第118話 夢は夢のままに
「あら、似合うわ」
「は、はあ……どうも……」
「うん、思った通り。君は濃い赤より薄い紅色の方が似合う。今日の灰色の髪なら尚の事、ね」
私は今、今ヴァラモ公爵夫人のお邸にいる。
そして、かくかくしかじかこうなって、なぜかきらびやかな薄紅色のドレスを纏い、突然の晩餐に招待された。
(これは罰ゲームなのかしら?それとも、ご褒美?事前準備も心の準備も何もしてない……)
「私はもうだいぶ前に社交界から身を引いたから……大体のドレスはルビエルにあげたりもしたけれど、まだ有り余っているのよね……貴方が似合ってよかったわ」
「お、お気遣いありがとうございます。今はルビエル様が社交の「薔薇」でいらっしゃいますものね」
「そうね。まあ――」
ちらりと夫人は私を見て華やかにほほ笑んだ。
「私は薔薇よりも、シャクヤクの方が好きよ」
「シャクヤク……ピオニー、ですよね。外の庭園で拝見しました」
(シャクヤクっていうと、どこか聞きなれている感じもするけど…元はキアルーンの花だったような)
「薔薇よりも華やかで、儚い……そう言うところがとても好き。少し控えめなところはもっと好き。あなたはどんな花が好き?」
「私は……カメリアの花、でしょうか」
すると、それまで黙っていたセフィール様がカチン、と皿を鳴らした。
「一度聞いてみたかったんだが、君はよく、カメリアの花のモチーフを使っているね。—―-今でも、初めて見た時の衝撃は忘れられない」
「あー……ははっ」
つい笑顔が引きつってしまう。
もう、ある意味黒歴史と言っても過言ではない……結果として、セフィール様に大恥をかかせてしまったわけだし。
(あの時は色々警戒していたからなあ…)
それが、今こうして同じ卓で晩餐を…なんて、あの頃の私からは想像できないわ。
すると、なぜか夫人が楽しそうに笑った。
「うふふ……私も見てみたかったわあ。伝説の、すっぽかしダンス」
「すっぽかし…では、なくて……」
「おかげで俺は、令嬢達と余計なダンスは踊らなくてよくなったけど、ね」
「え」
「いいじゃない。選ぶ権利はこちらにあるもの」
おおう。
やっぱりこの方々はヴァラモ公爵家の方々なんだなあ。
殿上人?とでもいうのかしら……格が違うというかなんというか。
「それで…何か思い入れでも?」
「……父が私にくれた、最初のプレゼントがカメリアのエヴァレットでした。亡くなった母も好きだったらしくて。それから、ですね。時期が来たら花ごと落ちるのも、潔くて好きです」
「へえ、いいことを聞いた」
「……レイドック伯爵ね。あの方らしいこと」
うちのお父様のヴァラモ嫌いは今に始まったことではないけど……こうして会ってみて、少し驚いた。
ヴァラモの公爵夫人と言うと、もっと派手で個性が強烈な人を想像していたのに。
今、私の目の間にいる夫人は――そりゃナイフを使う手一つ、絵画のように洗練されていてとても美しいけど、邸内も着ているドレスも華美ではなく質素。
(私が知るヴァラモの女性はロザベーリに、アゼンダリア王妃様とルビエル。みんなTHE・ヴァラモっって感じだし)
偏見だけで物事みると、やっぱり良くない。
自分でしっかり見て、知らないとだめだ。
(ちょっと反省……)
「ならば、驚いたでしょう?」
「え?」
「……私は、ロザベーリとも、ダリアとも違うから」
「っ?!」
ぎょっとなって、私は持っていたフォークを落としそうになった。
み、見抜かれてる……!
「あら。可愛らしい反応だこと!」
「す、すみません……」
「いいのよ。そうね、私は少し…このヴァラモの女性としてらしくないかもしれないわ」
「らしくない、ですか?」
「ええ。派手なものは好まないし、社交界もどちらかと言うと不得手な方ね」
「でも……とても美しくていらっしゃいます。一度お姿を見たら、みんな公爵夫人に憧れる事でしょう」
恐らく、ひとたびこの方を見たら、社交界のレディたちは仕草一つ、衣装、髪型やアクセサリ、全て真似したくなるだろう。
それくらいの影響力を持っていると思う。
(これがいわゆる【カリスマ】ってやつなのかも)
「あら、あなたは人を褒めるのがとても上手!素直な言葉、嬉しいわ。ね、ところでうちのセフィはどうかしら?」
「どう……とは?」
「母上」
ため息交じりでセフィール様が嗜める。
あ、そ。そう言うこと?
「ええと…ダンスはとてもお上手ですし、その……ロゼネイの件では、とてもお世話になりました。あの、ルビエルにこのことは……」
「いいわ。夢は夢のまま、ということね……今のあの子には必要なことだわ」
「必要…なこと?」
「ルビィは少し、不器用だ。……俺も、早く気が付くべきだった」
不器用、か。
うーん、確かに……家のプレッシャーとか、そういうものにがんじがらめに見えたしなあ。
「けれど、あなたに会えたことで、あの子はきっと変わる。……国を挙げて、【自由】の許可をもらったんだもの」
「そんな、大それたことは……」
「……私がもっと、ヴァラモの花らしく過ごしていればそうはならなかったのでしょうけど」
「っ…」
ヴァラモの花らしく、と言うのは――
思わず、この言葉を飲み込んだ。
「……シャル」
「!あ、は はい」
「君を母上に合わせたかったのは…君に「ヴァラモの花」そのものを知ってほしかったんだ」
「私に……?」
「全員が全員、花になることを…家門のためになることを、至上の喜びだと思っているわけではないわ」
「!公爵夫人……」
「それが一番手軽で、一番早く終わらせる方法だから……抗うことに疲れてしまった子たちは、その責を全うすることで、その役割を終えることができる。私のように……」
「……」
それは…本当に少しだけ、わかるような気がする。
あのロザベーリでさえ、「家門の重圧」を呪いだといっていた。
「花であることに生き、実りを作ることで次につなげて……それで初めて、解放される。リッハシャル。私は、四人目の子供を産んで、あの子が手を離れた時、真っ先に何をしたと思う?」
「何を、されたんですか?」
「社交界を引退して、敷地内に新しい邸を作って…それから、少し旅に出たわ」
「え?!」
思った以上に行動力があるというか。
予想外の行動に驚いた。
「何もない草原に一人で立って……裸足になって空を見た」
「は、裸足に……」
なるほど、やっぱり広い敷地内に家が点在してるのは……みんな、あの赤い城にとらわれたくないから、出ていくのかもしれない。
「ヴァラモの花であれ、いびつな花は他の家に行き完全なる花となる。…花は咲いた後は散るだけ、ならば散る時くらい好きに散りたいでしょう?」
「それは……確かに」
「男たちこそ、ヴァラモと言う強大な力のおかげで蔓を伸ばすことができる。それを、己の力だと慢心して、至上の喜びと勘違いしているのだから、滑稽ね」
「そこは、少し異論を唱えたいところだけど…概ね、同感だ」
「セ、セフィール様まで……」
(……そんな風に考える方もいるんだ……)
「でもルビエルは……」
「母上、あの子を縛ったのは……俺でもある」
「セフィ」
静かに首を振り、公爵夫人は目を伏せた。
「私が、ヴァラモの花になることを疑問に思えと教えたから。周りの声を聴いて、逆にそれを肯定してしまったのかもしれない。とても素直な子だから」
「……ルビエル様なら、きっと、もう大丈夫です」
(最後の挨拶の時、自分で自由だ、と言葉にしていたもの)
「……リッハシャル=ルドヴィガ。あの子を救ってくれてありがとう」
「え?!す、救うなんて……私も得難い経験をいただきましたし」
「俺からも礼を言わせてほしい」
「え?」
「君のおかげで、当面の独立資金もしっかり、手に入れることができたよ」
「独立…資金?」
「これで兄達にも、父にも祖父にも誰にも邪魔されず、好きなように行動できそうだ」
「好きなように…って、ふふ。セフィール様は、公爵夫人とよく似ていらっしゃるみたい。」
「力のある家門の三男というのは、色々大変なんだ」
思わず笑ってしまった。
なるほど、セフィール様と公爵夫人が仲がいいのはきっとこれが理由ね。
すると、大きな時計から11回鐘が鳴った。
「……まだ、間に合うか。このヴァラモ公爵家は、明日は大変だろうから、今のうちに送るよシャル」
「あら。せっかく明日着てもらうドレスも用意してるのに」
「え」
(それはそれで、帰れなくなりそうだわ……勘弁してほしい)
「ええと、大変…って?」
「多分、ヴァラモ公爵閣下が今までの不貞を暴露されて転落するだろう」
「え?!」
「あら、やっと?」
「やっとって……」
「ようやく、の方が正しいかな」
本当に、公爵夫人はお強くていらっしゃる……
そして、セフィール様も、なんとも邪悪な笑みを浮かべてる。
「…シャル、君の父君は、とても仕事ができる方だ。伯爵のおかげで、状況が一気に動き出した…礼を言わねばならないね」
「お父様?!」
と、言うことは…カシオス様。
やっぱり色々と暗躍していたのね、二人して。
「あ、でも、セフィール様は大丈夫なんですか?」
「ああ。俺は…もう手を打ってあるから」
「…手を打って…?」
(ま、まあそれはいいか。私が聞くことでもないしね)
「じゃあ、そろそろ行こうか?本当に遅くなってしまう」
「あ、はい」
「リッハシャル。また遊びにいらして」
「そ、そんな気軽には……でも、お会いできてうれしかったです。公爵夫人」
すると、そっと頬に手を置いて、ほほ笑んだ。
「あら。私とあなたはもう友人よ…レイラ、で構わないわ」
「め、滅相もございません……」
(わあ。綺麗すぎてドキドキしちゃう)
「…行くよ」
「あ。はい」
んん?なぜかちょっと不機嫌?
「俺よりも、母上の方が魅力的、か。少し妬けるな」
「またまた……わ?!」
「そら、行こう」
ふわっと軽やかに私を抱きかかえ、セフィール様は馬を走らせる。
「一つ、君に謝らないといけないことがある」
「私に?」
「ああ。……ラウ=サージェント」
「!」
「奴を追い詰めるところまではできたが……残念ながら、兄上の駒になった」
「オルフェイ様の…駒?」
珍しく、声に悔しさがにじんでる。
「奴はずる賢い。まんまとしてやられた」
「……大丈夫です。それってつまり、あいつがヴァラモ公爵閣下を売った…ということですか?」
「そうなるね。……奴は、猛毒だ」
「嫌な組み合わせ……」
さっきまで美しく昇っていた月は、今はもう雲に隠れてしまっている。
それがとても、不穏に感じてしまった。
読んでいただいてありがとうございます!どうでもいいけど、登場人物の名称は大体元競走馬の名馬からお借りしてます。お馬さん好きです!レガレイラ、カッコいい。




