第106話 事件は現場で
「さて、……これで終わり」
「ぐっ……」
わっと割れんばかりの歓声が上がる。
その声援にこたえるように、私は剣を天高く掲げた。
「勝者!ロゼネイ・グラント!!」
今日は大会最本戦トーナメントの日。
順調に勝ち続けているので、あと二回勝てば明日の決勝トーナメントに出場することができる。危うい場面もなく、実は私って結構強かったのかもと実感しているんだけど。
(問題は……やっぱり、ケディなんだよね)
御前試合の後、少し話した。
「ケディは、前、優勝にはこだわらない…みたいなこと言ってたよね。今回も?」
探りというわけでもないけれど……純粋に今回は手ごたえとしてどうなんだろうと思って聞いてみた。
しかし、帰ってきた言葉は予想外のものだった。
「うーん。…あの時と少しは違うかな。次は絶対に負けない」
「そ、そうなの?」
「だって、悔しいからさ。さっき、カシオスと戦って、引き分けってなったけど、……ほんとは僕の負け」
「負け…?」
「戦っていた僕しかわからないと思うけど、カシオスは僕の剣の腹…剣の構造で一番弱いところだけを常に狙っていた」
私が見た時にはすでに切っ先は宙に舞っており、その時の状況はわからない。
でも確かに、偶然剣が折れてしまった、なんてあり得ない。
「ま、まさか」
「その後だって……もしかしたら、カシオスは狙っていたかも」
「嘘…全部計画済みって……こと?!!」
「シャルも分かると思うけど、剣は縦と横から両方に打ち込まれると弱い。カシオスの技術はまさにそれで……なんというか、剣を折らせるための術、【折り太刀】に近いんだ」
「お…折太刀って、あッ!!」
「え、な なに?」
「お父様だ……!!」
「え?!おじさん??…あっそうか、【鷹】の技術……?!」
「実を言うと、私も昔教わったことがある。鷹の伝統技術だからって」
ルドヴィガ家の騎士団【鷹】は、基本的に暗躍的能力が要求される。
投器の使用、遠隔攻撃、変装、人ごみに紛れこむ、情報収集系、など。
もちろん、武器破壊もその一つ。
その統括が教育係のお父様…ってことは、私と同じようにカシオスに教えていても、不思議はない。
「でも、苦手だったなあ…あれ。剣が可哀想になる」
「じゃあ、やっぱりカシオスの動きは【鷹】から学んだ術かもしれないってことか。なら納得」
「な、納得するの?」
「ああ、カシオスってすごく身軽で、変則技を滅茶苦茶使ってくるから、剣筋が読めない……性格的なものかもしれないけど、底が見えない剣術だった。それって、【鷹】もそうだよな。」
(以前うちに来た時、鷹の訓練を見てたもんな…ほんと、勉強熱心)
でも、ケディの口から相手の戦力分析が聞けるのは、貴重かもしれない。
私は黙って続きを待った。
「単純に打つ、斬る、突く、捻るの連続だけど、ホント嫌なところばかり狙ってくるっていうか……土壇場で思いがけない術を繰り出すから、対応が遅れちゃうんだよな……」
「ふむふむ。なんだか、カシオス様の性格そのものね……」
「あ―――くそ、悔しい!まだまだだなあ、僕も……」
などと、情報交換をしたんだけど……ケディは本当に勤勉。
自分が負けた理由を探して対策を練るから、決勝戦で当たったら攻略は大変そうだ。でも、同時に楽しみでもある。
(そう言えば…肝心の、カシオス様はどこにいるんだろ?)
控室の窓から、ざっと観客を見てみる。
貴賓席には……あ、カシオス様がいる。で、隣には……うちのお父様も。
それにしても、想像以上にお父様はカシオス様を心身共に鍛え上げていたのね。
……ちょっとだけ、羨ましい。すると、ふ、と視線がぶつかった。
「!気のせい……だよね?」
「……全く」
横で漏れたため息を、カシオスは、聞き逃さなかった。
「レイドック?何か面白いものでも見つけた?」
「いえ。……それよりも、本当ですか?あの男がまた、表舞台に出てきたというのは」
「ああ。ラウ=サージェント……今はあいつが、ヴァラモ公爵の側近みたいだね。追跡調査はしていたんだろう?」
カシオスの言葉に、レイドックは静かに首を振る。
「……あの男は姿をくらました後、何度か見失いました。しかし、必ずヴァラモと共に復活する……ヴァラモの忠犬、と呼ぶにふさわしいでしょう」
「僕は…レイドックの家の事情をそこまで詳しく聞いていないけど、そいつは何を?」
「殿下には、必要のない情報です。……が、唯一いえるのは、あの男はシャルを一度誘拐し、どこかに連れ去ろうとしておりました」
「!」
「未遂に終わりましたが…その後、雇いのメイドを一人殺めた後、逃亡しました」
「………なるほど、そこは、彼との話にもつながるな」
「彼……とは」
「僕の恋敵その2」
ぴりっと空気が凍る。
後ろに控えていたレイル=クオンタは、遠くを眺めた。
「ほほぉ……そうですか。うちの娘は本当に人気者ですなあ。ハハッ」
「まったくだ。おかげで僕も苦労するよ」
「殿下のご負担は、ご自身が手放せば亡くなるものでしょう?わざわざ大きな苦労を買って出ずとも、選択肢は無限にありますとも」
「ああ、前言撤回するよ。苦労はないな、必要な対応だった」
「いやいや、常に塩対応をされる位なら、必要ありますまい」
(リッハシャルお嬢様も大変だな……)
「そう言えば…その、お嬢様はどちらへ?」
レイルが聞くと、途端にぴたりと二人の会話が停まった。
「けがをしなければいいが」
「無茶をするのは、レイドックの教育のせいだろう」
「あの子の特質です」
「??…あ、次の対戦は、エイデン公子ですね」
すると、再び妙に張り詰めた空気になる。
「エイデン兄弟の兄のほうですか……」
「……彼、強いよね」
(この二人は、親子ではないのによく似てらっしゃるなあ)
ふと、少し離れた貴賓席には、エイデン侯爵一家の姿が見えた。
「あらあ、似合うじゃない!戦闘訓練生制服!」
「ケディにー!!」
「ふむ、しばらく見ないうちにまた背が伸びたかな……どうだ?」
「俺に聞かれても……はあ。ん?」
フォーレはもう一度しっかりとケディの様子を確認する。
(なんか…おかしい)
観客席から見ても、ケディックの様子がいつもと違うように見えた。
「……?何かあったのかな」
「フォーレ?どうした」
「気のせいかもしれないけど、…こう、覇気がないっていうか。ちょっと見てくる」
バタバタと走り去る様子を、レイルはカシオスに報告した。
「……今、フォーレスト殿が走って行かれましたが」
「!……レイドック、ここを頼んだ。もしかしたら……例の奴らかもしれない」
「【番狂わせ要員】……ですね。こちらも手を打ちましょう」
「頼んだ。レイル、行こう」
「はい」
2人がいなくなる様子を見て、レイドックは視線を控室の方に向けた。
(無理をするなよ、シャル……)
―――観客の声が遠い。
(……ああ、もう、頭痛いな)
これは、心理的なものではない、明らかに物理的なものだ。
一度、呼吸を整えしっかりと剣を握りしめる。
「はあ、はあ!……くそ、強い。さすが、ケディック=エイデン…」
「……いくよ!」
剣を持つ腕がだるい。足がもつれそうになるのをこらえ、感覚を研ぎ澄ませる。
(名札と支援家門の旗を外せれば……!)
ガリッと妙な手ごたえを感じると、うわっ、と短い悲鳴が聞こえた。
「!」
「ち、血がっ……わ、わあぁ!」
「あ、ごめん……」
見れば、強く切り込み過ぎたせいか、肩の鎧部分が粉々に砕け、外れた家門に血がにじんでる。
(けがをさせたから退場…というルールはない筈。でも―――)
感覚だけで動くと、加減を失う。
ぐっと剣を握り、審判のコールを待つ。
「し,勝者、ケディック=エイデン!!」
そして、歓声。
だが、ケディには、自分の息遣いしか聞こえない。
原因は……「水」だった。
「のまなきゃよかったな……」
控室に用意されていた水の瓶。…どうやらそこに、何かの仕込みがされていたらしい。
コップ一杯程度だったのに、なぜか激しい頭痛と吐き気が始まり、今は視点も定まらない。ただ、この場面で倒れるとそれでもう失格となる。
耐えながら控室に戻ると、倒れそうになった体をがしっと支える手があった。
「……え?」
「ケディ!!!」
思いがけない人物に、目を見開く。
「ふ、フォーレ?!なんでここに」
「こっち!……しばらく待機だろ?医務室はどこ?」
「!ダメだって…僕は失格になるのは嫌だ!」
「そんなもの、腹痛だのなんだって言えばいいだろ?!即失格になると決まったわけじゃないんだから!ほら、行くよ!」
「あ……」
ぐ、と肩を組んだ腕は力強い。
(こいつ、こんなに力強かったっけ……?ああ、でも)
来てくれてよかった。
そう思った瞬間、ふっと気を失ってしまった。その分急に全体重がのしかかり、今度はフォーレが倒れそうになる。
「?!っっぐぐ……ちょ、ケディ……お おも」
「大丈夫か?」
「!!」
急に体重の比重が減ったので、フォーレは足元がふらついた。
そこにいたのは……眼鏡をしつつも、隠し切れない整った顔立ちに、燃えるような赤い髪。
「な、何してるんですか?セフィール講師……っ??」
「まあ、潜入任務と言うところさ」
(こんな派手な潜入スパイがいるかっ!!)
「彼は?」
「わかりません…観客席にいた時から、様子がおかしかったから、来てみれば」
「……なるほど、いくよ」
「行くって…何処へ?」
「僕はこう見えて支援者側だから…専用の控室がある」
「あ……な、なるほど」
「止むを得ない。……まあ、彼女も許してくれるだろう」
「彼女?」
奥の方にあった控室は、元は賓客が使用する応接室だったらしい。
護衛に声をかけ、扉を開いた先にいたのは。
「……は?」
「え?なんでここにいるの?!フォーレ!!」
「シャル…?!」
2人は、顔を見合わせて固まってしまった。
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