第33話 華やかな世界の裏で
ああ、ノンアルコールシャンパンがとても美味しい。
「ふうー…」
言った。言い切った…!
ふつふつと湧き上がる喜びは、シャンパンの泡のようにはじけていく。
(き、ききき 緊張っ したぁあ――――)
しゃがみ込んでしまいそうな脱力感をごまかすように、私は残ったシャンパンをぐっと飲み干した。
「よ、お疲れ!」
「見つけた」
「あ…ケディ、フォーレ…へへ。お疲れ…」
見知らぬ顔のオンパレードの中、二人を見たらホッとして気が緩む。
(あー…もう帰りたい。でも)
「さっきはありがとう、二人とも」
「それはいいけどさ…気をつけろよ?」
ケディはそう言いいながら、少しだけ顔を寄せた。
「みんな、シャルを見てる」
「!」
どうりで、さっきからずっと視線を感じるかと思ったら。
でも、それでいい。
「大丈夫。…元より、そのつもりだから」
私は、一度かつん、とヒールのかかとの音を出すと、周りの視線がパッとこちらに集中する。それを見越してくるりと回転する。
立体的に見えるように工夫してもらったのは、私が動く度に金色の糸がキラキラ瞬いて、ククナの刺繍がより目立つように見えるから。
すると、フォーレが何かを察したように笑った。
「…その刺繍、何か特別な理由でも?」
「うん、実はね…この刺繍、私の友達が繕ってくれたの。ドレスはその子のお母さん…キアルーンの特別なデザイナーさんが私のために考えてくれたのよ」
「!ああ…そう言えば、一学年に一人いるって聞いたことがある。名前はなんだっけ?」
「それは…」
「そのドレス!!とっても素敵よね!!!」
ん?
まるで私の声にかぶせるように、誰かがそう話しかけてきた。
「ふんふん、なるほど、カメリアの基本的な花模様を作って、刺繍で陰影をつけて立体的に見せて…それを金色の弦と葉でつなげているのね」
「‥‥‥え?わ」
いつの間にか私の足元にしゃがみ込み、ドレスの裾をじっと見つめる黄色のドレスの女性…は、顔をあげてニコッと歯を見せて笑った。
「アタシ、フィリンタ・ニッカっていうの!」
「ふ、ふぃりんた…さん?」
「あ、ニッカって……もしかして、ラッセル=ニッカの」
と、言うケディに対して…フォーレは黙ったまま。
「!あら。あたしのお父様をご存じ?あ、そうだよね!この深い新緑のような青緑とスタンダードなカラータイにベルトと合わせたロングジャケットはうちのデザインだし!…あら」
ここまでで、息継ぎなし。
「すげえ、早口言葉」
「しゃべりだすと止まらないタイプなんだろうね」
「あはは!ごめーん!つい夢中になっちゃった!」
まさにてへぺろ☆という表現がぴったり。
こんな物語から出てきそうな見事な縦ロール、初めて見た!フォーレたちが少し緑がかったような金髪に対し、このフィリンタの金髪は太陽みたい。
そして、驚くべきは身長!とても大きくて、ケディたちと肩を並べるくらい。
「いいなあ、その膝丈スカート。私も真似しようかな?この国って、なっがいドレスにひらひらしたのばっかでさ。動きづらくてしょうがないのよねぇ」
「あけすけ…っていうか、少し場を考えたら?」
呆れたようにフォーレが言うと、フィリンタは口を開けて笑った。
「いいじゃない!…同じ生徒会のよしみでしょ?」
「!生徒会の人なの?」
「そ…」
「そ!アタシ、こう見えても中等部の生徒会役員!で、これでも現役副会長なのよ?!あ、フォーレストはただの会計」
「…煩いよ!」
(わあ、珍しい…フォーレが気圧されてる)
「…シャル、知ってた?」
「セ、生徒会の人って良くわからなくて」
「俺も」
「ケディ!お前もう少し兄弟の行動に興味を持てよ」
「ねね!それより、このデザイン、うちの学校の子が作ったの?!」
フィリンタさんは、なんとも勢いがある。
ぐいぐい距離を詰めてくるので、なんというか、エネルギーがすごい。
「あ、ええと、ククナがしてくれたのは、刺繍でデザインはそのお母さま」
「へえ!!親子の合作なんて特別感あっていいね!この立体構造ドレス…ニッカの工房でも試してみようかな?量産予定とか、シリーズ化って考えてる?」
「量産は難しいかもしれません。どれも手作業でしてるし…」
「そっかあ!…もし興味があったら言って?うちのニッカの工房は男性スーツジャケットの専門だけど…工場あるから、繊維とか生地とかいろいろあるしね?」
「…わかりました」
すっと立ち上がったフィリンタの瞳がギラリと鋭くなる。
…商売人の顔、と言うのだろうか。
「デザイナーさんの名前、教えてくれる?」
「…リムノ。ミナル=リムノと、ククナ=リムノです」
「ん、覚えとくね!…よろしく伝えて、ね?」
「もちろん」
「ありがと!…じゃ、連絡待ってる」
ひらひらと手を振り、フィリンタはまるで花から花へ飛び回る蝶のようにあちらこちらへと舞っていく。
「嵐が去ったな…」
フォーレの万感の言葉に笑ってしまう。
「元気な人だね!」
「フォーレが押し負けてるとこ、初めて見たよ僕!」
「まけてない!」
「あれ?…そうだった、二人は同じクラスじゃないんだっけ」
「…さすがに、いつも一緒にいるわけじゃないからな」
私がそう言うと、ケディとフォーレは少し困った顔のままひきつった笑いを浮かべた。
「あ…そうだよね、ごめん」
(そう言えば…さっきのフィリンタ嬢は、黄色のドレスだったけど)
一度周りをぐるりと見渡し、フィリンタ嬢の黄色のドレスがいかに異質なのかよくわかる。
赤系統の…例えばピンクとか、そう言う色はわかる。ヴァラモを支持するさりげない赤は装飾品だったり、ドレスの模様に薔薇を取り入れているのだろう。
でも、王家を支持する青色はあまり見られない…むしろ、紫の色ばかり。
「ねえ…紫って、流行ってるのかな」
「……シャルは知らないのか」
「え?」
「僕とフォーレの、エイデン家の象徴の青緑の衣裳…これって、実は王家の傍系だから許されてる色なんだよね。王家の家門にある、空と海の青からいただいた僕たちの色なんだけど…」
すると、フォーレが声のトーンを落とす。
「ヴァラモを支持しつつ、王家を支持しない…その象徴として、紫の色を好んで着る貴族が増えているらしい」
「紫…あ」
朱は赤に混じらないけど、青と赤は反発しあいながらも混ざり合う。
そう言う、事?
(…何か、あまり良くない感じがする)
言いようのない不安のようなものを感じた時、どこからか音楽が流れた。
「あ…音楽」
(ダンスもあるんだ、やっぱり)
クロノ先輩が言っていた通りだ。
「あのさ!リッハシャル!」
「?な、何…改めてどうしたの?」
「シャルにとっては俺たち、いつまでもワンセットなんだろうけどさ…」と、ケディ。
「でも、ずっと一緒ってわけじゃないんだ」
「…!」
うーん…つい、そういう風に見てしまうけど。
…改めて見て、実感する。
フォーレもケディも、私よりもずっと背も大きいし、肩幅もがっちりしてる。子供の頃の面影はそのままだけど、エスコートしてくれたケディの手のひらも、フォーレの落ち着い声も全然違う。
(特にこういう正装姿を見ると…花がある、と言うか。やっぱりカッコいい男性なんだなあと思っちゃう)
…カレンシアに嫉妬されるのも、周りの女子たちが厳しい目で見るのもわかる気がする。
ケディとフォーレは一度二人で目配せした後、そろってこっちを見た。
「あのさ」
「よかったら…」
すると、突然視界が反転した。
「?!」
そして、あっという間に私の右手はかっさらわれてしまう。
足元がもつれそうになるけど、何とか耐えてターンをして振り向くと…そこには、セフィール=ヴァラモがいた。
「…随分と強引、ですね」
「我がフェアの主催者として…一曲どうぞお相手を」
ざわ、と周囲の動きが一瞬ぴたりと止まり、空気が固まる。
他の女性であればうっとりするような甘い笑顔で、私に顔を寄せた。
「この舞踏会の最初の一曲は、主催者として、そして公爵家の令息としての責務…伯爵令嬢におかれては…その光栄をお受けいただけると信じております」
「……ご存じでしょう?私にはそのお申し出を覆す術も言葉もございません」
「ええ、我が名誉、我が権力。…今使わず、いつ使うというのでしょう?」
…分かっててやっているから、この人、性格が悪いに違いない。
「…あくまでこれは、あなたの礼節と敬意にお応えする令嬢の責務として、謹んでお受けいたしましょう」
そこは絶対に譲らない。
強調するように宣言するが、セフィールは自信に満ちた笑顔でそっと私の腰を引き寄せる。
「そうでなくては」
その声は、耳元でぞっとするほどやさしく、囁かれるように響いた。
「君にとってはそうであっても、僕はリッハシャル=ルドヴィガ…あなたの初めてのパートナーとして、とても光栄に思うよ」
それはまるで、誰にも聞かせたくない秘密を打ち明けるように。
―――不本意ながら、胸の奥が、ひとつ跳ねた。
けれどその瞬間――けたたましい音と、笑い声がホール全体に響いた。
「あっれぇ?ふふっ…ここじゃなかったかなあ?」
「で、殿下!!!今はいけません…っ!!イリシユ殿下ぁ!!!」
(…イリシユって…第二王子、じゃなかったっけ?)
シャツははだけ、灰褐色の瞳は濁り、きょろきょろと落ち着かなく動いた。
しかし、その瞳は私を見つけてにやりと笑うと、そのまま一歩、また一歩近づいてきて…私の前に立つ。
「…イリシユ殿下。ここはあなたの出る幕ではありません…早々にご退場に」
「えー?」
不服そうにそう言うと、ガシガシと頭をかき、隙を見て私に顔を近づけようとした。
しかし、寸でのところでセフィールが立ちはだかる。
「一体どういうおつもりで」
「どうって…挨拶だよ!」
彼は私を指さして、嗤った。
「空飛ぶ車に乗って、この世界に来たんだよね!思い出して…君がヒロインだろ?」
「ヒロイン…?!」
思わず、一歩下がる。
それは夢のようで…私にとっては、もうなじみのない場所。遠い記憶の向こうに忘れかけていた世界の情景が思い浮かぶ。
(空飛ぶ…車?この世界って……この言い方は)




