第34話 狂人と呼ばれる最高傑作
(イリシユ=セルリア…初めて見た)
私の頭の中で、第二王子の情報が直接流れ込んでくる。
『イリシユ=セルリア。アズレア王国を代々継承するセルリア一族の中で、しばしば「夢見王子」と称されることが多い。そのゆえんは、妄言虚言が多く、由緒ある灰褐色の瞳は濁り常に虚空を見つめているところにある』
私が知っている第二王子の情報は、現在の国王妃…つまりは、現在のヴァラモ公爵の姉君の実子であり、最も時期国王に近しく、最も遠い場所にいるとも言われている、ということだけ。
――その理由は、今の彼を見ればよくわかる。
レッドゴールドの髪はぼさぼさで、およそ華やかな場所に最もふさわしい姿でやって来たイリシユは真っすぐに私をめがけて歩いてきた。
思わず一歩下がると、セフィールが立ちはだかるように前に出た。
「従弟殿。ここでは、相応の礼儀を尽くしてもらいたい」
「礼儀?……脇役は黙れよ。どうせ、お前のできる事なんてたかが知れている」
「…何を」
「ねえ、それよりヒロインちゃん、君の名前は?あ、こっちじゃないよ、向こうでの名前!」
「…っ…」
ざわざわと会場が落ち着かない。
時間は停まり、まるで私たちの周りだけにスポットライトでもあるかのよう。皆、理解しがたい人物の登場に、好奇と驚きの入り混じった目付きで私がどう動くのか、見ている。
(どうしよう…うまく言葉が出てこない)
「そう言えばね、昨日はあっちで大きな地震があったよ?おかげでみーんな大騒ぎさ!ま、僕は速報のおかげで助かったけどね!車の中にいれば安全だしさあ」
「?!」
(…何を言ってるのこの人…)
両腕を警備に掴まれてもなお虚ろな目で語ることごとくは、まるで知らない情報ではないからこそ。
「…お控えを。お連れしろ」
「え?ダメだよ、もう少しで僕じゃなくなるんだし…」
イリシユは小さく笑うと、やがて首を傾げた。
「ふふ、みんなが驚く顔、楽しみだなあ!ね?君もそうおもうでしょ?」
尚もぐいぐいと前に出ようと手を伸ばす姿に、私は恐怖する。
「…ああ、でもさ」
そして、一度ふっと脱力したように短く呟くと、天井に向かって狂ったように笑いだした。
「やっぱりぼくじゃあダメかあ!あはは!!僕はメッセンジャーだよ!!!もうすぐあいつが来るから
僕の出番はこれで終わり!!!」
濁った灰褐色の瞳は私をとらえ、にやりと笑う。
「…次は違う僕が来るよ。君を迎えに、ね」
さ、と身体中の血の気が引くのが、自分でもよくわかる。
「早く彼を」
イリシユは私を見て、またね。と呟いてくるりと背を向けた。そして…計ったようなタイミングで、午後10時を知らせる時計の鐘の音が鳴りだした。
私は一度息をのみ、震える指先で胸もとに手を当てる。
「…時間でございます」
「リッハシャル…」
セフィールが伸ばした手は虚空をさ迷い、私の手をとらえることはなかった。
(…逃げない。あの第二王子が何であれ…)
「…次の機会は、ぜひ」
「機会があれば…失礼します。本日は楽しいお時間をいただき、ありがとうございました」
「……気を つけて」
去り際も、美しくしないと…このドレスを着ている以上は、私は一人じゃないから。
「…私は絶対にのまれない」
そのつぶやきは誰かに聞こえることはない。私だけの決意だった。
―――揺れるトレーンを見送り、セフィールはぐっとこぶしを握る。
「逃した…この、セフィール=ヴァラモが」
(それに、壊された、あいつに)
一度唇をかみ、セフィールはまた振り返る。
誰もがときめく、天使のような微笑みで。
「…さあ、皆さま。まだ時間があります…踊りましょう」
まるで魔法の粉を振りまくようにセフィールが手をあげると、全ての時間が動き出す。
…既に演者は去り、その舞台には再び正常な時間が戻った。
「ただいま…」
「お嬢様…?随分お疲れのご様子でしたね」
「…お父様は?」
「今日は遅くなられるようで。…もうお休みになられますか?」
「うん…ククナたちは?」
私が聞くと、執事はにっこりと笑った。
「客間でお休みなられています。…明日の朝にすぐお会いできますよ」
「ありがと…今日は休むよ…」
「はい。お休みなさいませ」
入れ替わりにルルがやって来た。
「あらあら。お疲れのご様子ですわね…でも、良いお顔をされていますよ」
「うん。…まあ、上出来かな…あ、でも双子達に挨拶するの忘れちゃった」
「何かトラブルでも?」
「うん…変な人が来た」
「変な人?!まあ、大丈夫でしたか?」
「私はいいけど……」
最後のあのわけのわからない王子様の登場が意外に怖くて…虚勢を張ったまま出てきてしまったので、あの後どうなったんだろう?
(セフィールは…穏やかじゃないよね、きっと)
きっちり崩れないように整った髪をほどいた時の解放感はたまらない。
「この髪留め…普段でも使えそうだね。可愛いデザイン」
「ククナさんとお母さまの心がこもっていますものね。大事になさらないと」
「うん!」
すると、ふわりとどこか爽やかな柑橘系の香りが部屋の中を漂う。
「…あれ?いい匂い」
「これですわ!お嬢様」
そう言ってメイドのエイルが見せてくれたのは…お香?だった。
「それって、香、だよね」
「はい。リムノ商会さんが是非お嬢様に、と」
「リムノって…ククナたちのお父様?そう言えば、商人をやってるって…」
子供の頃見たの香炉はごつごつしていたけど、これの形は大分違う。白い陶器でできていて、コロンとした丸みのある形。取っ手の部分に薔薇の突起があり、そこに小さな穴が複数開いていた。
「はい。まだ本格的にこちらでは販売していないそうで…お試しにと、旦那様が」
(お父様…抜かりないわ)
「なんていう名前なの?」
「フランキンセンスという名前のようですよ!リラックス効果が抜群らしいです!」
「へえ…うん。私香水よりこっちの香りの方が好きかも」
「じゃあ、毎晩焚きますね」
一通りの着替えを済ませ、私は一人になった。
ぼうっと立ち上がる煙を見ながら、色々と今日起きたことを反芻していた。
(あっちの世界…ね)
イリシユが言う、世界とやらは、私の知っている場所かどうかはわからない。
そもそも元々狂人王子と呼ばれているらしいし、そこまで気にすることはないのかもしれないけれど。
――次は違う僕が来るよ。君を迎えに、ね
なんて気持ち悪い言葉なんだろう…。
(思い出すだけでもぞっとする…まさかとは思うけど、私に付きまとうガチャとかと関係あるわけじゃないよね?!)
あの人の言う自分じゃない誰かが私を【迎え】来る、ってことは…【どこか】に連れていくということになる。そもそも、言ってることが支離滅裂な癖に、何かを知っているような…でも、全く知らないような、正直不気味で意味が分からないのが一番怖い。
物語、だの、ヒロイン、違う僕、だの…どういうことなんだろう?
「い、いや…ダメだ、考えてもしょうがないや。今日はもう、寝よ」
――その頃・王宮、冬の宮殿最深部
夜の刻、王妃・アゼンデリアが目にしたのは、も抜けになった空の部屋だった。
「…イリシユは」
「あ、あの…突然複数の従者にご命令をされて…」
「…命令?あの子が?」
怯えた表情のメイドはこくこくと何度も頷く。
夢見王子こと、イリシユ=セルリアは、狂人である。…その事実は、王国で最も人が寄り付かないとされる北側の離宮・冬の宮殿のみならず、国全体に広まっている。
常に虚言妄言を履き、虚空を見る王子。…その王子が、使用人達を使って自ら部屋を出、馬車を使ってオステリアにあるタウンハウスに向かったという。
(一体、何が)
「イリシユ様!!イリシユ様お待ちください!」
「~♪」
ふらふらとおぼつかない足取りを、周りの従者やメイド達はハラハラと見守る。
「坊ちゃま、ご無礼を」
その中の一人、いかつい顔のメイド長はイリシユを掴んで絞めにしてガウンを着せた。
「そのように胸元がはだけていては、風邪をお召しになられます」
「そう?…あ、お母様」
「…アゼンデリア様」
その場にいた全員が身を深く頭を下げる。
「イリシユ…今日は随分とはしゃいでいたようじゃない。ダメよ?…みっともない」
「だって、どうしても気になって…ふふ、思った以上にかわいいひとだったよ」
(かわいい…?)
「…誰かに呼ばれたの?」
「んー神様かな」
「……そう、今日はもうお休みなさい。でももう二度と…この母の許可なく冬の宮殿を出てはいけません」
「大丈夫だよー僕はこれで終わりで、次は新しいあいつが来るからね…安心して、おかあ様」
子供のように無邪気に笑うイリシユを複雑な気持ちで見やる。
(容姿は端麗、ヴァラモの血を引く王の器…私の最高傑作。でも、中身は)
「その顔…大丈夫だってば。あと数年もすれば、僕はかあさまの望み通り、完璧になる」
「イリシユ…今日はもう休みなさい」
「はあい」
「…オステリアで何があったの?」
「そ、それが…セフィール公子様とそのパートナーの女性に何か話しかけていたようですが…内容は、どれも要領を得ず…」
無理もない。
自分の息子ながら、アゼンダインには、イリシユが全く理解ができなかった。
言動も、発言も、その表情さえ。
(まるで自分の子供じゃない…全く未知の生物のよう)
アゼンダインは憂鬱な気分で、イリシユの部屋の扉を見つめた。
(でも…気が触れているというのなら、何故突然オステリアの館に…?)
去っていく足音を聞きながら、イリシユは扉の前に座り込んだ。
「僕は終わり。そうしたら、新しい物語が始まって、僕はやっとあちらに旅立てる…ここから、解放されるんだ。嬉しいなあ」
そう、ここにいるのはもう嫌だ。
その言葉は、誰の耳にも届かず…夜の闇に消えた。
ブックマーク&お読みいただきありがとうございます!精進します。




