第115話 最後に笑うのは
その時、一瞬何が起こったのかわからなかった。
ケディがいつもよりもどこか憔悴…というか、元気がなかったから、ずっと気にはなっていた。
そしたら――
「僕、請願権を貰ったら……エイデン侯爵家の継承権を放棄しようと思ってる」
だもの。
これにも驚いたし、ケディなりに一生懸命考えて導き出した結論なんだろうなって。
その想いを尊重したかったし、頑張ってね、と応援するつもりだった。なのに
気付いたら、その顔が間近にあって、そして。
(あれ?なんか当たった)
あれ?
起きた出来事を処理している内に、なぜかケディが顔を真っ赤にしてのけ反って、壁に頭部を強打していた。
「う…ぅわあああーーーっ!!ごごご ごめ ごめん!!!……てっいて?!」
「………え 今」
「あっ う ごめん!!ああ僕、なんてこと……っすみません!!!」
「あ」
そして…ものすごい勢いで走り去ってしまった。
そんな、逃げなくても。なんだか、私の方が化け物みたいじゃない。
「あれ?」
ふっと、唇を触ってみて、急に今起きた出来事が完全に頭の中にインストールされた。
(?!いいいいま、今、何した?!いや、された?!!)
「ロゼネイ=グラント」
「?!ひゃいっ」
「……あれ、ケディック=エイデンは?」
「あ。む、向こうに走り去っていかれました……」
やって来たのは、先ほどの大会審判。
「そうですか…この後、休憩を挟んだのち、最終戦があるんですが」
「え?…最終戦?」
「はい。一時間後、カシオス殿下との、特別試合があるので」
「は?」
特別試合…って。
そう言えば、カシオス様も大会に出るって言ってたけど。どこに出るんだろうと思っていたのに。
「まさか……今?!」
「はい」
「?!!」
(「公共賭博」……まさか、それが狙い?!)
何かするんだろうとは、思っていたけれど。
そう言えば……今日の新聞では、観客は好き勝手に優勝者を予想していたけど、急に今朝になってルールが改正された。だから、きっと賭博自体は今頃大混乱だろう。
そうなると、恐ろしい方程式が完成する。
最初からカシオスが知っていたうえで行動していたとして――
立て続きに起きる、嫌がらせの連続、変動する勝ちと負け……全部が「不正」dと告発する人が現われて、急に主催者もルールも変わった。そして―――優勝者に特別試合と称して、わざわざその立役者である自分が表舞台に立つ。
(もしかして…実質的に「優勝者」そのものをなくすつもり?)
「こ……こわっ」
「表彰式は、特別試合が終わってから、賞品授与となりますので……よろしくお願いします」
「はい……」
(商品は授与されるみたい……だけど)
――ちょっと、ケディと気まずい、かも?
一方その頃。
脱走したケディは、そのまま男性用のトイレの個室に閉じこもっていた。
(何をして……何をしてるんだ!!あああ、つい、勢い余ってあんなっ……)
「驚いてた……よな、これで」
嫌われたら、どうしよう。
そう考えると哀しくなるし、だが同時に柔らかかったな、などと言う不遜な感情が行ったり来たりで起伏が忙しい。
「ぅあぁあああーーーっ!!」
「叫び声が…っどうされました?!」
「な、何でもないです!!!」
最終的には警護兵まで来る羽目になり、ケディはすごすごとその場を後にした。
とぼとぼと歩いていると、外に出てしまった。
試合が終わったというのに、海浜公園に人があまりいない。近くのベンチに腰掛けて何となく空を仰いだ。
(何で…あんなことを、なんて)
気が付いたら、そうなっていた。
生まれてこの方、ここまで色々なことを考えては巡って、答えを確認し続けていた日々はない。侯爵家の事、フォーレの事、大会の事、自分よりも強い人間との戦い。
それから――未来の事。
自分が公爵家を継いだらどうなる?フォーレだったら。
でも、どうしてもそんな自分が想像できなかった。だから、とフォーレの気持ちを考えては言い訳をして、また堂々巡りをして疲れてしまって。
その度に、シャルのことを思い出していた。
会えればうれしいし、会えなくても、力をくれる。
「だって、二人は違う人間じゃない」
幼い頃くれた言葉は、今でも自分の軸の一つになってる。
だからこそ、その全部が一つの線になった時、それがプツン、と切れてしまったのだ。
(あんなの、シャルじゃなきゃしない……)
対岸の方に、男女のペアが仲良く手をつないで歩いているのが見えた。
「僕も…シャルと、ああいう風になりたいのかな………っ~~」
それなら、とあまりにも簡単に想像できてしまう自分に赤面し、思わず帽子で顔を隠してしまう。
(侯爵になる自分は想像できないのに……でも、誰かのためにこの力を使うなら、シャルの為ならいい)
逆に、シャルが自分以外の奴と一緒にああやって歩いている姿は…想像したくない。
だから、答えは決まってる。
(好きだから、だ…)
いつも勇気をくれるあの子の傍にずっと居たい……それが、自分だけであってほしい。
「シャルが、好きだ……」
ぽつりと出た言葉は思った以上にすんなりと飛び出してきた。
「あはは……なんだ、簡単じゃないか」
認めればいいんだ。自分の行動も、その理由も。
「あ!!いた!!いました!!」
「?!」
「何してるんですこんなところで!!」
やって来たのは、先ほどの警備兵たちだ。
「え?あ…」
「急いでください!!まもなく最終戦が始まりますよ!!」
「最終戦?!あ……」
(カシオスのこと、忘れてた……あ)
そうだった。
シャルの隣に立つためには、まずはカシオスを撃退させないといけない。
「よし!!!今すぐ行きます!!」
「え? あ、 はあ……」
***
「……で」
「ええと…なので、今回のゲームからは手を引くべき……」
「つまらん」
ばしゃん、とラウに向かって赤い液体が飛んできた。
舌で舐め、それが極上のワインだと知る。
(……苦い)
「それをどうにかするのがお前の役割だ!ラウ=サージェント!!!」
「……ごもっともですが。ああ、最終試合が始まりましたか」
ここは、コロッセウムの貴賓席。
今日は最終日と言うこともあり、公爵自身もその座に席を設けていた。
「試合の勝敗はおかしくなるわ、会場は最終日に乗っ取られるとはな……!チッ忌々しい」
「第三王子は、どうやら相当頭が切れるようで」
「そんなものは知らん!お前のせいだ!!お前が役に立たないからだ!!!」
「………」
(あんたががさつに手を出すからだろう。大会の運営もでたらめ、ルールもでたらめ。…これじゃ、うまくいくはずがない)
そもそも最初から、無理なことだった。
公共賭博を軌道に乗せたのまでは良かったが、あんな王宮直轄の学院の生徒に手を出そうとするとは。
数年前に起きた不祥事の大暴露事件を忘れたのか。
あの学院において、ヴァラモの実りはとっくに落ちて腐ったワインと化している。
何故それに気が付かない。
―――様々な不満が沸き上がり、ラウは唇をかんだ。
「ラウ様、こちらをお使いください…」
そっと布を渡してきたのは、10歳にも満たない少女だった。
「ありがとな、お嬢さん」
「いいえ」
公爵の好みは、金色の髪に、蒼い瞳の少女。
無駄に豪華な椅子に、覆い隠された天幕の中には、年端もいかぬ子供ばかり。皆こぎれいな服装で、公爵の気に入った服を着せられ、傍に侍らせている。
(ああ、虫唾が走る……どうにか、こいつだけを破滅させる方法はないか)
「ひっく……、前途あるガキどもが落ちていく姿が格別だったのになあ。後始末はお前がやれ」
ひらひらと手で煽る姿に嫌悪を感じるが、それは止まらなかった。
「盾を嚙み砕く黄金の獣……」
「あ?」
「一つ、いい方法があります」
「ほお?」
ラウは、人差し指を立てる。
「ゲームが表ざたにならず、賭博も継続。公爵家の未来も安泰の、全てが収まる、唯一の方法」
「…ふむ」
「閣下はそこでこのまま座っていらしてください。……この大会の後には、解決していることでしょう」
「おお!それは良かった!!やはり頼りになるなあ!!ははは!」
(—―-そう、何もかもが収まる、たった一つの方法がある)
天幕を出ると、もうそこは別の世界だった。
コロッセウムでは、その第三王子が盤面を狂わすために登場し、不正を暴き、腐敗を取り除き…大会そのものを変貌させ、最終的に自分の舞台にしてしまった。
「行くぞ!!カシオス!!」
「随分気合が入ってるけど…隙だらけだ!」
激しいつばぜり合い、技術の応酬。高レベルの戦いは、観戦している者全てを満足させる。
これでカシオスが勝てば、賭金の以上の収益を得る。負けたところで、金よりも得るモノの方が大きいはず。
(優勝者なし、にベットしたのは、このためかい?王子様)
――不正の告発者が、支援家門に脅迫されたと申し出る奴らも多い。
既に賭博場は不正で勝利した連中に賭けて損した貴族たちの責任の押し付け合いが始まっている。
「人生というのは、まるで賭けそのものだぜ。……なら、運をつかむのも俺自身」
そう、この一連の出来事をひとまとめにして、最も最短で解決する方法は一つだけある。
入り口では、暇そうに客待ちをしている馬車の馭者がこちらを見て、愛想のいい笑いを浮かべた。
「あ、旦那。どこに行かれるんです?もう表彰式が始まるんでしょ?」
「いいんだ、それは。それよりも大事な急用ができた。……ヴァラモ公爵家へ」
「はいよ!」
(単純なことさ。乗る船を変えればいいだけの事……)
そして…最終試合の結果は、カシオス=セレストの勝利。
優勝者ナシという異例の事態で、剣術大会は表彰式を迎えることとなった。
読んでいただき、ありがとうございます!ブックマーク等々嬉しいです!精進します!!
思春期の暴走純情少年の内面は大変です!




