第104話 真剣勝負
(…どうして、こうなった)
私は、気持ちを切り替えて、28メートル先にある三つ並んだ花瓶をにらみつけた。
そして、横には王妃・アゼンダリア様と、その息子、変態…もとい、イリシユ=セルリアが絢爛豪華な席に座り、壇上から見下ろしている。
「これじゃ、割れないじゃん。どうするんだ?リッハシャル…」
(イリシユ、こっち見んな)
いや、そんなことより集中、集中。
今現在、私は弓術クラブの評価発表—―「花撃ち」の最中。
この「花撃ち」は、水を張った皿の上に大・中・小の美しい花瓶に花を生け、それを花を貫かずに瓶だけを割るという演技。
綺麗に割れたら、美しい破片と花が水皿に模様を描く…というものなんだけど。
どういうわけか、リハーサルの時に紹介された花瓶が、最後の大瓶だけ、割れない陶器の素材のものに変わってしまっている。
(持ち矢は5。一つ目と二つ目は、恐らく矢を一本づつ打ち込めば、綺麗に割れる。…でも、問題は三つ目の壺だ)
分厚い陶器に阻まれ、残り3本の矢で全部割るのはただ撃つだけでは難しい。
会場全体を妙な緊張感が流れているのが肌でよくわかる。
多分、部長辺りは顔を真っ青にしてるだろう。
「部、部長、しっかりしてください…」
「このままじゃ…来年の予算が」
(ちょっと部長、聞こえる声で大きな独り言は勘弁してほしいわ…)
そして…何よりもこの演技は王族の(一応あの変態もその一員だし)御前演技なのに、失敗をしたときは私どころか弓術部全体…ひいては学院全体の評価を下げる要因になりうる。
恐らくこの現象を引き起こした直接の原因は……私はちらりと、斜め後ろに視線をずらす。
ニヤニヤとこちらを緩んだ目で見てる阿保面男……アグレスだ。
(後で覚えてなさいよ……!)
「—―-どうした。早く弓を射よ」
「……かしこまりまして」
ひとまず、私は弓を構え、一番小さい花瓶を撃つ。
パン!と派手な音と共に美しい花が舞い上がり、水の上に模様を描く。
続いて二本目、これも綺麗に割れて歓声が上がった。
「ふむ」
(矢の残りは3本。ひとまず)
私はなるべく姿勢を低くして弓を構え、渾身の力を込めてなるべく中心を狙って矢を射った。
ガコッという音共に、矢は花瓶の腹の右側に突き刺さる。
ああ!という声が聞こえ、会場は途端にざわついた。
(あーーーっ!割れなかった!しかも微妙にずれた!)
一発で割れれば儲けもの。だったのに。
演技を中断させるわけにはいかない。
花瓶を変えるとかも絶対に嫌。
「…くっ。なら!」
私は再び矢を構え、最初の矢が突き刺さるほうとは真逆の左側を射る。
風はない。矢は真っすぐ…吸い込まれるようにそこに当たる。すると同時に雷のような亀裂が走り、まるで花が咲くように左右に広がっていく。
そのまま割れるかと思いきや、そこで止まった。
あー…という落胆の声と共に、部長の絶望的な悲鳴が聞こえた気がした。
(どうする?身体能力アップのチケットがまだあるけど…ここで使う?)
ふと、そんな考えがよぎる。
だが、すぐに振り払った。それは、なんだか自分の弓の技術を貶めるような、汚してしまうような…そんな気がしたのだ。
「いいえ…負けない」
最後の一矢で…確実に割って見せる。
弓を構え、その時を待つ。そして―――
…自分の力を信じる!
中心に向かって最後の矢を思いきり放つ。矢の勢いは伸びていって……
バリン!!
「!」
「おお…」
派手な音を立てて、破片は飛び散った。
……粉々という形にはならなかったけど。
「ふう……」
良かった。万感の思いを込め、弓を高く掲げた。
そして、一礼。
「ありがとうございました」
わっと歓声が上がり、この「花撃ち」が成功したことを実感した。
「…女性らしい、繊細で美しい演技でした」
ちらりと割れた花瓶を見て、アゼンダリア様はふ、と笑う。
「…こちらへ」
「?」
そう言って差し出されたのは、一本の百合の花。
「あ…ありがとう、ございます」
それを、私の胸ポケットに挿しこんでくれた。
「困難に負けず、よく貫きましたね。リッハシャル=ルドヴィガ。あなたの名前、覚えておくわ」
「……!」
実を言うと、アゼンダリア様とこうして会話をするのははじめてだったりする。
……色々な人に、色々な話を聞いていたから。
「王家に方々に、敬意を」
「大儀です」
カーテシをした瞬間、わあっと割れんばかりの歓声が聞こえた。
(—―-あ、多分)
カシオス=セレストと、ケディック=エイデンの御前試合が始まった。
**
(――不思議と、緊張はあまりしていない)
単純に、肌で感じるほど強い奴と戦うから、緊張よりも好奇心や興味が勝っているからかもしれない。
でも多分、うっすらと香水の香りがするこの帽子のおかげかなと思う。
(何だろう、この香り。今度聞いてみようかな?)
「ケディック」
「!」
「随分と、余裕そうだね」
「カシオス」
王族の正装服は、それだけで威圧感がある。
スカイブルーの詰襟の制服と王家の象徴の、金糸の鷲は彼らにしか纏えない正装。
渡された剣は、ずっしりと重たい。
「儀式的な演技用じゃなくて、真剣を用意したのは、カシオスの計らい?」
「ああ。……その方が、君もやりがいがあるかと思って」
「感謝するよ」
剣を胸元にあて、抜刀前の一礼をした後、カシオスの一手を待つ。
「……行くよ」
…でも、負ける気はしない。
一歩を踏み出す砂利の音が聞こえた次の瞬間、腕にぐっと重たい一撃が当たる。真剣同士の刃のぶつかり合いは音がものすごい。
ビイイン…と腕がしびれるような感覚が、全身を駆け巡り、思わず口角が上がる。
「容赦なし…ってこと?!」
「!」
思い切り跳ね返した刃を整え、足場を固めて今度はこちらから踏み込む。
難なくそれを凪いでかわされると、カシオスの次の一手が切り込んできた。互いの剣がぶつかり、鍔迫り合いとなる。
「さすが…!」
「やるね」
その様子を、壇上で見つめていた国王陛下と第一王子ラデュオンは身を乗り出した。
一挙一動息をのむような試合に、思わず笑顔になる。
「へえ……やるなあ。二人とも…!」
「ふむ。見ごたえがありそうだ」
互いの剣がはじかれ、双方距離を取る。
「ケディックは、シャルと仲がいいよね」
「そりゃあ勿論……!」
ひときわ強い一撃が襲うが、逃げずに受け止め、はじいた。
「僕達は5歳ころからの付き合いだし!」
「……こっちだって、同じような時期に出逢ってる!」
「!」
ちょっとむっとしたような表情をしたカシオスが再び切り込んだ。
ただの力任せの一撃ではなく、貫くような突きの一手。予想だにしない攻撃は髪の際を切られ、大きくのけぞって距離を取る。
ざり、と腰を落とし姿勢を整え、制帽のつばをぐっと掴んだ。
「じゃあ、僕達結構いい勝負なんだ」
「……やはり、ケディック。君も彼女が大事なんだ」
「そうだよ」
「へえ……弟より?」
少し意地の悪そうな笑顔を見せられるが、怯まずに笑顔で返す。
「ああ。……もう、決めてる」
「!」
ひゅっと風を切る音と共にカシオス懐に斬り込むが、難なく避けられてしまう。
「その割には、まだ迷ってる」
「……カシオスは思ったより、嫌な奴だな」
「君には、容赦しないだけさ」
「それってつまり、ライバルって……ことだよね?!」
寄られた瞬間、足を切り替え、背後に回り込む。
しかし、彼は振り向きざま、軽々と大きく体をひねり宙返る。
(うわ、身軽だ……一撃も重いけど、どんな鍛え方すれば……こうなるんだよ?!)
「エイデン家には、僕だって期待してるんだ。しっかりしてくれないと困る」
「それは叱咤してる?それとも忠告?」
「……さて、どちらだろうね」
同じ頃、観客席では蒼白な表情のフォーレとがいた。
「ケ…ケディ」
「本当にすごいな、ケディックの奴…いや、カシオス様もすごいけどさ」
「ルウト…ダメだ、俺、吐きそう……」
「おいおい……フォーレが緊張してどうするんだよ?!」
「ケガしても嫌だし、負けても嫌だし、勝っても嫌だっ……」
そう言って席を立とうとするフォーレをなだめつつ、ルウトは二人の様子を見守る。激しく剣がぶつかり合い、それは収束する様子もない。
実力が拮抗してる…そう言うことだ。
(……フォーレの言う通り、まともな公子なら、こういう試合は引き際をわきまえてるはずだけど)
何かを会話しているようにも見えるし、お互い譲る気配もない。
「あいつ、どうするつもりだよ…?」
再び激しい音が鳴り響く。
「カシオス。僕もぜひ聞かせてほしい」
「…何?」
「君は、シャルをどうするつもり?」
「……」
「君は王族、でも、シャルは伯爵家の後継だ。レイドックおじさんが側近にいるんだ、そんなことわかっているはずだよね」
ふ、とその瞬間から空気が変わった。
「それが?」
「政治的に利用するの?それとも、ただ傍に置きたいだけ?」
「……ケディック=エイデン」
(きっと、この質問は、カシオスにとって一番いやな質問になるはず)
「………僕は」
「これでおあいこだろ?聞きたくないことは誰にでもある。…でも、僕は一つ白状するよ」
「……白状?」
「カシオス。僕はさ―――」
次の瞬間、カキーーーン……と、派手な音が響いた。
剣の切っ先が割れ、弧を描いて宙を舞う。
――そして、国王陛下の目前に突き刺さった。
読んでいただき、ありがとうございます。
不定期ですが、精進します。よろしくお願いします。




