第119話 世渡り上手×華麗なる転身
【ヴァラモ公爵の落日、カシオス=セレストの指揮により、拘束】―――
その日、各新聞の一面を飾ったのは
『フィリックス=ヴァラモの拘束、そして王国裁判へ。自身の資金で子供たちを攫っては【孤児院】を造り、子供たちを養育と言う名前で育成・教育しては自身を神と崇め、支配する……その名の通り、養育という名の虐待を続けていたという』
そんな内容の記事ばかりだった。
そして、同じように次ページには後継・オルフェイ=ヴァラモの公式的な発言がずらりと並んでいた。
「あくまで、個人が行った独善的な行動であり、公爵家全体は関与していない。それが、ヴァラモ公爵家の公式的な会見である…か」
カシオスは、ばさ、と新聞を机の上に投げつけた。
「やれやれ、老害を引きずり出そうとしたはずが……黄金の獣を呼び起こしてしまうとは」
外見の華やかさからか、彼をまるで英雄のように扱う記事も少なくはない。
(……オルフェイ=ヴァラモ、か)
「今まで一度もあったことがない。……身を隠していたのか?それとも」
聞えてくる噂は、数少ない。
妻と嫡子をもうけていること、父親であるフィリックスと犬猿の仲であること。
どれも華美なものではなく、かといって功績をたたえるわけでもない……なんとも、不存在自体が気味だった。
「フィリックスは、質の良い情報のおかげで、叩けば叩くだけホコリどころか、粗大ごみが出てくる状態のようですね」
大量の資料を持ってやってきたレイドックは、ため息をついた。
「どれも救いようのない……まさに、悪の権化と言うべきでしょうが。質の良い情報のおかげで、もれなく悪行を暴いているようです」
「質の良い情報、ねえ……随分、協力的な情報を提供する奴がいたものだ」
「元腹心でもある男ですから」
そして、その神の束を机の上に整然と並べる。
「それは?」
「新人が集めてきた、フィリックスの罪状に関する資料です」
(新人、ねえ)
「見てもいい?」
「ええ」
「……へえ、わかりやすく分類されているし、見やすい。今度の新人は力になってくれそうじゃないか」
「まあ……」
一度、レイドックは眉間に目いっぱい皺を刻み、続けた。
「……新人のいう通り、ラウ=サージェントは公爵からオルフェイ=ヴァラモに鞍替えしたようですね。おおよその情報源はラウで間違いないでしょう」
「で、こちらに鞍替えしたのが、新人・セフィール秘書官、というわけ?」
「……実力も情報も確かではありますし――非常に役に立ってはくれています」
(面白いな……言っている言葉は褒めているのに、顔がしかめっ面)
レイドックのしかめっ面の理由。
それは…セフィール=ヴァラモが再就職先に決めたのが、レイドック伯爵の秘書官だから、である。
「しかし、残念。僕のところに来ればよかったのに」
「結果的に、殿下のお力になれるのです。これは彼自身の希望でもありますから」
「希望ねえ……何処までが本音でどこからが建前なんだろうね」
(人手は実際足りてはいないけど……やるじゃないか、セフィール=ヴァラモ)
「以前から、カシオス様に無能な上司を持つと大変だ、と言われておりましたから。考えていたことを実行したまでです」
「!」
「やあ、あなたの勤務は明日からだと聞いていたけど?」
しれっとやって来たのは、いつもよりも質素なジャケットスーツを纏ったセフィール本人だった。
飾り気のない物ではあるもの、その華やかさは隠し切れず、明かにその場にいるだけでまるでサロンにいるかのような雰囲気を醸し出している。
「公子は世をうまく渡る術をお持ちのようで何よりだ。レイドックの胃痛がこれで少しでも収まるといいけど……」
「ええ、勿論。誠心誠意尽くします。ルドヴィガ伯爵、どうぞ、こき使ってくださって構いません」
見れば、レイドックはなんとも言えない表情で、始終沈黙を続けていた。
が、やがて静かに口を開く。
「……セフィール公子。学院の講師の方は?」
「後任は我が妹がその能力を活用するべく場を探しておりましたので……ルビエルに任せておきました。学院のほうも今はそれどころではないらしく、クオンタ学長が早々に学院生徒全員に、長期の休みを表明しておりますから」
「……いつから計画を?」
「何がでしょう?」
「いいえ……」
(思えば……シャル、基、旅華麗なる剣士の支援家門を名乗り出た時点で、自身の家門を大々的に公表していた。その時から始まっていたのかもしれない)
あまりにも用意周到でかつ、華麗なる転身劇。
不仲と認知されている家門の直属勤務を選び、セフィールは身一つで父親の情報を引っ提げて志願してきたのである。
大胆な決断力、それに行動力は、一個人の評価として相当なものだ、とレイドックは思う。
ならば、この際存分にその力を借りようというもの。
「いいだろう。それよりも……その内、ヴァラモ公爵就任のお披露目もあるでしょう。新聞ではもう彼を持ち上げる記事ばかりで、お祭り騒ぎです」
「セフィールはどれくらいの時期を見る?」
「そうですね……兄はああ見えて慎重で、かつ無駄を嫌う性質です。10月に行われる、狩猟大会に合わせてくるのではないでしょうか」
10月になると、社交界のシーズンが一時、幕を下ろす。
その際にアズレアと近隣諸国より著名な貴族や有力者が一堂に集まる絶好の機会となるのだ。
その後11月、12月はオフシーズンとなり、個人の夜会やパーティが増加傾向となり、次のシーズンに向けてコネクション造りと共に1月の健国祝宴に合わせ再び盛り上がりを見せていく。
「ふうん……ならば僕も、それに合わせようかな」
「合わせる、と言うのは?」
「第三皇子の名目で盛大なパーティーを開くとしようか。名目は……そうだな、【クロム=セレストの哀悼式典】なんかどうだろう?」
「大層な名目で……目的を聞いても?」
すると、カシオスは不敵に笑う。
「行方知れずだった息子が帰ってきたんだ、父上も喜ばれることだろう。……だから、多少別の目的が混じっても、そう怒らないだろう?」
「クロム陛下なら、まあ…面白いことを考えてるじゃないか、とでも言うでしょうね」
「さすがレイドック、よくわかってるね」
そして、そのまま窓越しに見える青色の壁の王宮を見た。
「秋にオルフェイが行動するなら……その前に情勢を変化させておいて損はない。国中の貴族に選んでもらうとしよう……どちらがより、有益か をね」
**
「はあ……今頃、一応学院の終了式が終わったころかな」
何を隠そう、私は今、目下自宅謹慎中である。
――なんてことはない、ロゼネイの件がお父様にバレてしまったのだ。と、言うか……既にバレていたものの、容認してくれていたという方が正しい。
結果的に、私はそのまま実家に連行、そのまま謹慎の運びとなったのである。
「わあ……学院の方も大変のようですね」
「ああ、例の賭博ゲーム?」
「はい。クオンタ学長が、前倒しでサマー・バケーションを表明したのも理由がそれでしょうし、退学者も複数いるみたいです」
「それに係わった人たちの名前とかは?」
エイルはパラパラと新聞をめくるが、静かに首を振った。
「残念ですが…完璧に情報統制がされているみたいです」
「そりゃ、そうだよね……カシオス様だもん」
そう。
例の「キャンデイ・ゲーム」は、その概要と共に、ヴァラモ公爵の指揮であったと暴露された。
結果的に公爵の失脚と共に、第三王子の手柄と大々的に報じられはしたけれど……異様なくらい情報統制がされていて、それに係わった学生たちの名前や身分は完全に隠されている。
だから、いくら探しても出てこない。
(別に知りたいわけじゃないけど……みんな、どうなったんだろう)
ただ、妙な確信がある。
恐らく、カシオス様はその子たちを悪いようには絶対にしない、ということ。
彼は罪を犯した者は罰するが、弱いものには手を差し伸べる……そう言うところがあると思う。
「そう言えば、お嬢様のお荷物を取りに行ったとき、ラッセル様にお会いしました」
「!ラシー?」
「その、エイデン公子様はお二人とも欠席のようでした」
「………そう」
あの後、ケディはどうしたんだろう。……フォーレは。
(ん?あ…そう言えば)
ふっと自分の唇に触れる。
「……イヤイヤ。うん、そうよね、勢い余ったのよね」
「お嬢様?どうされました?お顔が……赤いです」
「ちょっとまだ日差しがね……冷たい飲み物お願いできる?」
「あ、はい!ただいま」
(……あれは、どういうことだったんだろう)
その後のケディの様子から見て、わざとではないという確信はある。
勢い余った系?それとも……何かこう、弾けたとか?
その理由を聞いてみたいけれど、さすがにその為にわざわざ手紙を出すのもおかしな話だし、「何となく」とか言われたら、なんかこう、私がへこむし。
「……だめだ、迷宮入りになるからやめよう」
別に減るもんじゃない。
そう、減らない。減らないから、もう悩むだけ無意味なのでは。
(……いいや、もう)
「よし!!もういい!!忘れる!!!」
パン!と両手をたたいて大きく伸びをする。
「お嬢様―。お持ちしました!フツールアイスティーです!」
「ありがと!」
「それと…これが」
「?」
そう言ってエイルが持ってきたのは、無地のセレストブルーの蝋で封をされた、分厚い封筒だった。
「……?カシオス様、だよね、これ」
わざわざ何だろう?と思って中を開いてみると。
「わあ、随分厳重ですね…まるで正式な公的書類みたい」
「公的書類、ねえ……え」
なんと、ご丁寧にキアルーンの特殊な硝子紙で、青文字でしっかりと【夜会・パーティ同伴雇用契約書】と書かれていたのであった。
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