第122話 ケディック・エイデン②
新鮮な魚の焼き立ては思った以上に美味しかった。
気が付くと、日も暮れ始めていた。
(あ、そろそろ帰らないと)
「ありがとうございました。レイルさん。……なんだか少し、見えなかったものが見えた気がしま」
その瞬間、ふと、張り詰めた何かを感じた。
ケディが思わず持っていた剣に手をかけると、レイルも何かに気が付いたように、焚火の灯を消した。
「いい反応だ」
「……一体」
何が、と言いかけて、遠くのほうで馬のいななきが聞こえた。
「来たな、…ついてこい」
「はい!」
(何かが……起きている?)
レイルはそう言うと、迷いなく崖を下り、森の中へ入っていく。
砂浜があるこの辺りは、エイデン家直轄の場所。
しかし、砂浜の向こう、崖を超えた先にある森はまた別の所有者の土地となっている。考えられるのは、そこで何かが起きた、ということ。
しかも、その出来事をレイル=クオンタは感知している、ということだった。
「君は剣の腕に自信は?」
ギュッと柄を握り、力強く答えた。
「…あります!」
「人を殺したことは?」
「!……ありません、けど。必要な時もある、と考えています」
「なら、それで良い」
(そうだ、騎士になるのは、そう言うことだ)
ただ、剣術が秀でているから、そうじゃない。
護るために、ケディック・エイデンは剣を握ることを決めたのだ。
「気負うなよ」
「!」
「俺が行く。君は補助に回れ」
「あの、何が」
背が伸びた草の中に人影が蠢く。
シャン、とレイルが剣を抜くと、その人影の背後から口をふさいで突き刺した。
「…っぐは」
「!」
カラン、と音を立てて転がったのは、弓矢と黒い衣。
そして……翻った衣の中は、赤く、血で塗られたような装束を着ていた。
「これ……」
「【赤い盾】。君も、聞いたことがあるだろう?」
「?!まさか……じゃあ、襲われているのは」
「お逃げ下さい!!!きゃああ…ッ!!」
闇の中を悲痛な叫び声が聞こえる。
喧騒と、剣のぶつかり合う音と、そして……錆びた、血の匂い。
ゆらりランプの灯が揺れ、そこに複数の影が躍る。
レイルは迷いなくおちていた弓を拾い、一番大きな影に向かって矢を放った。
「うぎゃぁ!!」
声が聞こえたと同時に、レイルはその場を移動し、行きつく間もなくもう一方の矢を放つ。
「かすったか……!」
「あれを、撃てばいいんですね!」
「そうだが……」
ケディはそのまま弓を受け取り、思いきり放つ。
その矢は影の頭部を貫き、そのまま崩れ落ちた。
「…っ!あ」
「行くぞ!」
「は、はい!」
そして、さらに進んでいくと……倒れた馬車を盾に、騎士数名に囲まれた姿を見つける。
「いた。ラデュオン殿下!!団長殿!!」
「?!その声は……クオンタ?」
「レイルさん!!!」
左側から飛んできた矢を弾き飛ばし、その方向に向かってケディもまた、矢を放つ。
「助かった」
「いえ…それより!来ます!蹄の音が…」
「敵の数は?」
「恐らく10人ほどの少数部隊だろう!迎え撃て!」
「は!」
騎士の一人が答えると、その声に呼応して、数名が前に出た。
ケディは壊れた馬車の元へ行き、無事を確かめる。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……君は、確かエイデンの」
パッと見ると、アズレア第一王子であるラデュオンと、その妻とぐすぐす、と泣くのをこらえてるようなまだ幼い姫君の姿があった。
(…!手…僕は、さっき)
一瞬ためらいながらも、姫君の頭をそっと撫でると、二カっと笑って見せる。
「……大丈夫だよ!姫様!」
「……ほんと?」
(やっぱり…赤い盾は、王族特化の暗殺部隊だ……!)
「…君の腕は、信用に足るか?」
「即答は、できません…けど、誠心誠意お答えします!」
「わかった。ならば、この先にある館にお連れする!レイルも来い!」
「わかりました!」
ちらりと後ろを見ると、相変わらず喧騒が止まない。
「彼らは、熟練の騎士。君が心配するようなことではない」
「す、すみません……」
ふと、ケディはここであることに気が付く。
(そう言えば……さっき僕たちが来たのは海側。その時、赤い盾の騎士がひとりいた。そいつは倒れたけど、でも、本当にそこにいたのはあいつだけか?)
「確実に仕留めるなら……!団長さん!!10時の方向を…」
「!!」
ひゅっと風を切る音が聞こえ、闇の中から一筋の銀色の光がほとばしるのを見た。
瞬間、ばさりとマントが翻り、矢は勢いを失ってそれた。
視界が広がった隙を逃さず、すかさずケディはその方向に向かって、矢を放つ。
ギャッという声が聞こえ、以降敵の矢が飛んでくることはなかった。
「見えた!」
「え……あ!」
ドドド、と複数の蹄の音が更に聞こえる。
一瞬身構えるが、ラデュオンがそれを制した。
「大丈夫。彼らは……」
「殿下を守れ―――!!!」
たいまつを掲げ、こちら向かってやってきた集団。
それは、クオンタ公爵率いる、親衛隊の姿だった―――。
空は既に暗闇に融け、穴が開いたようにぽっかりと半月の月が昇る。
街にほど近い、海を見渡せる場所にある邸に明かりがともる。周りはしっかりと大勢の騎士が守りを固め、先ほどあった出来事は、まるで何もなかったかのように日常の光景がそこに広がっている。
「いや、助かった。ありがとう、レイル、エイデン公子」
「いいえ」
「あ、と、とんでもないです……」
(ま、まさかこんなことになるとは……)
進められた椅子に座るレイルとケディックだが、その膝の上には先ほど助けたばかりの姫がぴったりとくっついている。
「フフ。よほどあなたのことが気に入ったみたいね、デイジーったら」
「ええと…その、服が汚れてるし、あまりきれいじゃないから……」
「いや!」
ぶんぶんと首を振ると、さらに力強くぎゅっと腕を握りしめた。
「ダメだよ、デイジー。困らせては」
「うーー…でもぉ」
ラデュオンはふわりと抱き上げると、デイジーもしぶしぶそれに従った。
「おにいちゃ、ありがと」
「アハハ、無事でよかった」
「しかし、すごいな。あの場面で迷いなく弓を引いて、しかもきっちりと射貫くとは」
「あー…それは」
(ほとんど、シャルとの特訓の成果、だなあ……)
「弓は、幼馴染が得意だったもので……」
すると、レイルはなぜか眉間にしわを寄せ、こちらを見た。
「……あの?」
「いや……君は苦労するだろうな、きっと」
「アハハ……どちらにせよ、驚かせてしまっただろう?実は、ここはクオンタ公爵家の別荘でね。王都が少し騒がしいからこちらに内密で来たのだけど…どうやら、情報がどこかで漏れてしまっていた」
「そう、ですか……」
だから、クオンタ公爵率いる親衛隊がすでに待機していたのか、と納得する。
「あ、だからレイルさんはあそこで釣りを?」
「……嘘をつくつもりはなかったが。非番は非番だな。ただ、父上からの要請を受けて、近くで見張をしていたまでだ」
「そう言うことだったんですね……」
「ところで…さすがに今日は君をエイデン家の方に返すわけにはいかない。夜も更けているし、まだ外にはうろうろしている者もいないとは言い切れないから」
「わかりました」
(にしても…今日は驚くことばかりだ)
ふと、自分は今日初めて、人の命を奪ったという事実がじわじわと湧き上がってきた。
実際に放った矢が命中しただけで、剣で直接人の身体を貫いたわけではない。それでも、少しだけ手が震えた。
「……エイデン」
「!わ?」
ばん、と背中をたたかれ、驚いて顔をあげた。
「うちには、さっき話した兄弟がいる」
「あ……そう言えば、冷めた弟と、元気な兄、でしたっけ」
「ああ、君と年は近い。それに―――」
「ケディックさんが来てるって?!」
「兄さん、ちょ、おさないで」
元気よく扉を開いてやってきたのは、レイルと同じ青い髪の少年たちだった。
それを見たクオンタ公爵は、ため息をついた。
「イスメテ、タクト……王子殿下の御前だ」
「あ!すみません!!失礼します!!ラデュオン殿下!!」
「はは、元気だなあ」
見事に声がそろい、二人はぺこりと頭を下げる、そして、じっとケディを見た。
「やべ、本物だよ!」
「見たらわかるって……でも、ホントに」
何となく手を振ると、二人はぱあっと笑顔になる。
「剣術大会見ました!!!」
「すごいですよね、セ、制服もかっこよかったです……!」
「えっと…?あ、ありがとう」
「すまん、二人は君のファンらしい」
「ファン?!」
すると、そこになぜかデイジーも参加した。
「ふぁんってなあに?」
「んー、そうだな、大好きってことかな?」
「じゃ、あたちも!」
「あらあら、大人気ですのね」
一気に和やかな雰囲気に、ケディは圧倒されてしまう。
そのおかげで、じわじわとこみあがってきた実感は、息をひそめた。
「レイル。……見ていてやるといい」
「わかっています、父上」
同じ頃。
エイデン侯爵家の別荘では。
「え……?ケディが?」
「ああ。…無事は無事のようだけど」
「何があったんですか?」
フォーレの質問に、イルモンドは言葉を濁した。
「とにかく今日は、心配することはない。ゼネシアも……いいな?」
「ええ……そうね、さ、みんな食事にしましょう」
「私は少し出かける」
「ええ。気を付けてね」
数人の騎士を連れて出かけた父を見て、フォーレはため息をつく。
「何が、あったんですか」
「……確かなことは私も分からないわ。ただ、ケディは今少し離れたところにいるけど、無事で、安全な場所にいるということは確実」
「……そうですか」
(話したいことが、あったんだけどな)
フォーレは、窓に浮かぶ半月を見て、ケディも同じ空を見ているのだろうか、と考えた。
お読みいただき、ありがとうございました!!ブクマも評価も嬉しいです!精進します!




