第110話 動き出す事態
(バレていない筈だ)
ドクンドクン、と鼓動が早い。
気付かれていない筈、だって、みんなそれを望んでいる。
「リッセン=クラウム君、我々はとても期待している」
「自分を…ですか」
「ああ!君は天才と称された逸材だろう?!…もしかしたら、あのエイデン公子を倒せるんじゃないかって…ね?」
(ケディック=エイデン……剣術の天才と言われて久しい。でも、俺だって)
「が、頑張ります!」
「ただ……一つ心配なこともある」
「?」
「君が、負けた時のことだ」
「!」
「君を応援している家門も多い。……君が彼を倒したら、王国騎士団の配属も夢じゃない。でも」
(負けたら?)
「あの……」
「我々は大損だ!…この意味、分かるよね」
「え?」
「君が勝つためにはあらゆるバックアップを行うことを約束しよう!だから、安心して言う通りに動き給え」
(次の試合に勝てれば……俺は)
「やあ」
「!!!」
「少し話を聞きたい」
誰もいない筈の控室にいたのは―――きらびやかな衣装をまとった王子殿下と、赤い髪の公子だったのだ。
(終わった……)
「もう少し…だったのに」
「もう少し、ねえ」
ぼそりと呟いた言葉は、冷たい嘲笑で流された。
「それで勝てると思う時点で。君は負けてる」
「…っ!俺だって…!!誰にも負けなかったんだ」
レイルは、静かに首を左右に振る。
そして、うつむいてるリッセンを見た。
「リッセン=クラウム……」
「実際、エイデンの様子がおかしかったから……ステージの、オッズは跳ね上がりました…!だから、このままバレなかったら、俺だって…ほ、報酬も貰って、負けるはずがなかったんだ!!!」
絞り出すような声は、部屋全体に響いた。
「何を勘違いしている?」
「?!」
ぐい、と胸倉をつかまれ、リッセンはレイルに持ち上げられた。
「ひっ」
「レイル。……命に関わるけがをさせるなよ」
「わかっています。命に関わらない程度ならよい、ということですね」
ガン!と激しい音と共に、リッセンはそのまま壁に打ち付け、そして…一発、殴った。
「う……」
「何が報酬だ…何が、賭けだ。誰かの努力を金に換え、矜持を守ろうとする愚か者に、勝利の賞賛と喝采が与えられると本気で思っているのか?!」
続けて、腹に一発。
その様子を間近で見た学生たちは身を寄せ合って怯えた。
「お、おれは…うぅ」
「俺が宣告してやる。……お前は敗北者だ、リッセン=クラウム。それを、認めることだ」
「づ、ずみまぜ……」
「レイル、そのまま例の薬の出どころを聞いてくれるか?」
カツン、とカシオスが近づくと、リッセンは腰を抜かしたように後ずさる。
「い、いやだ、マスターに殺され…」
「なら、今ここでけりをつけるとしよう」
白刃のような瞳で見下ろされ、僅かに残っていた心は完全に打ち砕かれた。
「ひぃ…っ」
「どちらがましだろうな?僕はお前の主よりはるかに力もあるし、権力もある。とっととはいた方が…将来性はあると思うけど」
「い、い、言います!!じってるごと、全部話じまずがらぁ…っ!!!」
***
「どうやら、運営事務所に、第三王子の介入があったようです」
「……ふむ、第三王子とは、誰だっけ」
「カシオス=セレスト殿下です」
その日、コロッセウムから少し離れたサロンでは、貴族たちの集まりが開かれていた。
それが「ステージ」—―-剣術大会の勝敗を競う、いわゆる賭博場だった。
「あら、まあ!さすがね。薔薇の騎士にかけて正解だったわあ」
「うーん……体格差で行けると思ったんだが、損したなあ」
「ははっ。その負けは次の勝利で取り戻せますよ」
ラウ=サージェントはにこやかに彼らに調子を合わせ、ワインを嗜む。
「そういや、いたなあ。後から出てきた先王の遺児……だったか」
「はい…それで、その」
「ん?まだ言いにくいことでも?」
「その事務所の捜索の指揮を執っているのが……レイドック=ルドヴィガらしいです」
くるくるとまわすグラスの手がぴたりと止まった。
「へえ……久しぶりじゃないの。伯爵さま―――まさか、その第三王子の側近て」
「そのルドヴィガ伯爵です」
「……ふむ」
過去、ルドヴィガ直属の「鷹」は執拗にラウを追っていた。
何度か刺客を屠り、その度に追跡をかわし続けた。それでも何度も見つかっては追跡をかわし、今に至る。
(運命とは、奇特なもんだねぇ。しかし、第三王子様—―-)
「……あの二番目のイリシユより、遥かに賢いようだな。ちと、厄介かもしれん」
「申し訳ありません、情報があまりにも少なくて…実際、コロッセウムでも選手の一人が暴走するみたいなこともあったようですし」
「ああ、らしいな……ま、勝利は例の仮面の騎士らしいじゃないの」
(何かが……起きている?オレの想定外なことが)
こういう時、賭けを継続するのはあまり良くないのをラウは知っている。
勝ちが見えている時こそ、慎重に、かつ引き際を心得ているつもりだった。
「今すぐ、キャンディゲームに関わってるガキどもと連絡を取れ。それと、念のため今回の大会の支援者たちの名簿と帳簿は隠しておくように」
「は!」
「あとは…そうだな。このサロン、今日は早めに閉める。全員に伝えておけ」
「わかりました」
「閣下のところに今からオレが―――」
ざわ、と突如周囲がどよめく。
「!」
「何か面白そうなことをしていると聞いていたが」
「オ……オルフェイ公子様」
「ふむ、時間を持て余す暇人がぞろぞろと」
じろりと周囲を見渡すと、にやりと笑った。
「まるで、朽ちた肉にたかる虫のようだ」
「いらっしゃいませ、当サロンへようこそおいで下さいました。今、極上の赤ワインを――」
「いらん。俺が好きなのは白……失せろ」
(やれやれ……この御仁は苦手だ)
「オルフェイ公子様……何かお望みの品でもございますか?当店では、剣術大会の勝敗をチップで競うゲームを……」
「新聞に載っているのを見た。よく稼いでいるようだ……人の欲望というのは、底が知れぬからな」
「おっしゃる通り…我々は彼らを願いをかなえる舞台を作っているのです。支援に、戦う舞台……くすぶっている彼らに光を与えるのが、今大会我々が提示した、希望なのです」
「ハッ 絶望の間違いだろう?」
「…そう、切り捨てるには尚早かと」
「ふん」
そして、オルフェイはじっとラウを見た。
「……悪くない」
「それはようございました」
「俺を見ても怯えるどころか、絶対に負けぬ、という自信があるらしい」
「とんでもございません」
「……名は?」
「ラウ=サージェント、と申します」
「ああ……お前が例の「会計士」、か」
「……」
そしてそのままくるりと踵を返した。
「また来る」
オルフェイが去った後、周りの空気が一気に緩んだ。
「おっかねえ御仁」
「なんていうか…迫力がすごいですよね」
「牙を見せていない獅子に触れるべからずってな。……とっとと、さっきオレが言ったことをしろ」
「はい!」
「今日は厄日だぜ……さて、閣下のご機嫌いかがかな、と」
***
「え?不戦勝……?」
「ああ」
戻ってきたセフィールから聞いた話に、フォーレは安堵した。
しかし、ケディは変わらず複雑な表情のままだった。
「あれ、じゃあ……次の試合は」
「勿論次の試合は行われる。……あと一時間後」
「!!」
どき、とフォーレは自分の心臓が跳ね上がったかと思った。
「フォーレ…やっぱり、僕が」
「いや……それは、だめだ」
「一応、君が使われた薬は、速効性だけど全て抜けきるには半日ほどかかる」
「でも!……棄権は絶対に」
「ケディック=エイデン」
「!」
どこか必死な様子に、セフィールはため息をついた。
「元々不正上等の、全く不平等で条理が成立しない大会だ」
「……はい」
「なら、別にいいじゃないか?」
「え?」
「君たち、入れ替わるつもりだったのだろう」
その言葉に動揺を隠せなかったのは、フォーレのほうだった。
「あ。…えっと」
「フォーレ、正直すぎ」
「う」
(まあ……シャルもシャルで、性別を偽っているわけだし)
セフィールは、帽子をフォーレに渡した。
「え……」
「君が替わりに出るんだろう?」
「………は、はい」
「フォーレ」
「!な、何 兄さん」
「ここまで来たら、もう任せる。……頼むよ」
どきどきと、鼓動が煩い。
(初めて、じゃないかな、頼む――だなんて)
「でも少し心配だ……ちょっと、剣構えてみて」
「え」
「手は出せないけど、口は出せるから……アドバイスできるところがあればする!」
「に、にいさ」
「時間がない!セフィール先生もいるから!」
「ケディック、君は意外と人使いが荒いな」
言いながら、ジャケット留め金を外した。
「ほら、まず剣構えて」
「は、はい」
「それじゃ隙だらけ。腰が据わってない!ひとまず肩の力を抜いて―――」
「その前に、この姿勢を直すとしようか」
「え?え?」
そして……30分の間で、高度でかつスパルタな強化訓練を受けたのである。
その頃、シャルはロゼネイの衣裳を隠し、元の令嬢の姿でコロッセウムに舞い戻った。
(ケディ、大丈夫かな?)
ロゼネイでは応援もできないし、ということで、やって来た貴賓席に父の姿はなかった。
「あれ?お父様もいない……」
「あ!シャルちゃん!」
「あら、リバティアそれに……ゼネシア様!こんにちは。」
「ごきげんよう、リッハシャル。あら、今は一人?てっきりフォーレと一緒なのかと思っていたわ」
「アハハ……ご家族でいらしていたんですか?」
「ええ。息子の晴れ舞台でもあるもの。今日は一段とやる気だったようだけど……大丈夫かしら」
(やっぱり……いつもとは違うんだ、ケディ)
「さっきの試合も、不戦勝になったと聞いたわ。それは喜ばしいけれど」
「不戦勝?!……そうなんですね」
てことは、セフィール様は、例の犯人を見つけたのかしら。そう思っていると、わっと歓声が上がる。
――今日の最終試合だ。
「あ、試合始まりま」
「え?……まさか」
コロッセウムにいたのは…ケディではなく、フォーレストのほうだった。




