第118話 本音と建て前
『私の願いは……エイデン侯爵家の嫡子である、ケディック=エイデン、この私自身の継承権の放棄を願います』
そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
(一緒に頑張ろう?……それも違う。じゃあ…)
「やるじゃん、て……」
それだけでよかったのに、でも、それじゃダメなのも分かってる。
だって、俺はケディになれなくて……俺は俺でしかなくて。
「わかんない………っ」
(わからない……俺は、どうして欲しかったんだ?)
「……あの、フォーレ起きて……」
「顔も見たくない」
「………」
突然、ドア越しにドン!と思い切り壁をたたきつける音がした。
「僕の話も聞けないのか?」
「!」
「……なら、フォーレはいつまでも、そこにずーーっと!!浸っていればいい!!」
「……な」
そして、再び静寂が戻る。
フォーレは再び、ぎゅっと瞳を閉じた。
ずかずかと階段を降り、ケディはリビングのソファーにドカッと腰掛ける。
「あいつは……僕に、どうしてほしいんだよ!」
「ケディ」
すっと、朗らかな香りが鼻を通る。
「……母上」
「お茶でもどう?」
「………はい」
(少し甘いけど…落ち着く香りだ)
「今回の件、どう考えてもあなたが悪いわ。それは、わかるわね?」
「で」
も、と言いかけて、辞めた。
100%悪くないとは言い切れないから。その代わり、ぐっと熱めのお茶を喉に放り込む。
「あちっ」
「ほら。なんでも勢いだけで乗り切ろうとしちゃダメよ?やけどするのも、ケガするのも、自分だけじゃない……周りの誰かが傷つくこともあるの」
「それは……わかって、います……」
「ケディは、フォーレの気持ちをどれくらい考えたの?」
「フォーレの、気持ち?」
「自分の気持ちと思いを優先しすぎてないかしら。……それは、どう?」
(もう、強いって…大丈夫だって。そう思ってた…でも)
「僕は…逃げたかったとか、そう言うわけじゃないんだ。僕ができることは僕が、フォーレができることはフォーレが、って……」
「それを、フォーレにちゃんと言った?」
ぐ、と胸に突き刺さる。
「言って、ない」
「あなた達は双子で、いつも一緒ね。…でも、心まで共有はできないわ。だって、ケディはケディにしか、フォーレはフォーレにしかなれないもの、ね?」
「…うん」
「ケディ。あなたが決断したこと、それはとても尊いもの。だって、自分で決めたんでしょう?私は、あなた達がそれぞれしたいことをしてほしいと願っている。それがたとえ、どんな道であろうと…二人が納得して進めるならそれで」
「母上……の、言う通り、です」
「でも、今回は――少しフォーレの気持ちを置き去りにしてしまった…それは、わかるわね?」
ケディは静かに頷く。
「僕は……僕が決めたことを覆されたくなかったんだ。でも、フォーレは」
ゴメン、と小さくつぶやいて、膝を抱えた。
自分で考えて、決断して、これだって思った大切なもの。
それを、誰にも邪魔されたくなかった。
「怒るの、無理ないよな」
「認めたわね」
「………あいつは、すぐ僕の決めたことを認める。あいつ自身の想いだって、ちゃんとあるはずなのに」
「なら、ちゃんと話さないといけないわね」
しっかりと頷いたケディを見た後ちらり、とゼネシアは二階の方を見る。
(そうなんだけど……)
「あの子は……ケディをとても大切に思ってるわね。あなたも、同じくらい」
「それは…当然です」
「なら、約束。来月にあるあなた達の誕生日までにしっかりと話し合うこと。二人で出した結論をもう一度、私達に聞かせて?」
「…はい!」
「じゃ、今日はもう休みなさい。明日から、みんなでお出かけするんだもの、準備も忘れないようにね?」
「わかりました。…おやすみなさい、母上」
元気よく自室に戻る姿を見送り、ゼネシアは柱の後ろに隠れたイルモンドを見てほほ笑んだ。
「……あなたからも話せばよかったのに、そんなところに隠れてないで」
「俺が言ったら……ケディは本音を隠すだろう?」
「そんなことないわよ。もう、意地っ張りね…まあ、あなたとケディックはよく似てるから、気持ちがわかるんでしょう」
「自分で決めたことは責任をもって決めたことだ。……それを否定されるのが嫌なのはよくわかる」
(あら、正直ねえ)
「…これで、良かったんだろうか」
「何が?」
「10年前……役割を、最初から二人に与えていれば」
10年前、一度だけある話が浮かび上がったことがある。
それが、ルドヴィガ伯爵家への養子縁組だった。
「それは違うでしょ?今、二人はこうして自分の未来と向き合ってるもの」
「………ああ、そうだな」
「あの子たちなら、きっと見つけられるわ。私たちはその舞台を整えるだけ……ね?」
「俺たちにできるのは、見守ることだけ……か。難しいな」
「大丈夫よ。あの子たちなら…子供って私達が思うよりもずっと成長しているもの」
***
一方その頃。
「今回の契約を読み上げてみましょう」
「うん……ところで、普通は君を雇用する僕の方が話を進めるのが正解だと思うんだけど」
「あら、カシオス様ってば。雇用される側にも選ぶ権利はありますわ」
テーブルの上に並んでいるのは、質素なティーセットに少しのクッキー。そして、ずらりと内容が記載された雇用契約書である。
「まず、内容の確認を。カシオス様が参加する夜会や公的なパーティ、祝賀会に置いて、いずれも同行し、随伴を最優先、報酬は一度の随伴につき、20万ギル」
「それくらいは用意しないとね」
「続けます。それで、注意書きのほうですが……」
シャルは一度咳払いをして、読み進めていく。
「①カシオス=セレスト以外の人間の同伴を務める時は、必ず報告すること。②着用するドレスやアクセサリはカシオス様指定の物を着用、③必ず20時には退場すること。④必ず保護者に報告すること⑤帰りは決められた手段で帰宅すること⑥何か身辺的な異常が起きた際には報告すること……」
いいながら、カシオス様達の様子を見ていると……
(満足そうに頷くカシオス様に、何かを考え込むような表情のセフィール様、そしてお父様は)
言葉で表現するのが難しいほど、苦悶?の表情でカシオスを見つめていた。
「あ あの、お父様……カシオス様を見る目つきが怖いです……」
「ああ、すまない。元々目つきが良くないとは言われているんだが」
「レイドックは普段から僕にあたりが強いからねえ……」
「心からお仕えしておりますよ?殿下」
「こ、こほん。まず、この点は…まあ、改善の余地はあるにしても……この残りの部分」
ビシッと指さした場所に書かれている内容。それは
「⑦夜会等で必ず最初のダンスは必ずカシオス様、⑧契約外の対象人物との接触は常に報告(特に異性)、⑨他家との私的接触、個人の誘いなども常に報告⑩どの夜会も常にカシオス様との随伴を最優先にすること……これって、わたし監視されてませんか?」
「え?必要なことだろう?」
「どこが!カシオス様に私の行動全部、報告しなきゃならない理由は?!」
「だって、それが契約だから、何より君の安全が第一だ!!」
「そうだ、シャル。夜会はいいものばかりではない。これは監視などではなくて見守りという名の契約だ!」
「みまもり………?!あんぜん???」
(契約の意味わかってんの?!!お父様まで!!!)
「ど、どんな雇用状況だろうと、個人のプライベートは優先されるべきだと思いますっ……」
すると、カシオスは満面の笑みでこう言い放った。
「でも、僕とずっと常に一緒に行動したほうが君にもプラスになると思うけれど?」
「…っそれは」
(確かに知名度も、今後の情報量も上がるかもしれないけど!目立ちたいわけじゃないしっ)
「はい、挙手」
次の瞬間、ばばっとセフィールに視線が集まる。
「一介の秘書が水を差す場面ではないと思うけど」
「意見があるなら聞こうじゃないか?」
と、臨戦態勢のカシオスとレイドックに対し、よよよ、というしおらしい態度のセフィールが続けた。
「そんな、意見だなんて!この契約内容では、ルドヴィガ伯爵家の時期後継としての職務がおろそかになるのではないかと…末端とはいえルドヴィガ伯爵家に仕える身として、少し懸念が」
この発言に、さっと空気が変わる。
シャルは心の中でガッツポーズを決めた。
「そう!!常にカシオス様と行動していたら、ルドヴィガ伯爵家の通常業務にも、支障をきたすと思いますわ!!私にも一応業務がありますもの!!」
「シャル!それは私が」
「そうすると、お父様も常にカシオス様と一緒に行動されているわけではなくなりますよね?」
「!!」
「ちっ……気が付いたか」
カシオスが小さく舌打ちをしたのを、シャルは聞き逃さなかった。
「そして最後の……決定権は全てカシオス=セレストにある。これも、納得できません」
「ふむ。決定をすることは……雇用する側の責任であると思うけど」
(それは確かにそう、間違ってないかもしれない。でもね……過去、それだけじゃだめだってこと、私は前原律葉の時に、身をもって体験した)
志を同じにする、と管理化に置くでは意味が違う。
「カシオス様は以前仰っていました。【鸞坐の太陽を、その地に昇らせて見せましょう】—―……こうして本格的に行動することで、それを実現しようとしているんですよね?」
「………よく、覚えているね」
「ランザの国王陛下に対して、面と向かって言うことに驚きましたし……実際、今キアルーンの船舶技術の革新の証明と…この、破ろうとしても、中々破れないガラス紙の技術も、しっかりこの国に持ち込んでいる。だから、思いました。カシオス様は、本気でこの国の【青】を塗り替えるおつもりなのだと」
「アズレアの流通の主導権を塗り替え、新しい空を広げる、これがカシオス=セレストの『青』―――その想いは、今でも変わらない」
「私もそれを支持しています。…あくまで、リッハシャルとして、ですけれど」
そして、レイドックの顔を見て、頷いた。
「まだ、私はまだ伯爵ではないから、これは我が家門の総意ではありません、でしょ?お父様」
「シャル……」
「だからこそ、もう一度、きっっちり。契約内容についてお話しするべきだと思うんです」
そして再び、カシオス様と向き合った。
読んでいただいてありがとうございました。精進します!!不定期投稿ですが、お付き合いいただけると幸いです。




