第十三話Part3⑦
「ぐぼぉはぁぁぁっ!?」
顔面で床を削りながら十数メートル転がったところで、ダシルヴァは床をつかみどうにかしがみついてブレーキをかけた。憎悪に満ちた顔を二人のブライドに向けて立ち上がる…しかし、既にその目の前にはルビアMが出現していた。真正面から迎え撃つ形になったダシルヴァは横蹴りを放つが、ルビアMが左腕でそれを防御する。その瞬間に胸の赤いジュエルが明滅した。同時に当たったはずの蹴りが、痛みどころか微塵の力も加えられず、ルビアMの腕をわずかも動かすことが叶わなかったのである。それまでのブライドなら骨が砕けたか、サフィールMのように頑丈でも多少のダメージにはなったはずなのだ。
「おのれッ…!」
「どりゃぁっ!!」
驚愕に動きを止めたダシルヴァの腹を、サフィールMの左のアッパーカットが捉えた。先刻と同じ『エスカレーション・ソニック』での超高速の一撃だ。真上に吹き飛ばされ、ダシルヴァは天井を突き破って屋上に飛び出した。
ジュエルが明滅した瞬間、打撃技のダメージが完全に消失した。手ごたえすら感じなかったほどだ。そこからダシルヴァは推理した。宙返りで屋上に着地すると、すぐさまルビアMが追って屋上に現れ、三度突撃してきた。先刻の推理が当たっているのか、実証のためにダシルヴァは右ストレートでルビアMを迎え撃った。胸の赤いジュエルが明滅した瞬間、額に直撃したはずの拳をものともせず、ルビアMはロッドを突き出した。超高速のロッドの突きをぎりぎりで避けた。先端の小さな刃がかすめたダシルヴァの頬から、一筋の血が流れる。
「…無敵の肉体か!」
推測通りの能力に、ダシルヴァの口からうめくような声が漏れた。
「そのようね」
ルビアMにも、その能力はまだ把握できてはいなかった。高速で走っている時に限り、瞬間的に無敵の…あるいは無敵に匹敵しうる頑強さを得る能力、『アーマメント・スラスト』である。天使の打撃技をものともせず、衝撃波の刃も発生させた瞬間に超強度の掌で叩き潰す…単発であろうが複数出そうが、どれだけ強力であろうとも同じことだった。そして攻撃を潰された瞬間、サフィールMがルビアMの後ろや横から躍り出てダシルヴァに一撃を加える。相手が普通のブライドであれば、ダシルヴァならどちらも一撃のもとにひねりつぶしていただろう。だが相手はほぼ無敵の肉体で攻撃を潰し、超光速の拳を目の前から叩き込んでくる、『マリアージュ・リング』を発動した二人。
ダシルヴァは後退し、左の手刀を振るって衝撃波の刃を複数飛ばした。ただし正面から走って来るルビアMではなく、そのやや斜め後方を追随するサフィールMへと。しかしそれもまた無駄に終わった。跳躍したルビアMが体を回転させ、発生した直後の刃を全て両腕でつぶしてしまったのだ。その間にサフィールMの一撃が腹にめり込み、ダシルヴァの足が止まった。いくら実力に置いて他の姉妹より上であろうと、受肉によって人体と同質の肉体を持った現在、自身の行動の直後の攻撃を防ぐことはダシルヴァにもできなかった。
「ならば…!」
敢えてルビアMに向けてダシルヴァは跳び廻し蹴りを放った。当然防御されるが、防がれた蹴り足をルビアMの肩に乗せ、踏み台にして跳び越えると、追随するサフィールMに向けて両手の手刀を振り下ろした。灼熱の光を集めた渾身の必殺拳、『デトネイション・フラッシュ』だ。その速度はサフィールMの『エスカレーション・ソニック』数回同時に発動した時をも上回る、こちらも超光速の必殺拳だ。突然のことにサフィールMは足を止め、防御の動作を取る…それがダシルヴァの予測だった。サフィールMは頑丈だが、『アーマメント・スラスト』発動時のルビアMのような無敵の肉体ではない。防御されようが、最低でも片方の腕は斬り落とせる。その筈だった。
「だぁあああっ!!」
だがサフィールは前進した。胸のジュエルを四度、明滅させた。ダシルヴァの顔面に拳を叩き込んだ瞬間と同等の速度だ。特殊な能力を用いたとはいえ、ただの拳は天使の必殺拳を弾き飛ばし、今一度ダシルヴァの顔面にめり込んだ。
「どぁはァァッ!!」
吹き飛ばされ、ダシルヴァは屋上の空調施設を粉々に破壊しながら倒れ込んだ。その顔が天を仰ぎ…わずかにゆがんだ。否、笑った。天上の何かを見ているのだ。だがサフィールMらがそれに気づくことは無かった。二人は顔を見合わせ、ダシルヴァを追って並んで駆け出す。二人の胸のジュエルが、一際強く輝いた。それぞれの持つ武器に光が集まり、電光が走る。ダシルヴァは起き上がり、逃れようとするが。
「ピュリファイアッ…!」
ジュエルを数度明滅させると、サフィールMが加速した。それに気づいた瞬間、ダシルヴァの胸の『オーラクリスタル』の表面には電光が走り、表層を覆うバリアを破壊していた。そして続けざま、ルビアMがロッドを振り抜く。
「―――スパークル!!」
神速の居合い抜きを撃ち込み、露呈したクリスタルに浄化の稲光を叩き込んだ。これでダシルヴァも天使の力を喪失し、人間と全く同じ肉体に変化する…それは構成する物質の変化だけでなく、身体能力も同じ体格の人類と同程度になることを意味する。だが『ピュリファイア・スパークル』を叩き込んだ直後から、ダシルヴァは笑い出したのだ。気でも触れたかと疑ってサフィールMとルビアMはダシルヴァの顔を見るが、彼女の視線が真上を向いたことに気付き、二人も空を見上げた。
空には巨大な門があった。固形物としてのそれではなく、ホログラフィのような立体映像であり、わずかに上空の雲が透けて見えている。閉ざされた門の中心から、光の輪が波紋のごとく広がっていた。
「フフ…はははは…成功だ! 成功した! これでクリスタルに精神を封じることなく、いつでも受肉して地上に降りられる…我らが同胞が!!」
「どういうこと!?」
サフィールMは詰め寄る。ダシルヴァは笑い終えると、またしてもゆがんだ笑顔で笑った。
「通用口さ。私が持ってきた、一種のポータル発生装置みたいなものだ」
「通用口?」
「我らが主の世界から、この地上へと一方通行のね。開門までしばらく時間はかかるが、それでも降臨と受肉が同時にできる。便利だろう!」
その言葉を聞いて、サフィールMとルビアMは顔を見合わせた。先ほどから言っていた『仕事』とはこれだったのだ。サフィールMに替わり、ルビアMがダシルヴァの襟首を掴んで問い詰める。
「開門を止める方法は?」
「無い。あったら持ってくるわけがないだろう、バカか君は」
「普通逆じゃないの?」
「君達を駆除するために持ってきたんだ。閉ざせるのは我らが主だけさ」
つまり、神をどうにかしない限りは神の世界から何かが地上に現れ続けるのだ。にもかかわらず、神の許へ向かう方法すらも無い。
「ふふ、ふふふふ…これで私の仕事は終わりだ。君達に、君達『デュエルブライド』に逃げ場は無い。無いのだぞ…ハハハ、ハハハ、ハハハ…ぉあああああっ!!」
笑い続けるダシルヴァが突然絶叫すると、彼女の足元から赤と青の閃光が天へと上り、白い炎に似た光が空中に散って消え去った。ダシルヴァの天使の力が消失し、オーラクリスタルは色を失ってただの灰色の丸い石と化した。
ダシルヴァは浄化した。だが―――二人は上空を再び見上げた。閉ざされた立体映像の門が地上を見下ろし、不気味に輝いていた。
「…嫌な置き土産だわ」
ルビアMのつぶやきに、サフィールMは無言でうなずいた。アキラの祖母の家で待つブライド達にも、恐らく見えているだろう。早く帰って説明しなければならない。
だがそう思った直後、天の門とは別の要因…連続する低音とエンジンらしき音が重なり、二人の視線を集めた。ヘリコプターの飛行音だった。その瞬間、ルビアMはサフィールMの手を引き、ダシルヴァを抱えて屋上に空いた穴から駅舎内に潜り込んだ。改札口を飛び越え、なるべく窓の外に身をさらさないように二人は隠れる。数秒待つと、ヘリコプターはどこかに去っていった。サフィールMは顔を出し、上空を飛ぶヘリコプターを駅の大きな窓から見上げた。
「今のヘリ、何?」
「どこかのテレビ局のよ。ニュース番組のタイトルロゴが見えた」
「救助隊じゃなく? じゃ、もしかして今、あたしたち…」
「撮られたかもしれない。…この姿のまま戻るのは危険だわ。一旦変身を解きましょう」
「うん…」
ルビアMの言う通り、もしこの姿を報道ヘリに撮影でもされたら、『デュエルブライド』の存在が露呈する。超人の実在が社会に知れ渡ったら―――何が起こるか予測は全くつかない。オカルト系のバラエティ番組で晒しものになるのはまだ良い。研究対象にさせられる、あるいは前任のブライド達と同様、戦争に巻き込まれる可能性もある。いずれにしろこの社会は、超人の日常的な存在を受け入れられるようにできてはいないのだ。サフィールMとルビアMは素早く階下に降り、駅舎の端の出入り口の前で変身を解くと、二人でダシルヴァを抱えて脱出した。さすがに生身の人間の姿に戻ると、成人女性一人を抱えて走れるほどの腕力は発揮できなかった。
注意深く周囲を見回し、アキラと緋李は駅ビルから離れようとする。と、そこに二つの人影が現れた。
「ダシルヴァ姉様!」
「よかった、間に合いましたか」
「ロゼルさん、に…アグレアさん?」
アグレアとロゼルがそこにいた。二人はアキラ達からダシルヴァを受け取る。ある程度自分達に寄り添っているロゼルはともかく、そうではないアグレアがいることはアキラにとって意外だった。ややばつが悪そうに、アグレアはぼかして答えた。
「…まあな、ゴルディエ姉様の話を聞いて、少しな」
「…そう」
「お二人は早く、おばあ様のお宅へ」
「あなた達はどうするの?」
「別ルートで向かう。急げ、あれを見に人間どもが出てきた」
アグレアが上空の『通用口』を指し示した。彼女が言う通り、それを見に周辺の家から少しずつ一般市民が出てきた。スマートフォンで写真を撮影しようとする者、『通用口』を背にした自分を動画として撮影する者、呆然とする警察官もいる。しかし機械越しでは撮影がうまく行かないのか、それとも『通用口』の撮影自体ができないのか、首をかしげる者もまた多数いた。幸い、駅ビルの端から出てきた女子高生二人に視線を向ける者はいなかった。今のうちにアキラ達はその場を離れることにした。天使たちが半ば自分達の味方になっているようだが、そのことを深く考える時間は無い。アキラと緋李は素直にダシルヴァを渡した。
「じゃ、その人のことお願い」
「お任せください。ではご武運を」
ロゼルとアグレアはダシルヴァを抱え、駅地下の自由通路に降りていった。わが姉ながら何て物を…とアグレアが愚痴る声が聞こえた。アキラと緋李ははぐれないように手をつなぎ、そそくさと駅から離れ、ビルとビルの間の狭い道路を歩いてアキラの祖母の家へと向かう。大半の市民は広い道路に出て、上空の『通用口』を見上げていた。彼らの視界に入らないように駅周辺および市街地中心部から離れ、頃合いを見て表通りに出る。中心部周辺は人が多いが、ほとんどが空を見ている。視界内にビル街の間を通る二人は殆ど入らなかった。
二人がこのような行動に出たのは、駅周辺に集まった市民に顔を…しかも変身後の顔を見られたかもしれないという危惧からだ。
「急ぎましょう。まず駅周りから離れないと」
「うん」
二人は足を速め、ビルとビルの間を抜けて、現在通行規制されている大通りまで出てきた。アキラの家からも割と近い地点だ。ロゼルとの戦闘で倒壊した道路は手つかずだったが、応急処置として歩道にゴムシートを敷いて歩行者は通れるようになっていた。車道もなるべく安全な地点を渡れるようになっており、市役所の対応が思ったより早いことにアキラは驚いた。大通りを抜けると、祖母らが越したアパートのある住宅街が見えてきた。規制区間を離れると、ごくまばらだが自動車が通行している。この近辺に戦闘の余波は殆ど及んでおらず、人々が自宅に籠る以外はまだ幾分か平和だった。
祖母のアパートの近くまで来て、アキラはプルに頼んで周囲を見てもらった。
「ロゼル達より先についたみたいプル」
「地下道を通るとなると、駅を挟んで反対側からだから…だいぶ時間がかかる筈よ」
「そっか…」
駅を挟んだ反対側はホテルや大型電気店などが立ち並んでいるが、今はどこも休業している。対して民家は少ないため、そのために人が殆どおらず、目立たないように移動するにはそちらの方が適していた。天使たちがそちらを通っているのは、気絶し人類と同等の肉体になったダシルヴァでは、もし襲われでもしたらひとたまりも無いからだ。駅での戦闘で彼女の顔を見た人物が、まだ駅前にいる可能性は高い…気づかれれば、犯人と判明した彼女が暴行を加えられる可能性が十分にある。
アキラ達にしてもダシルヴァらに何の咎も無いなどとは口が裂けても言えないが、一方で今回の件に関して情報を引き出したいという意図もあり、天使たちを保護せざるを得ないのである。何より天使達を通じて神と『デュエルブライド』の闘いが知られる可能性を、アキラたちは恐れていた。神との闘いが万が一でもそれをきっかけに知られた場合、社会にいかなる影響が及ぶか想像もつかないからだ。
(…天使さん達のことは、今回の事が全部終わってからかな)
少なくとも次女以下が目立った行動をとらないことはありがたかった。
だが、アキラ達は一つ失念していた。
「あ…」
「ここで…? もう少しなのに」
古い商店街を渡って祖母のアパートに辿り着こうとしたとき、不幸にも道路に集まって空の『通用口』を見上げる通行人の列に出くわしたのである。ちょうど駅前と同じような状況だが、その人数はまさしく道路を埋めるほどであった。目的地が目の前にあるというのに、ここで留まるわけにはいかない。アキラと緋李は強引に列を抜けていくことにした。
「…仕方ない。行きましょう、アキラ」
だがアキラの手を引こうとした、まさにその瞬間。握っていたはずの手が突然すっぽ抜けた。前に踏み出そうとしていた緋李は数歩歩き、踏みとどまって周囲を見回した。
「―――アキラ?」
振り向くと、そこにアキラの姿は無かった。
アキラが自分を置いてどこかに立ち去る筈は無い…そう考えて周囲を探し始めたところで、突然甲高い音が聞こえた。スピードを出した自動車がカーブする時の、タイヤとアスファルトが摩擦する音だ。緋李は音の発生源の方に走ったが、続けて聞こえたエンジン音は遠くに去り、その後ろ姿を見かけることもできなかった。残されたのは排気ガスの臭気と、呆気に取られて自動車を見送る通行人だけだった。この時、緋李は一つの推測を立てた。
アキラの母が、アキラを発見し連れ戻した可能性である。
(…あり得る?)
アキラが消えた直後の自動車の音…偶然であろうか。だが、アキラがここで別の方向に向かう可能性は考えられなかった。まして一言の断りも無く立ち去るなど、絶対にありえない。
《…アカリ、連れ戻しに行くのカ?》
《もちろん。…徒歩しかないわ、ここでは変身できない》
《じゃ、バーチャン家にまず連絡だな》
緋李はスマートフォンを取り出し、アキラの祖母の家に電話を掛けた。そして手短に事情を話すと、来た道を戻ってアキラを追い始めた。
―――〔続く〕―――




