第107話 共同捜査?
その時、私は、だいぶ油断をしていた。
「ふ―……あとは二つ勝てば準決勝」
(その後は、順調に勝っていればケディと当たるのもそう遠くない筈)
気を引き締めないと、気を新たにした瞬間……やって来たのが。
「な、何してるの……シャル」
「え、ええと。……ちょっと、セフィール様、どういうことですか?」
「緊急事態なんだ。こっちの彼」
セフィールはそう言うと、肩に担いでいたケディックを長椅子に寝かせた。
「ケディ?!…顔が真っ青。どうしたの?」
「極度の緊張感で耐え抜いたんだろう。今は気を失っている」
「極度の緊張感って……フォーレ?」
「俺もよくわからない…ただ、観客席で見てたら、どうもケディの様子がおかしくて。体幹が歪んでたというか、ブレてたというか」
「そう……それで?」
「試合に勝利して、そのまま、バタン」
「具合悪いなら……医務室に行った方が」
けれど、フォーレは静かに首を左右に振った。
「……ケディが、それは嫌だって」
「………ケディ」
(緊急事態じゃないの?でも……)
もし、このまま医務室に行ったら、ケディはこの大会を辞退まで追い込まれかねない。
それくらい、ケディック=エイデンは……この大会の本命の一人だから。
「フォーレスト。待機の控室の様子は?」
「あ…すみません、そこまで確認はしていませんでしたけど。誰もいなかったと思います」
「ちょっと見てくる」
「セフィール様?」
「昨日、とある高貴な方から一つ情報を貰ってね……彼の体調不良は偶然ではないかもしれない」
「!…お願いします」
そう言って、セフィールは去っていった。
「あの……シャルは、なんで」
「あー……うーん」
(もう、誤魔化せないか……)
「実は、ロゼネイ=グラントの正体は私でした☆」
「って、なんでそんな……はあ」
思わずフォーレは手近な椅子に座り込んでしまった。
「もしかして、狙いは請願権?…何かあるの?」
「うーん。ちょっと、どうにかして助けたい国家権力級のトラブルを抱えている人がいて」
「またなんだか、壮大な話だね……」
「髪の色もグレーだし、帽子も目深にかぶって……結構わからないものでしょ?」
(灰色の髪、それに仮面。そして、目深な帽子と、新聞などで派手に報道されている騎士だよな…)
「正体を知ったら、ファンは泣くよ、絶対」
「夢は夢のままってね。思ったほど、驚かないのね?」
「うちの兄も昔女装してたくらいだし。そう言うのもあってもおかしくないと思ってる」
「さすが……それより、ケディ、大丈夫かな?昏々と眠ってるけど……」
フォーレは少し考えたのち、答えてくれた。
「……今朝は全然。試合前に、父上に顔を出しに来たけど、別段調子は悪そうではなかったし、むしろ朝早くから起きて鍛錬してたくらいだし」
「結構、しっかり把握してるよね、ケディの事」
「そりゃ、兄さんは集中しすぎると飲まず食わずも平気でしでかすから、ちゃんと見てないと」
「へえ……」
(フォーレって無意識だろうけど。時々、名前じゃなくて【兄さん】って呼ぶことあるんだよね)
すると、にやにやしすぎてしまったのか、フォーレに不審がられてしまった。
「な、何?」
「ううん。仲いいなって……ねえそれなら、急に体調悪くなったってことだよね」
「うん……多分」
でも、恐らくそれの原因は…想像できる。
「最近、新聞見た?」
「え?……ああ、最近特に報道が派手かな、と思う。特に、薔薇の騎士のくだりとか?」
「アハハ……でも、それだけじゃなくて、よく目にしない?「賭け」の文字」
「いつものこ」
と、言いかけ、黙り込む。
今日の一面も、「大穴・薔薇の騎士」や「本命は天才・エイデン」とか、そんなのばかり。
「……確かに」
「最近変よ。この大会自体、おかしなことだらけだもの」
「そうなの?」
「うん。最初は貴族の推薦状がって話だったのに。今じゃ、誰がどの子を支援しているのかとか、この家門は格が上だからどうとか……そんなのばかり」
「それは…長く続くとありがちじゃないかな?」
「だからこそ、—―-確証はないけど、ケディはだれかにはめられたのかも」
「え?!」
「私もね…ブロック決勝の時、そう言うことがあったから」
ちなみに、あの兄弟は、セフィール様が内々に処理してくれた。
弟は退学処分、兄を支援し脅迫していた子爵家は次の日家に王国警備隊の査察が入ったと教えてくれた。そのまま…兄は、解雇。その後は訓練させてヴァラモ家の私兵になる予定だという。
「シャルは…大丈夫だったの?」
「私は平気。だって、ガタガタ震えながら差し入れですって渡されるんだもの。怖すぎでしょ。でも……言えばよかったな。控室にある飲食物には触らない方がいいよって」
「でも、そしたら、シャルの思惑がバレてしまうんだろ?……兄さんは、危機感が足りないんだよ」
(危機感ねえ……なんだかんだで心配な癖に)
「ケディ、大丈夫かな」
今はよく眠っている。
顔色も落ち着いてきたようで、先ほどよりも安定しているように見えた。
「……次の、兄さんの試合は?」
「うーん……とりあえず二時間くらいは大丈夫だと思う。私の出番の方が早いかな」
「そう。なら、もう少し寝かせておいていいかな」
「うん。ここなら誰も来ないし、多分安全だと思う」
「……ふうん」
(随分セフィール講師と、仲がいいんだ)
喉元まで出かかって、フォーレは口を閉ざした。
「いや。……早く、目が覚めるといいな。ケディ」
「うん」
同じ頃。
大会運営本部・事務所にて
「なんかさー…今年の剣術大会、あまり腕の立つ奴がいないっていうか」
「わかる。中途半端な坊ちゃんが多いよな……昔はもっとこう」
「失礼」
「!!!」
突如入ってきた見慣れない制服の一団に、全員身構えた。
「鍵を」
「はっ」
「な、なにを」
「何分、急な事だが。第三王子の権限でこちらはカシオス様の管理下に置かせてもらう」
「だ、第3皇子って…」
「‥‥やあ」
更に現れた存在に全員腰を抜かすほど驚いた。
「げッ?!本物……」
「カシオス様の御前だ。皆、頭を下げろ」
「ああ、別にいいよ。それより、大至急確認したいことがあるこの大会の運営計画書でもあれば全て提出してほしいんだけど」
「わ、わかりました!!!」
わさわさと書類をかき集めるのを確認して、くるりと踵を返した。
「じゃあ、レイドック、後は頼んだよ」
「わかりました。…殿下は?」
「友人に悪さをした連中を捕まえてくる」
(友人……なるほど)
「いってらっしゃいませ」
「ああ」
選手の控室前には、誰もいない。
セフィールは警戒をしつつそっと扉を開いた。
(ここが、控室?門番も無し、誰でも入り放題なんて、随分と警備が―――)
「随分と手薄だね」
「!」
やって来たのは、カシオスだった。
「……ケディックは?」
「カシオス殿下。ケディック=エイデンなら、支援者の…俺の待機室で眠っています」」
「そう……無事のようで安心したよ」
「その内目が覚める事でしょう。それより、カシオス様自ら調査を?」
「セフィール。多分、……あなたと考えてることは同じだと思うよ。今、大会本部の方に僕の側近に調べてもらってる」
「側近…とは」
すると、カシオスは意味深げに一度セフィールを見て、二っと笑った。
「レイドック=ルドヴィガ伯爵」
「………なるほど」
「誰かさんが有力な情報をもたらしてくれたおかげで、先手を打てそうだし」
「……奇特な人物もいたものですね」
苦笑しつつ、セフィールは窓辺に置いてあった水の入った瓶を持ち上げた。
(量が減ってる……と、言うことは、ケディックはこれを飲んだのか?)
「飲料水……にしては、随分と不親切だ」
「……コップが一つも置いていませんね」
「普通、誰でも飲めるように置くなら、カップが2・3個あってもいいと思うけど」
「確かに。……特定の誰かを狙っているなら別ですが」
「レイル」
すると、さりげなく扉の前に控えていたレイルは小首をかしげた。
「はい」
「例えば…ここに、コップが一つだけ置いてあるとする。君は非常に喉が渇いている……さて、どうする?」
「……つい、手が伸びてしまいそうになりますね」
「じゃあ、飲んでみる?」
「え?!」
「冗談だよ。君たち騎士は、正義とか忠義とか愛に縛られがちだから……ケディックも同じことをするのは予想できるね」
別に愛などは重んじてはいないが…と思いつつ、完全に否定はできなかった。
(ケディック=エイデンとは、話が合いそうだ)
「騎士の本分は人を守ること、…言うなら、性善説を信じる者が多いですから」
「難儀だね。……注目すべきは、瓶の底かな」
瓶を揺らすと、たぷん、と音が鳴る。それを太陽に透かして見ると……底の方に白い泥のような物が見えた。
「パッと見ただけでは気が付かないかもしれませんが……どう見ても、何かをいれた後、ですね」
「セフィール…君ならどうする?」
「どうする、とは」
「どうしても嫌がらせをしたい相手がいて……この瓶が見事効果があると知った。次にとる行動は?」
「これを成功体験として、次の標的を狙う、でしょうか」
「でも、瓶はそのままだ。なのに、片付けようとしていない」
「………考えられる理由を絞り込めそうですね」
「控室は東と西と両方にそれぞれ二つ。使う人間は決まっているの?」
すると、レイルは持ってきた書類の一部をパラパラとめくる。
「決まっているようです。……次にこちらを使うのは、あ。ケディック=エイデンの、次の対戦者です」
「なら。ケディックが試合を棄権したら、彼の勝利になるわけだ」
「だとすれば……この瓶を始末しない理由は濃厚ですね」
「……と、言いますと?」
一瞬考えるも、答えが浮かばなかったレイルは恐る恐る尋ねた。そして―――
「だって、最初から自分が使うことが決まってるなら……瓶を片付ける必要なんて、ないだろう?」
「その瓶を置いたのは…恐らく」
「え?」
2人の声がそろった。
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