第114話 VS自分……ケディックの場合
「勝者!ケディック=エイデン!!!」
わっと歓声が上がる。
「ありがとな!やるじゃん!君」
「あ、ありがとう……天才とうたわれる君と戦えて、光栄だった」
さっと差し出した手をしっかりと握り、ケディックは敗者にも健闘をたたえるのを忘れない。
負けてもその次があるし、学ぶことは敗北こそ多いと思っている。
他者を思いやり、たとえ誰よりも強くとも、傲慢にならない。ある特定を除いて、人との係わりは最小限に。……それが、彼の持つ自身のルール。
(守るなら、自分の大切な人たちだけ、守りたい)
能力があるなら、力があるなら、それを使わずとして何を使えというのか。
守る者が増えればそれだけ、大切な人を守れなくなるかもしれないという強迫観念のような物が、いつもくすぶっている。
「兄さんは、強いから。俺じゃ敵わないよ」
(フォーレは、いつもそう言う。けど、それを言われた僕の気持ちはどうなるんだよ)
昨日の戦いも、そうだ。
フォーレはやるのにやらない。……できるのに、やろうとしない。
手を抜くとかじゃない、根底にある「兄には敵わない」という想いで勝手に自己完結してるだけじゃないか、とケディは思う。
「だって、お前。勝てるじゃん……」
ケディックができることは、ケディックが。
フォーレストができることは、フォーレストが。
それで良い、そう思っているし、今後もそうなるだろう。
ただ、その境界があいまいなだけ。
「なら……その役割をきっちり決めればいいんだ」
昨日、少しだけ父と話した。
「もう体調はいいのか?」
「ああ、はい。……速効性のしびれクスリの類らしいけど、効き目は次の日には残らない、と聞きました。もう大丈夫です」
「そうか……」
「父上?」
何かを言いたげに言葉に詰まる父を見て、ケディックは首を傾げた。
「ケディ。これが終わったら、サマータイムだろう。……家に帰ってくるのか?」
「あ、まあ……その予定ではあります」
「なら……その時、フォーレも一緒に二人に話したいことがある」
「!……わかりました」
(そろそろ、僕とフォーレの未来が決まる)
手に持っている帽子には、まだ少しだけ自分では絶対に使わない香水の香りが残っている。
「あ シャルに……香水を追加してもらえばよかったな」
「時間です、ケディック=エイデン」
「うん」
(やっと、戦える)
扉の向こうには、物凄い歓声とロゼネイ=グラントが待っている。
昨日とは打って変わって、入場にもファンファーレが鳴り響き、エイデン家の旗とヴァラモの旗がパッと上がる。
「やあ、初めまして。ロゼネイ=グラント」
「……こちらこそ」
(思ったより、小さいな)
新聞や絵で見るロゼネイは、もう少し大男を想像していた。
小柄で、着ている衣装は派手だが、どこか線が細いようにも見える。だからこそ、その小柄な体躯を生かした華麗な剣術が繰り出せるのかもしれない。
こっそり、観客席をぐるりと見渡すが、シャルの姿が見えず、少しだけ落胆してしまう。
(シャル、いない……どこかで見てくれてはいると思うけど)
「どこを見てる?」
「あ……ごめん。あの、始まる前に一つ聞きたいんだけど」
「?」
「あなたは、何のために剣を振るう?」
「どうしてそんなことを?」
「あなたは強い。……だから、どうしてなのか気になって」
彼は仮面で目元を隠していて、その表情はうかがえない。
だが、真剣に答えてくれた。
「この試合の勝利目的なら、請願権が欲しい。強さの理由は……そうだな、そこまで自分が強いとは思わないからかもしれない」
「……?どういうこと?」
「自分が強い、と思ったらそこで終わるから」
「!!」
「理由なんてないだろう?強くなるための理由はあるかもしれないけど、強いことに理由はない。まあ…しいて言うなら、その人間の価値観じゃない。負けたくないから、勝つ。だから強くなる」
「……負けたくないから、強くなる」
そして、試合開始の合図がされた。
「そうか……そっか!!そうだよな!!」
「?!……き、急に元気になったな」
ざっという音と一緒に、ケディックの重い一撃が真正面から繰り出された。
ずっしりと徐々に強くなる一撃を、凪いで沈ませ、外側に流した。
「!やるじゃん」
「前試合のゴミ武器なら、折れてた……!じゃあ、次は…!」
ロゼネイはぐっと姿勢を低くして左側に回り込む。
「!」
しかし、ケディックは身体能力を生かし、大柄に反時計回りに回転し、その一撃を絡めとる。
「うわっ」
ヒュン、と下側から上に向けて剣を付きある。
身長さも相まってロゼネイの身体が一瞬浮き上がった。その勢いを利用し、ケディックの腕を足場にして宙返りを決め、しのいだ。
わああッという歓声と、黄色い……を通り越して断末魔の叫び声が湧き上がる。
「ぎゃああ―――!!鳥のようだわ!もしくは風?!」
「ケディック様も負けないでぇええーーー!!」
それは、ルビエルも例外ではなく。
隣にいたイリシユは、ずっと仏頂面のままである。
(…っくそ、クソ面白くない)
しかし、エイデン家の貴賓席でフォーレもまた終始複雑な表情のままだった。
「何か気になることでもあるのかしら」
「……母上」
「せっかくのケディの晴れ舞台でしょう?ダメよ、そんな顔」
「なんか……」
「うん?」
「なんていうか、兄さんが……最近何を考えてるかわからなくて」
すると、母・ゼネシアは小さく笑った。
「あら。フォーレはやっぱりまだ、甘えん坊ね」
「!?……そ。それは、少し不本意ですが」
「だって……お互い違う人間だもの。違うのは当然じゃなくて?」
その言葉は、思いのほかフォーレの心にずぶりと突き刺さった。
「フォーレ。何時も一緒にいるからと言って、心まで一緒であるとは限らない。知りたくないことや、知られたくないことは、誰でも複数持ってるものだもの。その全てを見せる必要はないでしょう?」
「……別に、俺は」
ふと、昨日言われた言葉を思い出す。
「ふふ。……これから、長い夏休みになるんでしょう。今年は、いつもと違う夏になりそうね」
再び、火花が散る。
力の差がある二人の戦いは、ただの力のぶつかり合いでは済まない。
(…やっぱり強い…!真正面からぶつかっても、いちいち力が分散される)
「強いね……やっぱり」
「やっぱり……?!っまた、柄っ…」
柄をめがけてくる一撃はそこまで大きくはないが、それが続くと、手が披露しこちらの不利になる。
連続して繰り出される剣筋は複雑で、まるで生き物のように剣が伸び、読みにくい。
しかも、小柄な分一度に動く量が多く感じるから、きっとあちらの方が消耗しているはずなのに。
その一撃一撃に意味があり、日々続けているであろう鍛錬の具合がわかる。
(すげえ……!こんな奴初めてだ……!)
ぞくぞくと、身体の奥に火が灯る。
負けたくないから、勝ちたいから強くなる、それはとてもシンプルでこれ以上ない理由だ。
「もっと強くなりたい…!」
「!!」
左足で踏み込み、ロゼネイの右側を狙う。
しかし寸でのところでかわされ、身につけていたアイマスクが宙を舞う。
「…かすった…!………え」
「よそ見してる場合じゃないよ?!」
「だって」
力強く踏み込む音が聞こえ、今度はケディックの顔面目掛けて突きの一撃が飛んできた。
剣筋の直線状に互いの顔がしっかりと見える。
……濃い青い瞳。
「だから……柄、それに、同じ個所ばかり狙う剣術……シャル…っ?!」
「言っただろう。……請願権が欲しい。それだけっ!」
「でも……」
「言い訳禁止!!」
「っ……」
実際、報酬である請願権は二つある。
それが目的なら、ここで退いてもそれは変わらないのでは?その思惑が見透かされたのか、ロゼネイは不快そうな表情を見せる。
「しっかりしてよ。まさか私だからって負けるとか言わないよね?……それこそ、私に対する侮辱だよ」
「…そんな」
「ケディはいつもそう。自分は強いから、負けないから。そう思ってるでしょう」
「シャル……」
「だからたまには……しっかり負けてもらう!!」
「—―それは嫌だ!」
再び、激しい剣戟の応酬。
「シャルは…請願権で…っ何を願う?」
「ケディこそ」
「僕は……」
「!」
「絶対にっ 負けないっ!!!」
ガキィン!とひときわ大きな音が飛び、ロゼネイのシルバーのネームプレートがはじかれた。
くるくると弧を描き、太陽の光をキラキラと反射させ……ケディックがそれを受け止めた。
「…はあ、はあ……っ僕の、勝ち」
「さすが……私の負け、だね」
一瞬、静まり返っていた会場が、割れんばかりの歓声に包まれる。
「勝者!ケディック=エイデン!!」
「よっし!!」
ケディックが叫ぶと、拍手が沸き起こった。
そのまま、地面に座り込むロゼネイに手を伸ばす。
「……強かった」
「ケディック、君も」
ぐっと手を握り合う。
そして立ち上がると、どこからか、銀色のアイマスクが飛んできた。
「ロゼネイ」
「!」
どうやら、セフィールがコロッセウムの脇から投げたらしい。
再びマスクを装着し、ロゼネイもまた剣を掲げる。そして、観客と、続けてケディックに一礼をした。
そして、最後に貴賓席に座り、涙を流しているルビエルに向かって手を伸ばす。
「—―-私の功績をあなたに」
「……ロゼネイ様……」
そして再び、ケディックに向き直り、こっそり告げる。
「というわけ」
「なるほど」
(どおりで…観客席にシャルがいないわけだ)
退場の際、誰もいない廊下で足を止める。
「…あのさ、一つだけ、聞いて」
「何?」
ロゼネイの肩に手を置いて、そっとアイマスクを外す。
(いつものシャルだ)
濃い青の瞳を見て、胸に暖かいものがこみ上げ、勇気をもらった。
「僕、請願権を貰ったら……エイデン侯爵家の継承権を放棄しようと思ってる」
「?!」
「……逃げてない。ちゃんと、僕自身が決めた。一人で考えて、出した答え」
「………いいの?」
「うん。もう、決めた。だから―――」
そして、そのままキスをした。
読んでいただき、ありがとうございます!個人的には、好きな子に先に手を出した奴から負けるもんだと思ってます!こいつはどうだろう。




