第120話 フォーレスト・エイデン②
「ほ、ホントに道ができてる……!」
「足元、気をつけろよ」
「はい」
一歩進むたびに、残った海水と苔で岩礁の上は歩きにくい。
所々行き場を失った魚たちが慌てて海の中へ戻ろうとしているのが見え、そこを避けて慎重に進んでいく。
直ぐ近くで波が岩に打ち付け、時折飛沫がかかる。灯台に近づく度に、吹き上げる風がびゅうびゅうと音を立てる。
そして、いざ灯台の目の前に立ち……思わず感嘆の声が出てしまう。
「すご……」
「階段上るんで、滑らないようにしてください」
後ろを歩くのは、これまた大きな体のスキンヘッドの青年。
彼はショーンといい、灯台守の中で一番の新人らしい。バッと両手を広げ、力強く頷く。
「転んでも、自分、受け止めますんで」
「だ、大丈夫です……」
「そっすか」
(表情が変わらないから……よくわからないけど、こういう人なんだろうな…)
するとセムが大きな声で笑った。
「そいつ、普通にいい奴なんで、怯えてやらないでくださいね!」
「うす」
「は、はあ……」
鍵を取り出し、セムは灯台の扉を開く。
重苦しい音を立てて開いた先には、螺旋階段があり、金属特有のさび付いた匂いと灯油の混じった複雑な香りが鼻をかすむ。
階段を上っていくと、広々とした部屋に出た。
「ここは何かあった時の救命道具とか、予備のランタンとか置いてあります。で、上が…じいちゃん!!」
昇った先に木製の扉が見えた。
そこを思いきりセムがノックをすると、面倒くさそうな返答があった。
「あんだ、騒々しい」
「侯爵様と坊ちゃんが来てるよ!」
「な、なんだと?!うぉ」
「……ちょっと、まさか服着てないとかないよな?ちゃんとしてよ、爺ちゃん」
「んなわけあるか!……こ、侯爵様、ちょいとおまちくだせえ!!」
バタバタと物音が大げさに聞こえ、フォーレは思わずイルモンドの顔を見た。
「言ったろ?爺さんは特別だって」
「そ、そう言う意味ですか…??」
ほどなくして、ガチャリと扉が開いた。
出てきたのは……髭がぼうぼうに生え、髪が爆発したかのように広がった男の姿。
「あ!ちっ、この髪!」
「あ~もう…ほら、バンダナ、忘れてる」
「うるせぃ!」
上着のポケットからくしゃくしゃになったバンダナを取り出すと、頭にキュッと巻いた。
不思議なことに、しっかりと巻かれたことで皺が綺麗になくなり、爆発した髪は一つにまとまったのだった。
(……こ、こんな人、初めて見た…)
ググっと顔を近づけられ、思わずのけ反る。
「んん?」
「あ、ふ フォーレスト、です……」
「ほっほぉ、遂に決めたか、侯爵様よ」
「人聞きが悪いな、メガ爺さん」
「がっははは!!わしはメガリオン=シー=クラウド三世!!!フォーレスト様よ、初めましてだな!!」
「は、はじめましてメガリオンさ……いっ?!」
バンバンと背中をたたかれ、せき込んでしまう。
「こりゃ細いなあ?もっときたえないとだめだぞーお?」
「…爺さん基準だったら、みんなマッチョじゃなきゃダメだろ。これくらいが普通だよ。普通!」
「ははは!適当に座ってくんな!ハンモックでもいいぞ?」
促されて部屋に入ると…思った以上に普通の邸にあるような部屋で、フォーレは驚いた。
まず目を引くのは自分の身長ほどもある大きな窓と、煌々と火がくべてあるストーブだった。
赤い絨毯に、質素ではあるが造りが頑丈そうな食器棚には幾つかの酒瓶と、グラス。そして小さな流し台に料理を作る台もあり、生活していくのに十分すぎるほど設備が整っている。
大きな窓には雨戸が作られ、その隙間から風の音が聞こえる。そして、時々どん、と腹に響くような音が聞こえるのは、波が打ち付けるせいだろうか。
「な?すごい音だろう」
「な。なるほど……」
メガ爺さんは、シャツからたくましい腕を惜しみなく披露し、てきぱきと食器を用意してお茶を入れる。
「セムとショーンは、海でも見とけ」
「はい!」
「うっす」
言いながらもちゃんと二人分のお茶を用意するところから、やさしさが垣間見え、思わず笑ってしまった。
(口は悪いかもしれないけど、いい人なんだな)
「おっと、その前に…坊ちゃん、灯台のレンズでも見てみます?」
「灯台の…レンズ?」
「それはいい。驚くぞ?」
「公爵様はそこにいてくだせえ。上に行きましょうか」
「あ、は はい」
メガ爺さんに先導され階上のレンズ室へ行くと、ガラス張りの部屋から見渡せる大海原に、フォーレはぽかんと口を開けた。
(!!すごい……広い!)
「高いところは平気かい?」
「あ、平気です」
「じゃ、こっちへ」
部屋の中央には、金属の枠に支えられた巨大なレンズ。その足元には歯車と手回しのハンドルがあり、レンズの中心には大きなランプが据えられていた。
「これが、レンズ?!」
「そう。この灯りをレンズで集めて、遠くまで届けるんです」
「こんな小さな光が……!」
メガ爺さんは歯車を点検し、ハンドルを回して重りを巻き上げる。
「重りが下がる力でレンズを回す仕組みでしてね。定期的に巻き上げて、調子を確かめる。これもわしらの大事な仕事でさぁ」
「これを毎回?」
「そう。灯台の光がなきゃ、船も困るでしょう?」
ガラガラと歯車が回り、規則正しい音がレンズ室に響いた。
「ん、いい音だ。さ、戻りましょう」
「は、はい」
下に降りると、イルモンドは笑顔で迎えてくれた。
「どうだった?」
「ひ、広くて驚きました」
「はは、そうだろう?……悩み事なんか吹っ飛ぶ位な。さて、最近の海はどうだい?」
「ン―――……今年は、風が良く吹くからな。波が荒れる日が増えるかもしれない」
「風が吹くと、波が荒れる……?」
フォーレが首をかしげると、メガ爺さんは笑った。
「まあ、海男の迷信みたいなもんだ。風が良く吹くのは、おてんとうさまが嵐を呼び起こす前触れとも言われてる。秋は特にお姫さんのお気持ち並みに、コロコロ天候が変わりやがる」
「へえ……」
(海と山は天気が変わりやすいというけれど……本当にそうなんだ)
この時、祖父の言葉を思い出す。
基礎知識があればいくらでもどうにかなる…のは、こういうことなのだろうか、と。
「あの、おじいさまはどういう方だったんでしょう。その、父が……」
「私よりも、爺さんの方がよくわかってらっしゃるでしょう」
どこかつっけんどんな言い方に、少しだけ違和感を覚えた。
すると、その様子を見て、メガ爺さんがひとの悪そうな笑顔を見せる。
「フォーレスト坊ちゃん、このイルモンドさまはね、父上殿とよくケンカをしていたんだよ」
「!?そうなんですか?」
「人間、相性というものは誰でもあるだろ」
実を言うと、フォーレは父が祖父のことをあまり話さないのは、過去の事件の傷があるからなのかもしれない、と勝手に思い込んでいた。
所が、どうもそれだけではないらしい。
「相性…が、悪かったのですか?」
「まあ、あの人は……知識あってこその実践、という人だったからな。私は知識と実践はどちらも車輪のようにバランスが取れてこそ、と思っている」
「な、なるほど」
「坊ちゃんにはもう一人お兄様がいらっしゃるとか。お二人が生れた時、その教育方針でよく言い争いをしてたことを思い出す。今から思えば、どっちも大して変わらんと言うのにねえ」
「そんなことが?!」
すると、イルモンドはばつが悪そうに茶をすする。
「……まあ、結果的にお前は知識を、ケディは実践を学ぶことの方が好きだろう?ゼネシアには良く笑われたものだ。どっち同じじゃない?って」
「……確かに」
(そうか、おじいさまも……そうだったのか)
「サンサース閣下は、よくこの大灯台のこの部屋に来ては、海図と風の読み方、空の見極め方を学びに来ていましたなあ」
「ご自分のお仕事もあるのに?」
「ハハ!優秀な方と言うのは、こちらも教えがいのあるもので。ご身分さえなければ、わしの後継になってほしいくらいでしたわ」
「そこまで……」
「あの方は、紙とペンと、本で学んで実際に経験してこそ完成、とよく言っておられた。知識に貪欲で、まあ、いわゆる学者タイプな努力家でした」
「学者タイプな…努力家??」
「なんかこう、知識と物事が合致してないと気が済まないというか、納得しないんでしょうね」
なんとも、身に覚えのある話だと、フォーレは思った。
「なるほど……知識を得た後に、経験してこそ完成……」
「ほら、言っただろう?……お前と父上はよく似ている、と」
「………はい」
(そうか、それでいいんだ)
ケディはよく言う「やってみればいいじゃん」と。
だけど、フォーレは「やる前に、しっかり調べてからやるほうがいいに決まってる」と言う。
でも、結果やってみるとどうにかなるから、フォーレは自分の言葉に自信が持てなかった。
「そっか……そうなんだ」
ぽつりと呟いた言葉に、メガ爺さんは嬉しそうに目を細めた。
「よく似てらっしゃるなあ……そんな坊ちゃんにいいものを差し上げましょう」
「え?」
そう言って、立ち上がると、本棚の奥から古びた一冊の本を手渡した。
装丁は何も書かれていなかったが、年月を感じさせる色褪せた表紙にも関わらず、綺麗なまま保存されていた。
「これは…?」
「開いてみてください。わしは老眼で……目がちかちかしますわ」
パラパラとページをめくると、付箋のようなびっしりと張られ、至る所に書き込みがある。
隣にいたイルモンドがのぞきこむと、思わず吹き出した。
「これは、父上の字だな……全く、几帳面な性格がよく出てる」
「す、すごく細かい……」
「ああ、そう言えば……几帳面さで言うなら、フォーレよりもケディの方がそう言うところがあるな。やっぱり、二人とも、あの人の孫だな」
「……はい、そりゃあ、兄弟…ですから」
(なんだか、嬉しい)
胸の奥にあった塊がほぐれていくのを感じる。
「この本、貰っても?」
「ああ、勿論です。わしも一度読んでみたけど、小難しくてよくわからんかったですわ。坊ちゃんはわかるようで、その方がそいつも嬉しいでしょうや」
「ありがとう、ございます」
(そうか……これで、いいんだ。俺は、俺の思うまま進んでいけば)
「あの、もう少し、祖父の話を聞かせてください」
「ああ、勿論だとも」
そして、日が暮れるまで、フォーレは父と三人で祖父の話を聞いたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!これを書くにあたり、灯台について調べましたが、すごい面白かったです。ロマンがある…!精進します。




