第十三話Part3⑥
次の瞬間、どこかの部屋の天井が見えた。左半身にはモフモフした小さな精霊達が集まり、周辺には仲間達、さらにアキラの祖母がいた。祖母らが越したアパートで寝かされているのを理解すると、仲間達を見回した。アキラ、桃、リオの三人とそれぞれのパートナーの精霊が欠けている。ルビアが体を起こすと、途端に歓声が沸き上がった。
「先輩!」
真っ先に抱き着いてきたのは楓だった。相当心配していたらしく、顔が涙と鼻水で汚れていた。
「ごめん、心配かけたわね」
「ホントですよ、もお。朱見さんが運んでくれなかったら、今頃どうなっていたか…」
「朱見さんが連れてきてくれたの?」
楓に言われて伊予の姿を探すと、すぐ隣にいた。ひまりと手をつなぎ、照れくさそうに空いた方の手を挙げて答えた。
「そっか…ありがとう、朱見さん」
「ま、助かったんなら良いんだけどよ。…それより、アキラ達のことだ」
照れ隠しの後で、伊予はすぐ真顔になった。
「アキラが駅前で天使の長女と闘ってる。桃とリオはまだ帰ってこないから、逃げられないのかもしれない。頼む。三人を助けてくれ」
「わかっ…」
即答しようとした瞬間、ルビアの腹の虫が盛大になった。全員が一瞬沈黙し、腹を押さえたルビアが顔を赤らめるのを見て笑い出した。精霊の助力によって傷は治ったものの、足りない分の栄養を体が求めてしまったようだ。丁度そこで祖母がサンドイッチをお盆に乗せて持ってきた…分厚く柔らかい食パンを大きく切り、焼いた肉や新鮮な野菜をたくさん挟み込んだ、大きくダイナミックなサンドイッチだ。傍らには野菜ジュースを入れたコップもあった。
「どうぞ。急に食べたらお腹を壊すから、ゆっくり食べて」
「は、はい。いただきます」
ルビアは厚意に甘え、サンドイッチを食し始めた。その間に楓と伊予は顔を洗い、精霊達は治癒の能力を応用して食事の消化・吸収を手伝っていた。妙に生々しい能力だが、急がねばならない今はありがたいサポートであった。よく噛み、美味を味わい、しっかりと栄養を体に吸収する。いかな原理か、普段なら排泄されるであろう成分すらも栄養として体に取り入れられた。大きなサンドイッチ一つで全身に力がみなぎる。野菜ジュースも飲み終え、ルビアは手を合わせた。
「ごちそう様でした」
「お粗末様。頑張ってね、アキちゃんをよろしくね」
「はい」
立ち上がり、トレイを手渡してルビアはベランダに出た。自分を生かしてくれた桃、リオ、伊予のために。そして何より、愛するアキラのために。彼女は再び立ち上がった。その装束に、わずかに銀色の線が走った…ブライド達、精霊達、そして祖母がそれを見て驚いていた。サフィールが発動した様子は見ていたが、ルビアも自身に起こったと理解してわずかに驚く。そしてこの場で『マリアージュ・リング』を発動することも考えたが、この想いはアキラの目の前でこそ形にしたかった。
ベランダに立つと、全員の方を一度振り向いた。
「行ってきます」
それだけ言い、ルビアはベランダから飛び出し、ビルを飛び越えながら一直線に駅前へと向かった。赤と銀の光が尾を引き、曇り空の中に鮮烈なラインを描く。
見送ったブライド達は祈った。アキラ達の無事を、そして勝利を。
ルビアが治療に専念している時間、サフィールMは駅前広場でダシルヴァと戦いを繰り広げていた。ガントレットを装備したダシルヴァの実力はロゼルと一線を画し、サフィールMの超高速の打撃技をほぼ完全に防御しているのである。
右のフックは肘の内側を押さえられて届かず。左のアッパーを出せばガントレットの手の甲部分の丸みを利用して逸らされ。肘撃ちは同じ肘撃ちで止められ、膝蹴りは脛で止められる。一見すると互角の撃ち合いであったが、サフィールMの技は有効打はおろかかすりもしていない。
焦れたサフィールMは、『エスカレーション・ソニック』を発動した。ジュエルが三度明滅し、ガントレットを装備した右の拳で顔面へのストレートを放つ。ダシルヴァは手で逸らそうとせず、ここで初めて目を見開き、体をひるがえして回避した。音速を遥かに超えた一撃が衝撃波を放ち、ダシルヴァの頬を掠めて切り裂いた。
「恐ろしい…なるほど、『一度に通常の五十倍の高速化』、『複数回同時発動可能』、『同時発動時は累乗して上昇する』…ただの超人にできる代物ではない」
ただ一度見ただけで、ダシルヴァはサフィールMの『エスカレーション・ソニック』の詳細を見破った。二回発動すれば五十倍の五十倍、すなわち一つの挙動の速度が二千五百倍になる。先刻の右ストレートはその更に五十倍、通常の十二万五千倍の速度だ。天使の動体視力をもってしても視認はできなかったが、それでも発動の瞬間は見切られた。ガントレットをフルスペックで扱えるということは、それだけの実力を持っているということでもある。サフィールMはその宣言をこの瞬間に初めて理解した。直後、真横からの上段蹴りが視界の隅に映った。顔面に上がる直前でガードしたが、威力を殺しきれずに吹き飛び、駅舎の中に飛び込んだ。
「ぐぅっ!」
エントランスのガラスが砕け、中にいた数人の利用者が悲鳴を上げた。サフィールMはすぐに立ち上がり、追いかけてきたダシルヴァの飛び蹴りを両腕で防御した。恐怖に震えた駅利用者たちは、逃げるにも逃げられずうずくまっていたり、却って危険な駅構内に隠れようとする者までいる。サフィールMは着地したダシルヴァの連続蹴りをガードしながら、背後にいる市民たちに避難を促した。
「逃げて、早く! 駅から離れて!」
「あっ…は、はい…!」
少なくとも話が通じると理解したか、利用客と駅員は足早に駅から避難した。彼らが素早く避難したことはありがたかった。対するダシルヴァは一度足引っ込めると、高々と振り上げ、そのまま振り下ろした。超高速のかかと落としをサフィールはガードする。すさまじい威力で、両足が床面にめり込んだ。その直後、斜め下から逆袈裟懸けに何かが迫る。その数は三。咄嗟にサフィールMは跳び退いたが、襲い来る三発の手刀は回避しきれなかった。
「どぁあっ!」
三発同時の手刀…実際は二発の衝撃波の刃をともなった手刀を受けて吹き飛び、エントランスから二階に上がる正面階段に激突、何段分かを粉砕しながら上階までバウンドした。ダシルヴァはそれを追いかけて跳躍し、空中で身をひねりながら真下のサフィールに向けて掌打を突き出した。刃から壁に変わった衝撃波を真上から叩きつけられ、サフィールMの体が床にめり込む。掌打の衝撃で僅かに真上に浮いたダシルヴァは、そのまま真下へと落下しながら鋭い爪先蹴りを突き出すが、サフィールMはすぐに跳び起き、転がって蹴りを回避。すぐに立ち上がり、着地したダシルヴァの顔面に向けて右のフックを繰り出す。
ダシルヴァは後方宙返りしながらフックを避け、左の足でサフィールMの拳を蹴り上げると、右の足で続けざまに顎を蹴り上げた。力強く踏み込んだサフィールMの体は吹き飛ぶには至らなかったが、それでも動きを一瞬だけ、完全に止められた。やや後方に着地したダシルヴァの右のアッパーカットが、サフィールの首元に迫る。喉を潰すための一撃だ。
「―――でぁあっ!!」
サフィールMは蹴り上げられた右の拳を気合の叫びと共に振り下ろし、ダシルヴァの拳を真上から叩いて弾いた。強烈な一打を受けた拳がしびれ、ダシルヴァは一瞬だけ痛みに顔をゆがませる。今度はダシルヴァの方が動きを止めた。サフィールMはその隙を逃さず、頭からダシルヴァの顔面にぶつかった。
「ぶぅっ!」
「まだまだぁッ!!」
のけ反ったダシルヴァに助走を付けて飛び掛かり、首に腕を引っ掛けつつ前方に跳躍する勢いで押し倒し、体重をかけて叩きつける。ランニングネックブリーカードロップが、床面が砕けるほどの威力で決まった。一瞬ダシルヴァの呼吸が止まる。天使と言えど、受肉した今では人間と同質・同構造の肉体故に呼吸器が存在する。サフィールMのランニングネックブリーカードロップで、脳への酸素の供給が止まり、ほんの一瞬だけダシルヴァは意識を失ったのである。
サフィールMはすぐに立ち上がり、仰向けに倒れたダシルヴァに飛び掛かった。だがダシルヴァもすぐに意識を取り戻して、倒れたまま両足を真上に突き出し、サフィールMの腹に叩き込んだ。
「げぅっ…!」
「さすが頑丈さに定評のあるサフィール…っ痛ぅ、鼻か歯が折れたかと思ったぞ」
跳び起きたダシルヴァは跳躍し、真上に浮き上がったサフィールMの胸倉を掴むと、投球の要領で思い切り投げた。サフィールMは改札口を越えて背中から電光掲示板に激突。新幹線の発車時刻が表示されていた掲示板は根元から千切れ、サフィールMの下敷きとなって床に落下し、機械の破片を散らかした。ダシルヴァは着地すると一瞬にして接近し、立ち上がったサフィールの顔面に右の拳を叩き込んだ。
「ぅぐぅああっ!!」
助走を付けた強力な一撃で、サフィールの体は軽々と吹き飛び、プラットホームに上がる階段の前で仰向けに倒れる。駅ビルの隣に立つデパートと、壁一枚隔てた場所だ。大きな窓越しに紳士服が並ぶ店舗が見えた。不幸にもそこにはまだ客がいた―――否、逃げ遅れた小学生くらいの子供だった。少し背の高い一人の少女が小さな少年二人を抱きしめていた。姉と弟たちだろうか。
ダシルヴァはサフィールMに飛び掛かり、指を開いた両手を右、左と順に振り回した。複数の衝撃波の刃、そして超音速で振り下ろされた鋭利な爪がサフィールの体を切り裂き、窓ガラスを砕いた。ビルとビルのわずかな隙間に透明な破片がいくつも落下していく。サフィールMの体中の皮膚が裂けて血が飛び散った。同時に振り向き、姉弟らしき三人の子供たちの安否を確認する。サフィールMが盾となったことで、子供たちには一片のガラスの刃も当たらずに済んでいた。
デパートとの空間を隔てるガラスが砕けたことで、子供たちの悲壮な泣き声が聞こえた。恐怖に震えてママ、ママと叫んでいる。こんな恐ろしい時に、親とはぐれたのだ。ダシルヴァはそれにかまわずサフィールMに向けて再び手刀を振り下ろした。衝撃波の刃を飛ばされる前に、サフィールMは振り下ろされた手を頭上で掴んで止めた。
「逃げて!!」
「え、え」
子供たちはサフィールMの言葉に、わずかに落ち着きを取り戻した。
「早く! こいつはあたしが止めておくから、早く!!」
「…はっ、はいっ!」
姉らしき少女が小さな少年たちを連れ、紳士服店から逃げ出した。どうか母親と出会えてくれと、サフィールMは祈らずにいられなかった。サフィールMにとって人命救助は最優先事項ではないが、それでも人死にを出したいわけではないのだ。まして小さな子供たちが無残に殺されるなど、絶対にあってはならない。
「へぇェェ。実りの無い情欲のためにすべてを捨てたと思ったが、そうでもないんだ、ね!!」
掴まれた腕を引っ込め、ダシルヴァは横蹴りでサフィールMを吹き飛ばした。窓枠を飛び越えて紳士服店の商品を吹き飛ばし、サフィールMの体は壁に激突し、床に落下した。
「ぐぅぅっ…!」
「まあいい、どうでもいい。正直君のことはどうでもいい」
「何…あたし達を狙ってきたんじゃないの!?」
「それはある。だが私には仕事が―――ああ、これ以上は無用か」
ダシルヴァは右の掌を突き出した。そこに灼熱が集まっていく…天使たちの必殺拳、『デトネイション・フラッシュ』の用意だ。激痛で体を動かすのは難儀するものの、今のサフィールMは動けないというほど弱っているわけではなく、その気になればその場から逃げ出せる。ダシルヴァも焦っている様子は無い。にもかかわらずここで大技を出すということは、それだけ自信があるということなのだ。そしてその用意は、サフィールMがそう考えている僅かな時間…数秒で完了した。同時にダシルヴァの姿が消滅し―――直後、背中を押さえつける重みと、首筋に猛烈な超高温を感じた。ダシルヴァが倒れ伏したサフィールMにのしかかり、体を押さえつけ首筋に灼熱の手刀を当てているのだ。ロゼルのように熱を叩き込むタイプではない。恐らく超高熱の手刀で切り裂く、溶断だ。そしてダシルヴァの手刀は衝撃波の刃を飛ばす。射程距離は数十メートル、密着した手刀がサフィールMの首筋やうなじの髪を焦がし、臭気がただよう。
逃げ場は無い。
「死ね。『デトネイション・フラッシュ』」
ダシルヴァの静かなつぶやきと共に、手刀は引かれた。
ルビアはビルからビルへと跳び移りつつ、駅前へと舞い戻っていた。その装束や周囲の空間には、弧を描く銀色のラインが輝いている。目覚める直前からアキラの事だけを考え、今にも『マリアージュ・リング』が発動しそうだった。発動時の光には、常人なら致命傷となる傷さえも一瞬で直す効能がある。駅前で闘っているはずのサフィールMを、そして可能であればモルガナスとアクアルマもその光で治癒しておきたかった。
「アカリ、駅でハデな音が聞こえるゼ!」
「闘ってる真っ最中なんだわ。早く行かなくては…アキラ…!」
ルビアは加速する。ビルの上から上へと跳び移るその姿は、地上から見れば空中に赤いネオンサインが光ったように見えただろう。銀の光とあいまって、その輝きは普段のジュエルのそれを遥かに上回っていた。
やがて駅前広場が見えた。内部から鋭利なもので切り裂かれたり、壁に何かがぶつかったのか外装のレンガが剥がれ落ちる。間違いなく駅ビルの中で両者が闘っていた。足元を見下ろすと、負傷したままへたり込んだモルガナスとアクアルマが見えた。二人はルビアに手を振り、すぐにアキラが闘っている駅の方を指した。
「アカリちゃん、中でアキラちゃんが!」
「天使と闘ってるワ! 早く助けてあげて!」
「わかってる!」
ルビアがそう返答した直後、駅ビルと隣のデパートの間に灼熱の閃光が発生した。『デトネイション・フラッシュ』の光だ。そして光は突然消え、一瞬後にビルの中に再び現れた。
(あそこに、アキラがいる!)
直感的に、天使が今まさにサフィールMの命を奪おうとしているのが、ルビアには判った。届かぬと判っていて、ルビアは手を伸ばした。今ここで、アキラを失っては―――
(アキラ。アキラ…アキラ……!)
ルビアはさらに加速する。その全身に銀の光が走り、ルビアは全身を赤と銀色に輝かせながら、真正面のデパートへと突撃した。その胸に、ジュエルを囲む銀色のリングが出現した。
「アキラ――― 『マリアージュ・リング』ッ!!」
ビルの壁を破壊し、赤い閃光がサフィールMの背に乗ったダシルヴァを吹き飛ばした。サフィールMは転がってダシルヴァから距離を取り、着地した赤い閃光の隣で膝を突き身構えた。赤い閃光…否、その輝きは誰よりも愛しい人の色だった。プリマ・ルビアこと堂本 緋李。鮮烈な赤の装束と髪、そして瞳。そして装束もまた姿を変えていた。幾分か大型化した肩のプロテクターには左右各二枚、計二対の小さな羽が生えていた。更に脛の側面と足の甲に新たなプロテクターが出現。当然、ジャケットの胸には大きくなったジュエル、それを取り囲む銀のリングがあった。
プリマ・ルビアM。ただ一人、サフィールM…アキラへの愛が生み出した進化だった。
愛する人の美しい姿に、サフィールMは見とれた。
「緋李ちゃん…綺麗…」
『マリアージュ・リング』発動時の閃光を浴び、サフィールMの、そして広場で座り込んでいたモルガナスとアクアルマの傷は一瞬で完治していた。外からモルガナスが二人を呼ぶ声が聞こえる。我に帰ったサフィールMは壁に空いた大穴から顔を出し、手を挙げて二人に答えた。
「アキラちゃん、アカリちゃん!」
「桃ちゃんにリオさん、大丈夫!?」
「オッケーよ! アキラ、あとは二人に任せてイイ?」
サフィールMが方を振り向くと、目が合った瞬間にルビアMはうなずいた。二人でこの天使のオーラクリスタルを浄化する。目が合った一瞬で全てが決まった。モルガナス達の方に向き直り、サフィールMが答える。
「まかせて。あたしと緋李ちゃんに!」
「わかった。頼んだよ、アキラちゃん!」
「アキラグランマのおうちで待ってるわネ!」
そう言い残し、二人は去った。精霊達に頼み、同じフロアやデパート、そして駅ビルに誰も残っていないことを確認する。
《アキラ、アカリ。みんな避難したプル》
《好きなだけ暴れちまえ!》
精霊達の声にうなずき、サフィールMとルビアMは並んでダシルヴァと向き合った。天使を前に二人の『デュエルブライド』は視線を交わし、小さく微笑み合う。
「これ、あたしと緋李ちゃんの初めての共同作業って奴?」
「汚いウェディングケーキだわ。ノーカンにして」
「それがいいや」
「最初の共同作業なら…」
ルビアMはそっと自らの胸のジュエルに触れた。
「あなたと私の願いがかなう時まで、取っておきましょう」
「…うん」
見つめ合い、うなずき合う二人。目の前にいながら蚊帳の外に放り出される形となり、しかも汚いとまで言われ、ダシルヴァは苛立ちに引きつった笑みを浮かべていた。最初に遭遇した一人である伊予がここにいれば、まさにその笑みが汚いのだと言っただろう。ダシルヴァの頬には傷があった。先刻ルビアMが到着した際、サフィールMの背に乗っていたところを殴り飛ばした際にできたものだ。彼女の怒りには不意の一撃を受けてしまった屈辱もあった。妹達と比べると怒りの沸点がだいぶ低いようだ。
「言うに事欠いて私を、天使の長女を汚物呼ばわりかい。いい度胸だ、君達」
「…アキラ。私が先に」
そういってルビアMが一歩前に出る。ダシルヴァの衝撃波の刃で左の手足を切断され、彼女は既に天使の技がいかに恐ろしいかを知っているはずだ。にもかかわらず前に出るということは、それを防ぐ手立てと自信…あるいは確信があるということだろう。サフィールMは何も言わず、ルビアMに任せることにした。ダシルヴァ相手にどう闘うか、ジュエルと精霊によるテレパシーでルビアMからサフィールMに伝えられる。作戦を聞いたサフィールMの顔に驚きが浮かび、すぐさま力強い笑みが戻った。
「私には仕事があるんだ。こんなところでイラつかされて、ミスでもしたらどうしてくれる」
「その前に休暇でももらうことね」
ルビアMの挑発でダシルヴァはさらに苛立ちを募らせた。その顔から表情が消えると、予告も無く踏み出し、瞬時に姿が消失する。合わせてルビアも前に踏み出し、姿を消した。両者が激突したと見えた瞬間―――フロア内に緩やかな風が吹いた。ダシルヴァの顔が驚愕にゆがんでいた。衝撃波の刃を複数出そうと、彼女は大きく広げた手を水平に振ろうとしていたのだ。それがルビアMの手に押さえられていた…そして、放たれたはずの衝撃波の刃は、ルビアMの手に触れて霧散、消滅したのだ。先刻の風は散らされた衝撃波であった。
そして、サフィールMはそれを見逃さなかった。
「―――しまっ」
「でぃやァァッ!!」
かがんだルビアMを跳び越え、ダシルヴァに飛び掛かって、顔面に右の拳を叩き込んだ。この瞬間、サフィールMの拳は初めてダシルヴァを捉えた。『エスカレーション・ソニック』を四度同時発動。秒速百五十メートル近くを誇る通常の拳打に対し、五十の四乗倍…六百二十五万倍の速度だ。初動の瞬間すら天使に見えぬ一撃がクリーンヒットし、ダシルヴァは大きく吹き飛ばされ、駅のコンコースへと押し戻された。
―――〔続く〕―――




