第111話 VS自分……フォーレの場合
「すうー…はぁ……」
何度か深呼吸をしても、一向に落ち着かない。
(昔、読んだ本には息を長く吐き続けると落ち着く、と書いてあったけど)
だが、それも効果はなく、フォーレは天を仰いだ。
今まで幾度となく、こういうプレッシャーの場前に立ち会ったはずなのに、いつも以上に緊張をしており、息が苦しいくらいだった。
挑戦者が通る大門を開いたとたん、わっと歓声が沸き起こる。
同時に、身体の底からぞわっと鳥肌が立つようだ。
「では、ケディック=エイデン、武器をお選びください」
「……」
何種類か入った箱の中から、無難なロングソードを取り出した。
(剣を持つ手が…震える)
ぎゅっと握りしめ、帽子を深くかぶり直した。
「もう、決めたんだ」
その様子を、観客席で見ていたイルモンド=エイデン侯爵は、危うく持っていたグラスを落としそうになった。
そして、むせた。
「な……なぜ、フォーレが……??」
「あなた」
「!ロゼネイ、それに……リッハシャル?」
「お久しぶりです、侯爵様」
一瞬、何かを考えた後、ため息をついた。
「あー…リッハシャル、今、コロッセウムにいるのは」
「ええと、多分、ケディではなく、フォーレじゃないかと思います……」
その言葉に、ゼネシアも大きく頷いた。
結果、イルモンドは頭を抱えた。
「なぜ……け、ケディに何か?」
「わ、私も全然……」
事情を断片的に知っているが、シャルは言葉を濁した。
関係者とはいえ、さすがに全部を説明できるほど、事態を把握していない。
予想として、あの後ケディが目覚めなかった…もしくは、何か事情でまだ体が動かないのか、どちらかと思う。
(犯人は多分捕まってる、で、その犯人がケディの第二試合に関係のある人物で…だから、不戦勝になったんだよね)
もし、ケディが目覚めていて、なのにフォーレがケディのふりをして出場することになっているということは、まだ本調子ではないのかもしれない。
それでも、恐らくケディック=エイデンはこの試合を棄権したくはなかったのだと思う。
「うーん…でも、この大会で勝って、欲しいものがあるって言っていたから……負けたくなかったんだと、思います」
「……欲しい物、か」
「それが何かは…私は、わかりませんけど。絶対に負けたくないって言ってました」
「そうか……ケディ」
すると、パン!とゼネシアが突然手をたたいた。
「さ!シャルも座って。……一緒に見届けましょう?」
「ゼネシア様……」
「どうしても剣術に関しては、ケディが注目されがちだけど……実は、毎日の稽古で、その稽古相手をしているのは、フォーレなのよ」
「そうなんですか?!…あ、でも」
(そっか、フォーレはいつもちゃんとケディのことを見てるだな、と思ったけど…)
「戦い方の癖、剣術の使い方や動作、足の運び方……フォーレは、よくわかっているだろうな」
「そうね、あの子たちは、二人で一人で…でも、それぞれ違う個性を持っているもの。誰よりも、互いのことを理解しているでしょうね」
「そうなんだ…」
(じゃあ、心配することもないのかも?)
などと、シャルが安易に思ったのもつかの間。続いてゼネシアは大きくため息をつく。
「ただ問題があるとすれば」
「問題?」
「……フォーレって、運動神経が壊滅的によくないのよね……」
「え」
「試合が開始した。…まあ、負けることはないだろうが」
「え?」
「あのね、シャルちゃん、フォーにーさまって、何もないところでよく転んじゃうの」
「え?え?」
シャルは、思わず、エイデン一家の顔を一人ずつ見てしまった。
そして、最後にフォーレを見た。
「頭でっかち…というか、頭の行動と身体の行動が別にあるっていうのかしらねえ……」
「私の祖父もよく似ている。身体能力が高すぎて暴走しがちというか……脳内イメージと違った動きを身体がするというか」
「そ、そんな特性がっ?」
ふと、シャルの頭に現代風でぴったりの言葉が思い浮かぶ。
(ア、アクセルとブレーキが混乱してるってこと?!)
「ふふ、遺伝かしら」
「……遺伝だな」
「フ、フォーレ……頑張って…!!」
そんな家族の心配をよそに、フォーレは緊張を通り越して、自分をぐるりと囲んでみる観客の声援に圧倒されていた。
(す、すごい歓声……)
「初めまして!!ケディック=エイデン公子殿!!!」
「!」
はっと我に返り、目の前の対戦相手を見る。
「自分の名前はァ!!ビリングゥ=ウッド!!と申しますっ!!!」
「え?あ う、うん…?」
ざっと土を踏み込み、剣を構える。
「自分!去年からファンでした!!!」
「ふぁん?!」
「なので、こうして戦えて…感無量です!!!」
「?!」
ガキン!!と激しい音を立て、剣がぶつかる。
(!…重い、けど)
そこまで重くはない。
ぐっと踏み込み、その一撃を思いきりはじいた。
「さすがです!!!」
「……」
よろけると同時に、左足で踏み込み、次の一撃を繰り出す。
それをかわし、フォーレは後方に思い切り跳んだ。
ふと、直前までのケディのアドバイスを思い出す。
「フォーレはさ、身体を動かすとき、なんていうか……腹八分目でいけばいいと思うんだよな」
その言葉の意味が分からず、フォーレは首をかしげる。
「別に…おなかはすいていない」
「いや、そうじゃなくて…こう、全力を出さない方がいいというか、力が入りすぎるというか」
「……力…って、だって、全力でやらないとだめだよね?」
「その、全力が余計と言うか……うーん」
すると、見かねたセフィールがケディの言葉をかみ砕いた。
「……ダンスの講師をしていると、たまに身体の加減が効かず、全体のバランスがずれる者がいることがある」
「!!そう!加減だ!」
「例えば一歩足を出す。も、フォーレストの場合は全神経をその一歩に向けすぎて、身体が傾いてしまう……つまり、諸動作一つ一つが、緊張もしているせいで余計固くなりがちなんだ。生まれるはずの柔軟性を殺してしまっている」
「そうそう!!行くぞ!一歩!!みたいな感じで、突っこんでくるんだよな……なんていうか、イノシシみたいな」
いのしし。
その言葉を聞いて絶句する。が、自分の行動を顧みた時、思い当たる部分がないわけではなかった。
(……た、たしかに。踏み込むのが俺が先だけど、いつもケディに交わされて、一撃で負けることもある…!!)
「ぐ…っつ、続けて、くだ さい……」
「だからさ、ええと、こう、ガッ!じゃなくて、フッ。と動かすっていうか。初動を抑えて、あとで本気出す感じ!!」
(ガッ?フッ?……初動を抑える、は。言葉としてはわかるけど……???)
「……要約すると、大げさに動きすぎるから、その動きの先が相手に読まれてしまう。結果、身体全体を使うはずのエネルギーがある一点に集中しすぎて、指先、手元、足首、腰全部に分散してないということだね」
「あ、なるほど」
「そうそうそう!…すごいな、セフィール先生!」
「……フォーレスト、君が以前デビュタントの時、リッハシャルと踊っていたことがあったね」
突然、シャルの名前が出たことで、ケディとフォーレが同時に固まった。
(……シャルと仲いいよな)
(まあ、講師と生徒だし)
「あれは確か3拍子のステップだった。あの時は、身体の動きは均等だったし、体の軸が安定していた」
「え、あ……はい。まあ……ワルツは動きが3拍子で決まっていますし」
「つまり、動きに脳内マニュアルがあればちゃんと思い通りに動かせるということになると思う」
その言葉に、思わずケディが笑いをこらえた。
「…くくっ…頭でっかち」
「うるさいな!運動馬鹿!!—―-でも、そうか、三拍子」
「あのワルツは左、右、両足の順番を繰り返すのが基本動作……それを、剣術の動きにはめてみるのはどうだろう」
ガキン!
再びぶつけられた一撃にはっとなる。
「避けてばかりじゃ困ります…!!舐めてるんですかっ!ぼくのこと!」
「……舐めてるというか」
(ええと、左に踏み込む)
「!」
(次に右側に向けて身体を動かす)
「ちょ、ちょこまかと逃げるのは…」
(最後に、両足を使って体を前に出す…そして)
「ここで、全力…!」
「うわああ!!」
次の瞬間、ビリングの身体は弾き飛ばされた。
「!できた…」
思わず、会心の一撃に観客が沸き起こる。
そして、それはエイデン侯爵家の席でも。
「まあ!!」
「キャーー!ふぉーにぃカッコいい!」
楽し気にはしゃぐ妻と子を見つつも、侯爵は思わず手で顔を抑えた。
「……不器用」
(きっと、セフィール様のアドバイスね、あれ……)
「リッハシャル……」
「は、はい?」
たまたま、侯爵の左隣と言う光栄な席に座ってしまったシャルは、思わず背筋を伸ばした。
「………君は、うちの息子達と子供のころから仲がいいね?」
「はい……お父様と侯爵様は既知の仲でいらっしゃいますから、ケディック様もフォーレスト様とも親交をさせていただいておりますけれど……?」
「ケディが欲しいものは、なんだと思う?」
「私には、わかりません。でも……フォーレを代役にしても、先に進みたかったんでしょう」
「先……か」
すると、侯爵は複雑な表情を見せる。
「君の父上は既にしているように、私もまた、次の後継教育を本格的に始めなければならない時が迫ってきている」
「………はい」
「どちらも、優秀でよくできた息子達だ。贅沢な悩みと思うだろうが、私はどちらかを選ばなくてはならないんだ……」
「………侯爵様」
「そう、ケディックが、フォーレストか……どちらかを」
その時、わっと再び歓声が沸き起こった。
フォーレがあの、謎のステップで対戦相手の剣を凪ぎ落したのだ。
「そろそろ、決着がつきそうです」
そして…再び、フォーレは左足で踏み込んだ。




