第119話 フォーレスト・エイデン①
――アズレアの西側にある、海洋貿易拠点の一つ・カナルアの街。
ここは、エイデン侯爵領で最も大きく、アズレアの国でも五本の指に入る都市である。アズレアの王都より西側に位置し、大灯台の全貌が良く見える。
貴族の別荘地も多く、カナルアの名産の一つであるオリーブを使った魚介料理はアズレア1とうたわれるほど。避暑地としても有名で、夏は特に人がにぎわう街である。
エイデン家保有の別荘は、丘の上にどっしりと建ち、それを見下ろすように目の前にこじんまりとしたプライベートビーチが広がっている。
毎年この場所に家族で訪れるのは、巷でも有名な恒例行事となっている。
「わぁ……」
「あら、気を付けて?走ったら転んじゃう」
「だいじょーぶ!!」
「ティア!ゆっくり行こ、ほら、手!」
バタバタと海に向かって走るリバティアの後をケディが追う。
その様子を少し離れたところでフォーレが見ていた。イルモンドがその隣にそっと立つ。
「………」
「家族との時間くらい、少しは笑ったらどうだ?」
「父上……すみません」
「そんなに、エイデン侯爵家を継ぐのが嫌か?」
「!!そうじゃなくて……」
ばっと顔をあげたフォーレに、イルモンドは得意げに笑った。
「やっと顔をあげたな」
「あ………」
顔をあげたフォーレに、さっと塩を含んだ風が通る。そして、上から注ぐ太陽の光が眩しくて、思わず目を細めた。
(そう言えば……太陽を見るのは随分久しぶりな気がする)
「我がエイデン侯爵領は、山よりも海側の方の土地面積が広い」
「それは…はい、そうです」
「特にこの西側の海岸は、南側から来る風と、北側の荒れた海域の風がぶつかるから、天候の潮流の替わりやすい場所にある。その分、とれる種類の魚は多いし、この西側の街カナルアの主産業だな」
「ええと、貴族の避暑地としての知名度も…ですよね」
フォーレの言葉に、大きく頷いた。
「ああ、観光資産も重要だな。それにここは大灯台が良く見える……その灯台守が多く住んでいるのも特徴の一つだな」
「はい。灯台守でも、整備する方……風を読む、海の守り手としての街とも言えます」
「よく、勉強してるな」
「……ええと、ありがとうございます」
「そして……その全てを統括しているのが、我がエイデン。……フォーレスト、お前がこれから進む道だ」
「!!」
どきりとした。
「家を継ぐ」という言葉を額面通りに受け取り、目先のことばかりにとらわれ、その本質を見失っていたことに気が付く。
(そうだった……俺は)
「でも………」
それなら、兄さんの方がと口に出そうになり、思わず飲み込んだ。
「………」
「フォーレスト=エイデン」
「!」
「迷ってばかりじゃなくて、一度、向き合いなさい」
「向き…あう?」
「お前自身と、だ。ケディックや兄ではなくて……お前が見るべきはお前自身だよ」
「俺……?」
そして、ポン、と優しく肩にを置いた。
「……後で、面白い爺さんに会わせてやるよ」
「面白い、爺さん……?」
「ゼネシア!」
「!なあに、あなた」
「俺はフォーレと出かける。……メガ爺さんのところに行ってくるから、ケディとティアを頼む」
すると、ゼネシアはあら、と声を出してにっこりと笑う。
「ちゃんと、夜までに帰ってきてね?夕食は皆で食べましょう。私、カナルアのパイは大好物なんだから」
「わかったよ」
イルモンドとフォーレが並んで歩くのを見て、ケディもあわてて声をかける。
「父上!フォーレ!」
「!」
「ケディック、ティアをよろしくな」
「はい!……フォーレ!!待ってるから!僕……お前の言葉を!」
「………」
しかし、それには答えず、フォーレはふい、と横を向く。
それを見たリバティアが心配そうにケディの腕を握る。
「……まだ、けんか?」
「大丈夫だよ。今ちょっとだけ、お互い……その、すれ違ってるだけなんだ」
「すれちがい?」
小さく小首をかしげる仕草がかわいくて、思わず微笑む。そして、ふわりと持ち上げた。
「ほら!こうやって…」
「きゃあ!たかーい!」
「くっつくのがちょっと苦手なんだ、今」
「ケイ兄さま、フォー兄さまを抱っこするの?!すごーい」
「それも卒表しなきゃ……な」
穏やかな時間が流れる。
ゼネシアもまた、思い切り息を吸い込み、深呼吸をした。
「馬でいくとするか」
「え?……あの、どこに行くんですか?」
「そう言えば、まだ連れて行ったこともないか。お前も、ケディも。……これから行くのは、大灯台の中だ」
「?!………中って」
「大灯台に何があると思う?」
「ええと…遠くまで光を届けるレンズ、と――……」
いいながら、実はそれ以上のことは本で描かれていなかったことを思い出した。
すると、それを見透かしたようにイルモンドは豪快に笑った。
「ええと……」
「ははは!お前らしいな。フォーレは昔から本を読むのが好きだったな。知識として得るのも十分楽しいものだがな。実はもっと面白い方法がある」
「面白い方法?」
「現場で実際に得た知識と状況と、出来事を同時に体験することだ」
「な、なるほど」
(確かに……現場で何が起きているかなんて、物語上の出来事でしかなかった)
「実は灯台の中には住居スペースがあって、人が住んでいる」
「?!そ、そうなんですか??」
「ああ。波が荒れる日は打ち付ける波の音が腹まで響いて煩いのと、買い物が不便らしいが、他は快適らしいぞ?」
「へえ……」
「どうだ、興味がわいてきただろう?」
「そ、それは勿論!」
「そこにいるのはメガ爺さんと言ってな。俺と父上の代と…ずっと灯台守を務めてくれている」
「おじいさまの時から……?」
イルモンドの父に当たる、先代侯爵はフォーレとケディ二人が幼少の頃にあることをきっかけに命を落としている。
「……俺、おじい様の記憶ってあまりなくて」
「実はな、お前と父上は結構似ている」
「え?」
「不器用なところとか、頭でっかちなところとか。」
ガン、と鈍器殴られたような衝撃である。
ただ、それを否定することはできないのも、身にしみてわかっているのだった。
「そう……そう ですか」
「すまん、言い方が悪かったか。父上も物事を取り組むにはまず知識から、を信条としている方だった。何事も本質を知らなければ、物事に失礼じゃないか、とよく言っていた」
「……??失礼、とは」
「基本的な知識さえあれば、応用はいくらでもできるものだとも言っていたな」
「それなら、わかります。何も知らないでやるのも…悪くはないけど、見逃してしまうところもあるでしょうから」
少しずつ、フォーレは自分の心があるべきところに落ち着いていくのを感じた。
(そうか……俺は、思った以上に、自分自身のことを忘れていたのかもしれない)
誰かのために、何かのために。
理由をつけては、自分のしたいことにふたをして口を閉ざしていた。それがあまりに普通で簡単なことだから、今一人になってフォーレははじめて、自分のことを思い出した。
「俺って……なんていうか、自分の心とか気持ちとか……きちんと言葉に出したことはなかったのかもしれません……」
「!…そうだな」
「あの、おじいさまは、どんな人だったんですか?」
「……私よりも、メガ爺さんの方が詳しいかもしれないぞ?」
「え?」
「何せ、あの人は、父上の師匠だからなあ」
「し、師匠?」
すると、イルモンドが指さした方向に大きな灯台が見えた。
首都の方角から見なれた灯台は白くて大きく、広々とした大地に根を下ろしているかのように見えていた。しかし、近くで見ると、その大きさに圧倒されてしまう。
「!……大きい」
天に向かってそびえたつ巨塔は、青い空を突き抜けるように伸びている。周りの岩礁は遠くで見るよりも規模が大きく、今は潮が引いてるのか、白い煉瓦の土台が良く見える。
何よりも驚いたのは、陸地から灯台が完全に切り離され、海の中の岩礁に建っていること。
「橋とかも、ないですよね?どうやって…」
「あそこまでは船で渡るんだ」
「船?!」
「そう、ほら向こうに小さな集落があるだろ?」
イルモンドの言う通り、少し離れた場所には、規模はあまり大きくはない小さな集落があり、そこに船着き場も見えた。
「あそこは、灯台守たちの村だ。ちゃんと商人も来るし、彼らは交代で塔を守っているんだが」
「?」
「爺さんだけは、ちょっと別だな、あ」
「おーーーーい!!ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞーーお!!!」
向こうからぶんぶんと大きく手を振る若者がやって来た。
すると、若者は表情をさっと変え、慌ててこちらに向かって走ってきた。
「うわ!侯爵様!すみません!!!気が付かなくて……」
「ああ、いい。気にするな。今日はまあ……社会見学、だな。」
「社会見学…あ!!坊ちゃまですね!!おれ、セムって言います!!」
灼けた肌に、にかっと人懐こい笑顔で笑った若者の歯が白く光る。
ただ、背丈はフォーレが見上げるほどだったので、一瞬圧倒されてしまった。
「あ、え、ええと……フォーレスト、です」
「おお!フォーレスト様ですか!!ようこそいらっしゃいましたなあ。ここは灯台守の村です!あ、ということは」
「ああ、跡目はこいつに任せるつもりだから」
「!」
どきりとした。
だが、そこに後ろめたさはなく、フォーレはただしっかりと前を見る。
「……至らぬ身ですが、が 頑張り…ます」
「フォーレ……」
そ言葉に嬉しそうにイルモンドがほほ笑んだ。
「ほほーー!いいですねえ、応援しますよ!!あ、じいちゃんも喜びそうだ!」
「じいちゃん、て?」
「あ、俺んち灯台守一家なんです!一応父さんが当代なんすけど、じいちゃんが引っ込まなくて」
「まあ、メガ爺さんは生涯現役を掲げているからな……いつもの場所かい?」
「はい!!あ、でもちょっと待ってください、今引き潮なんで今歩いて行けますよ!……他の奴らにも知らせてきます」
「ああ、馬も頼みたい」
「かしこまりました!」
「…よし、行こうか。フォーレ」
「は、はい」
そして、この時初めて……フォーレは自分の一歩を踏み出したのだった。
かなり期間が空いてしまいました…ログイントラブル解消されてよかった。読んでいただきありがとうございます!やっと時間が作れそうなので、更新していきますので、よろしくお願いします。




