第112話 そして、決戦へ
ガキン!!
ぱらぱらと紙吹雪が舞う。
そして、剣の先端にシルバーネームのプレートが引っかかった。
「……勝った!」
「ま、負けた……!」
「勝者!!ケディック=エイデン!!」
(あ、そうか、今俺はケディだったんだっけ……)
ただ、ケディらしくといってもどうすればいいんだろう、と考えたもの、無難に剣を高く掲げるだけにとどめた。
同時に、わっと歓声が上がる。
――その様子を、控室でケディ本人は複雑な気持ちで見ていた。
「……悔しいのかい?」
隣に立つセフィールのどこかからかうような言い方に、少しむっとしてしまう。
「変な小細工さえなければ、僕だって余裕だよ」
「それは失礼。体調はどう?」
「もう平気さ」
「……次の相手はロゼネイだろう?手強いよ」
「セフィール先生はどこから連れて来たんですか?あんな凄腕」
凄腕、という言葉に、セフィールはつい笑ってしまった。
「彼にも強い目標がある。……一筋縄ではいかないよ」
「僕だって負けない」
「明日、楽しみにしてるよ。ケディック=エイデン」
「……今日は、ありがとう。セフィール=ヴァラモ」
「君の為じゃないさ」
そうして――怒涛のトーナメント戦は、明日の最終日を残して、終了したのだった。
夜は深まり、全員が明日の準備に勤しんでるとき。
「燃えてる……日記が」
シャルは、今日と言う山を越え、部屋に戻ってから…机の上に置いてある例のイリシユ日記の様子がおかしいことに気が付いた。
日記は赤く染まり、まるで炎のように燃えているよう見えるのだ。
だが、手をかざしても燃えているわけではないのが更に妙だ。
「でも、燃えてない。……赤、あ」
(も、もしかしなくても…炎上してる?)
「やっぱり……あの対戦相手の暴走って、イリシユの」
よほど、ロゼネイにいいところを持って行かれたのがつまらないのか。どういう経緯でそうなってるのか不明だが、あの呟き日記がどこぞ……異次元?で炎上しているらしい。
―――なんともリアルすぎて、逆に怖い。
どちらにせよ、あのイリシユと言う奴は、平気で人を攻撃的に操作することになんのためらいも感じないのだろう。
(一応、気を付けておこう…)
すると、隣の部屋からエイルが顔をのぞかせた。
「お嬢様。ウィッグ、綺麗に整えておきましたよ!」
「あ、ありがと、エイル」
今回、ロゼネイをするにあたり、実は地毛の方を灰色に染めている。しっかりと染まっているグレーの髪を見て、エイルは口をすぼめた。
「お嬢様の美しい黒髪が、傷んでいく……もう、ホント、こういうのはこれきりにしてくださいね?」
「あはは、一日、二日じゃそんなに変わらないよ!」
「うう、でもぉ。……明日の準備はどうですか?」
「万端よ!明日は一回戦目からケディとの戦いだもん、気合入れてかないと!」
「ケガだけはしないでください!今日も、妙な事件があったでしょう?もう、エイルは気が気じゃありません……」
「そうだよね…ごめん」
(思えば、エイルにはいつも心配ばかりかけちゃう。侍女らしいこともさせてあげれてないし)
「ね、これが終わったら、サマータイムじゃない?長いお休み!その時は目いっぱいおしゃれして、またククナと買い物に行こう?今度は、ルビエルとか、カレンとか、ラシーとか誘って、ね!」
「はい!!楽しみにしています!」
「よし!明日に備えて、今日はもう寝よう!」
その頃――ケディは寮の中庭で、素振り練習をしていた。
(次は、ロゼネイ・グラント……あいつは結構すばしっこいし、負けられない)
「ケディ、ほどほどにしなよ?」
「フォーレ……」
「シャツ、汗でびっしょり」
「あ……」
振り向きざまに、白い手拭いが飛んできた。
それを受け取ると、自分が着ていたシャツの色は変わり、汗だくになっていることに気が付いた。
「ほんとだ…気づかなかった」
「もう、体調は万全みたいだね」
「ああ。またフォーレにいいところを持ってかれたくないし」
「……棘のあるいい方」
「そうかな?……できたじゃないか、剣術」
「セフィール先生と、兄さんの助言のおかげだよ」
「………」
どこか嬉しそうに言うフォーレの表情を見て、ケディはちくり、と胸が痛んだ。
「ごめん」
「?」
「今の言い方、ちょっと嫌だったよな。お前の努力、人一倍知ってるの、僕なのに」
「別に……兄さんだって、剣術に関しては毎日毎日、よく飽きないなって思ってるよ」
「……僕は、これ以外、ないから」
ぽつりと出た言葉に、フォーレは気が付いていなかった。
「なんか言った?」
「……いや、別に。今度、フォーレとも本気で戦ってみたいな」
「俺は兄さんに敵わないよ」
「そんなわけないだろ?前も言ったけど、お前には本気でやってもらわないと困るんだよ」
「……何それ」
「だって、僕が本気だから」
「………なんか」
ふと、言葉にしようと思って、のどに詰まった。
(何か、ケディは……やっぱり、いつもと違う気がする)
「兄さんて、請願権を貰って…何をしたいの?」
すると、ぴたりとケディの動きが停まった。
「……秘密」
「!なんだよ、それ」
「あのなあ、フォーレ。何でもかんでも僕がお前の質問に答えると思ったら大間違いだ」
「そんなに、秘密にしたいことなの?」
「そうだよ。僕とお前は双子だけど……一心同体ってわけじゃないんだから。大人になったら、それぞれ別の道を進まなきゃいけなくなるんだ」
「またそう言……」
いつもの冗談だと、軽口だと、思っていたのに。
―――ケディの表情は真剣だった。
「………」
「わかるだろ?」
「それは」
「……そろそろ、休むよ。今日は、ありがとな、フォーレ」
困ったような、どこか哀しい表情に、フォーレは何も言えなかった。
ただ、何かが変わっているのを…その時が近いことを、ひしひしと感じてしまった。
**
「ふう、やれやれ」
「お疲れ様です、カシオス様」
「レイドックも。……全員、見つけた?」
「はい。鷹を使って、学生のゲームの駒たちは見つけることができました。これが、リストです」
「さすが、仕事が早い」
差し出されたリストには、およそ100人規模の名前が連なっており、その数の多さに驚いた。
「これは…何処まで?」
「一応、キャンディ・ゲームに関わった者達全てです。……赤い印が付いているのはゲームのコア・メンバー、つまりは、ゲームを仕切っている者達です」
「要は幹部クラスということか。一度参加した者も、リストに入ってる?」
「そうなりましょう。……面白いことに、皆「だれだれに誘われた」「自分から入ったわけじゃない」そう、口々に言います。だから、枝葉は伸びても実りがない。……細くて狩りやすく、その基盤のもろさがうかがえます」
更に、ページをめくり、カシオスは顔をしかめた。
(なるほど、セフィール講師の言う通り…皆、参加者や幹部クラスに伯爵位以上の人間がいない)
この学院には見えない階級が存在する。
多くの数を締める子爵・男爵位の親を持つ生徒たちの中には金銭的危機を抱えていたり、学費の継続費難に陥っているものも多い。
その彼らが目に見えないものに持ち金を賭け、一獲千金を狙う。
「なんとも、粗悪で雑な夢に酔う……哀れだな」
「そして…その全体をプレゼンターしているのは……この男」
たん、レイドックはカシオスの机に「ラウ=サージェント」の資料の束が差し出された。
「……これは?」
「この男が、我がルドヴィガにコックの見習いとして入り込んだ頃からの経歴、動向を調べ上げました。……「鷹」の成果です」
「なるほど」
「そして、セフィール公子様から言伝を預かっております」
「言伝?」
レイドックは、わざと腰を低くし、声を潜めた。
「ラウ=サージェントは、ヴァラモ公爵閣下が育てあげた猛毒……だ、そうです」
「……猛毒、ね」
「それと……黄金の獅子が、ラウに接触したようで。今後に注意するように、とのこと」
「随分と、嫌な組み合わせだ」
(オルフェイ=ヴァラモ……老いた獅子すら獲物にする、鋭い牙を持つ猛獣)
「貴族たちの賭けの饗宴は…どうなさるおつもりで?」
「う―ん」
トントン、と指で机をたたき、カシオスは頬杖を突いた。
「そうだな、明日……例のサロンで、まとまった金額をリヴィアーヴルの名前で賭けようか」
「……また、お戯れを」
「大丈夫。目的は市場荒らし、だからね。今回協力してくれたセフィールにも同じことを伝えておいてくれる?……損はさせないよ、とね」
「それで、誰の勝利に賭けるのですか?」
レイドックの問いに、カシオスはにっと笑った。
「優勝者ナシ。……勝利者不在で、この大会は幕を閉じる!に、全額ベット」
「………かしこまりました。全くもって、いい性格をお持ちですね」
「そう育てたのは、君の功績だ、レイドック=ルドヴィガ。褒めて遣わそう」
「恐縮です……全く」
やれやれ、とため息をつきながら、レイドックは退出していった。
「さて……明日は誰が勝つだろうね」
―――そして、大会最終日の火ぶたが切って落とされた。
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