、聞こえたのは第一声は主人の不機嫌そうな一言だった。足を組み、頬杖を突き、どこか気だるそうに続いた言葉に、一瞬肝が冷えた。
「いいな。俺も混ざりたい」
「……お、たわむれ を」
すると、その様子を楽しそうに見ながら、彼はからかうように笑う。
「…なんてね。まあ、半分は本気だから、その内セッティングしてくれると嬉しいな」
「き、機会があれば……」
「楽しみにしてるよ。…それで大祖母様は?」
「……学園の理事の件、快く了承してくださいましたよ。孫の一生の頼みなら、と」
「これで、肩書だけで学園の運営に口を出せる人間はいなくなるね。教師の人事はこちらが半分、ヴァラモ家が三分の一、残りが他薦推薦の実質立候補となるわけだ」
「そちらの人選と選別はエイデンの方が担ってくれるでしょう。彼の人脈は広いですから」
「さすが、先王の懐刀と言われた二人だ。…信頼しているよ」
「何分幼少期のお話しです…それよりも、面白い話を聞きました」
レイドックはなるべく娘の名前を出さないように努めているつもりだったのだが。
「彼女から?」
「……こほん、第二王子イリシユ=セルリア殿が会場に現れたそうです」
「?!あの狂人が…?」
主が珍しく目を見開いた。
そして、顎に手を当て、何かを考え込むような仕草を見せた。
「……それは、彼の意志で?それとも」
「どうやら、着飾っていたふうでもないようで…もしかしたら、ご自分の意志で行動されたのかもしれません」
第二王子、イリシユの話は有名だ。
最も時期国王に近しく、最も遠い場所にいると言われ、基本的に表舞台に絶対に出ない筈の王子。
今朝の新聞記事や情報を見ても、彼があの場に現れたということを報道していない。つまりは、王家側の情報統制がされていることになる。
「今更、正気に…なんて言わないだろうな。迷惑な話だ…」
「そう言う様子でもなく、ただわけのわからないことを並べて笑っていた…と」
「彼女は無事?」
「それは勿論、ヴァラモの子せがれも一緒にい……」
つい余計なことを言いそうになり、レイドックは慌てて口をつぐむ。
「それは…妬けるな」
声のトーンがやや低くなる。
…最近のレイドックの悩みには、主人がリッハシャルに過度な興味を持ち始めていることがリストアップされているのだ。
(一体なぜ…昔一度名前を出しただけなのに)
「…まあ、彼にほだされるような子でもなし。でも残念だな…俺も行けばよかった」
「殿下…ほどほどになさいませ、まだ時ではありません」
「わかってるよ。…まあ、その時が来たら、君にはきっちり紹介してもらえるくらいの力を手にしているつもりだから、よろしく」
「…かしこまりました」
(…ああ、胃が痛い…)
――その日は遠くないかもしれない、と思いつつ。レイドックは娘の幸せを切に願うのであった。
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