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第十三話Part3⑤



 ダシルヴァと向かい合ったモルガナスとアクアルマの表情に緊張が走る。相手は天使四姉妹の中でも最強と言われる長女だ。刃物状の衝撃波を飛ばす技、それを軽々とこなす身体能力と技量。そして妹たちが装備していたガントレットを、ダシルヴァは出現させていない…すなわち戦闘準備をしていない。つまり衝撃波の刃は、彼女自身の純粋な技能なのだ。二人と向き合ったダシルヴァは余裕の笑みを浮かべ…そして、二人の目の前に突然現れた。

 「本命(サフィール)じゃあないようだが、まあいいか」

 気付いたら指先が首筋に触れていた。全く気配を感じさせず、ダシルヴァは二人を殺すことができたのだ。

 「少し傾向を見てみるかな。一度確かめてみたかったんだ、我らが主に唾する地上の超人どもを」

 「―――ふざけるなっ!!」

 ダシルヴァの指先が鋭く伸びた瞬間、モルガナスの叫びに合わせて、二人はバック転で天使の手を蹴り上げた。鞭のようにしなやかな蹴りが超音速の手刀を逸らし、衝撃波がビルの外壁を貫通した。これが戦闘開始の合図となった。

 バック転で後退したモルガナスとアクアルマは、すぐに態勢を整えて構えた。だがその背後に突然気配が出現する。二人は左右に分かれて飛ぶと、両者の間の地面が突然抉れた。背後からのダシルヴァの手刀であった。

 「この私の突きを避けるとは!」

 ダシルヴァは驚きの声を上げながら、へらへら笑った顔を崩さずに両腕を構え、左右に分かれた二人に向けて振ろうとした。だが二人は急に向きを変え、モルガナスが地面に這いつくばってダシルヴァの脛へと水平回転蹴り、アクアルマは跳躍してダシルヴァの側頭部へ後ろ回し蹴りを放つ。ダシルヴァは二人の蹴りを手足で払うと、長い脚を高々と上げてアクアルマの蹴り足に引っ掛け、脚力のみで振り下ろし、モルガナスの顔面に叩きつけた。

 「うぐっ!」

 顔面と後頭部が激突し、モルガナスとアクアルマは折り重なりながら数メートル転がる。その真上から飛び掛かったダシルヴァの突きを、モルガナスは横に転がり、アクアルマは跳び退いて避けた。アクアルマは跳び退いてすぐ、布の反発力を利用して空中で三角跳びを敢行し、ダシルヴァの頭上から飛び掛かる。ダシルヴァが頭上のアクアルマに気を取られた一瞬、モルガナスは立ち上がって盾を装備した左腕を水平に振るう。モルガナスの柔軟な肩と遠心力、さらに盾のスライド機構を利用した斧のごとき強力な殴打。同時にアクアルマは布を左腕に巻きつけ、反発力の塊と化した手刀を振り下ろした。直撃すれば肉を抉り引き裂く恐るべき技だ。『ピュリファイア・フラッシュ』が意味をなさない相手に対し、二人が繰り出せる数少ない必殺の技だった。

 「っしゃァアッ!」

 「YAH!!」

 それぞれの必殺の一撃がダシルヴァの脇腹と肩に直撃した。だが―――素手で鉄を殴ったかのごとき手応え。二人の技をまともに受けながら、ダシルヴァは微動だにしなかった。せいぜい服が多少裂けた程度だ。

 「ほぉう…まあ及第点と言ったところか。普通の超人相手なら有効打、かなァ」

 黒羽がゴルディエに直撃させたパイルバンカーが、顔面に当てたにもかかわらず驚きすらされなかったという話は聞いていた。そのためモルガナスの盾の殴打は効かないかも知れないとは思っていた。だがアクアルマの布から発生する反発力すら、天使の肉体には通じないのだ。本当に人類と同に肉体かと戦慄する二人を見て、ダシルヴァは笑みを深めた。

 「もう少し観察させてもらうか」

 危険を感じ、モルガナスとアクアルマは咄嗟に離れようとした。だが二人が行動するより早く、ダシルヴァの超高速の二段蹴りが両者へ放たれ、ほぼ同時に二人の腹に深々とめり込んだ。一撃で内臓を破壊され、二人は血を吐きながら吹き飛ぶ。ダシルヴァは上空に吹き飛ばしたアクアルマを追って跳び、首に浴びせ蹴りを当てるとそのまま膝を引っ掛け、ギロチンドロップの要領で落下しながら地面に叩きつけた。落下した路上にアクアルマの上半身がめり込み、舗装が粉微塵に砕け散る。アクアルマの口から再び血が吐き出された。

 「がぁハッッ…」

 「リオさん! こんにゃろ、どけェッ!」

 吹き飛ばされて地面に倒れたモルガナスが身を起こし、すぐに駆け寄る。ダシルヴァは片脚だけで立ち上がり、瞬時に踏み込んでモルガナスの顔面に前蹴りを叩き込んだ。突進していた勢いのままに激突し、モルガナスの上体が大きくのけ反る。上向いた顔面の真上から、ダシルヴァが立て続けに踵落としを見舞う。直撃し、モルガナスは後頭部から地面にめり込んだ。アスファルトを破壊して深々と沈み込み、額や鼻から血をまき散らす。

 「モモになにをするノ!」

 アクアルマが跳び起き、ダシルヴァに飛び掛かる。布の反発力を利用して空中で加速し、首を狙って鋭い蹴りを放つ。しかしダシルヴァはモルガナスの顔面に足を乗せたまま、もう片方の脚を垂直に上げて飛び蹴りを払う。アクアルマは空中でバランスを崩した。ダシルヴァはそのタイミングを逃さず、続けて繰り出した後ろ回し蹴りでアクアルマを吹き飛ばし、先刻粉々にしたアパレルショップの残骸に叩き込んだ。

 「あぅぐっっ!!」

 瓦礫を粉砕し、アクアルマはビルの破片の中に倒れ込む。そのタイミングでダシルヴァはモルガナスの顔面を足場に、倒れたアクアルマの真上まで跳んだ。モルガナスは鼻血を拭いて立ち上がり、すぐに跳んでダシルヴァに追いすがる。ダシルヴァは追いついてきたモルガナスを真下に蹴り落とし、またもアクアルマと激突させる。着地すると重なった二人を瓦礫ごと蹴り飛ばし、ビルの外壁に激突させた。重なった二人は、モルガナスを上にして壁にめり込む。

 「おぁっ…!」

 激突に加えてコンクリート片…それも常人に直撃すれば圧死するような重量の破片が次々と降り注ぎ、二人を痛めつける。更には降り注ぐ瓦礫にまぎれてダシルヴァが跳躍。モルガナスの背にドロップキックを叩き込んだ。両者の肋骨が砕け、硬質な破壊音が重なる。二人の苦し気なうめき声が響いた。

 ダシルヴァが着地すると、モルガナスとアクアルマが折り重なって地面に倒れ込んだ。砕けた肋骨の痛みに耐えて立ち上がろうとするが、ダシルヴァが左手を高々と上げた瞬間に二人の動きが止まる。衝撃波の刃で二人の肉体を切断し、止めを刺す気だ。

 「まあ、ただの超人としてはそこそこ優秀な方だろう」

 モルガナスとアクアルマの額に汗が流れる。だが同時にモルガナスが何かを思いついたらしく、意味ありげにアクアルマに視線を送った。アクアルマがうなずく。モルガナスは離れ、アクアルマと並んで二人で座った。二人は口や鼻から大量に血が流れ、整った顔にも痛々しい傷があった。だがその目は何かを狙い、強い意思を秘めている。ダシルヴァはそれを気にも留めず、掲げた手を指先までピンと伸ばし、水平に構えた。

 「少し時間をかけすぎたな…そろそろ消すか」

 そう言って、ダシルヴァが手刀を振り抜いた。衝撃波の刃が二人の首を切断し、屍を二つ晒す―――筈であった。重い物体同士が激突する音、壁にめり込むモルガナスとアクアルマ。そして、上体をわずかにのけぞらせたダシルヴァ。天使の目は驚愕に見開かれ、表情が固まっていた。その右肩に大きな傷が開き、血が流れていた。壁にめり込んだモルガナスとアクアルマは、それぞれに盾と布を構えていた。カッと見開かれていた二人の目が、してやったりとばかりに細められた。

 モルガナスの盾は、磨き上げられ丸みを帯びた表面で相手の攻撃を受け流すことに特化して形作られている。これによって衝撃波の刃を受け流し、アクアルマの布の反発力で跳ね返したのだ。直撃こそ避けられたが、ダシルヴァの肩を切り裂くことに成功した。ダシルヴァが構えた一瞬でモルガナスが思いつき、それをアクアルマにテレパシーで伝えたのだ。自身の身に起きたことを理解できないダシルヴァに、モルガナスとアクアルマが笑いながら勝ち誇る。

 「へっへ、どおよ…アタシとリオさんの起死回生の一撃!」

 「モモは天才だわ。メッチャ痛いけど…ネッ…く、あぁあっ!」

 アクアルマが言う通り、盾と布を構えたモルガナスとアクアルマのそれぞれの左腕は、折れた骨が飛び出し皮膚も裂けて大量の血が出ていた。衝撃波の刃を跳ね返すことには成功したが、その威力自体は殆ど打ち消すことができず、結局二人の左腕を完全に破壊したのである。のみならず、その足元に盾の破片と千切れた布、砕け散った標準装備の手甲がこぼれ落ちた。威力に耐えられなかったのは二人の装備も同様であった。

 「いっっっったぁ…でもリオさん、アタシたち頑張ったよね」

 「ええ、天使サマもビックリしてるもの。ただのブライドにここまでされるなんて思わなかったわよネ」

 左腕は最早使い物にならず、肋骨も砕け全身が痛む。武器も砕けた。最早闘う力は無い。だが、二人は希望を失っていなかった。二人の親友である伊予がが、緋李を連れてアキラの祖母の家に辿り着き、そしてアキラをこちらに送ってくれるのだ。ピッキィは慌てて二人を促すが、モルガナス…桃には絶対の確信があった。

 「モモっピもリオっピも、呑気にしてたら殺されちゃうっピ! 逃げるっピ!」

 「大丈夫だよ、ピッキィ…アキラちゃんは絶対来てくれる。アカリちゃんもおばーちゃん家に着いてる。イヨちゃんが二人を助けてくれる」

 「ビリービングがビッグすぎるポ」

 「アタシ達の親友に、アタシが一度好きになった人、その人の恋人、だもの。隣にはアタシの彼女がいるし。疑う理由は一つも無いじゃない」

 「そうネ。それにアキラは、ワタシたちみんなを助けてくれたもの。みんなのヒーローなのヨ」

 やや呆れ気味のシーヤンに対し、二人は笑って見せた。

 一方のダシルヴァは、切り裂かれた自らの肩に触れ、二人の武器や砕けた腕を見て初めて状況を理解したらしく、自らの指先に付着した血を呆然と眺めている。その顔が少しずつ歪み、笑っているのか怒っているのか一目では判らない、筆舌に尽くしがたい表情になっていた。

 「ほぉ?」

 その時初めて、ダシルヴァは二人のブライドを正面から見た。驚愕から屈辱、次いで怒りを浮かべながら、口元だけは笑っている。おぞましい表情だった。ダシルヴァは最早起き上がれぬ二人に歩み寄り、見下ろした。

 「この程度の奴らに返されるとは。普段デスクワークばかりなのが災いしたか」

 どうあっても二人のブライドの実力、あるいは作戦勝ちなどとは思いたくないのか。額には青筋が浮き、口元の笑みは引きつっていた。

 「そのまま働き過ぎの過労で寝込んでればよかったのに」

 「カローシって言わない当たり、モモはいい子ネ!」

 「……」

 モルガナスらの挑発で、ついにダシルヴァの顔から表情が消えた。怒りのままに彼女は足を振り上げ、振り抜く―――そう思った瞬間、真上から声が聞こえた。

 「桃ちゃん、リオさん!!」

 ダシルヴァと二人の間に、真上から落下してきた青い姿が着地して、ダシルヴァの蹴り足を右腕のガントレットで防いだ。天使たちにとっての本命のターゲット、サフィールMだった。休息と祖母らが用意した朝食で気力も体力も取り戻し、その姿にはいつもの活力が満ちている。

 「アキラ!」

 「来てくれた! アキラちゃん!」

 歓喜に湧く二人の方を見ず、サフィールMはあくまでもダシルヴァから目を離さない。だがその背に受けた喜びの声を受け、サフィールMは背後の二人に向けて拳を握って見せた。

 「遅れてごめん。伊予ちゃんからだいたいの話は聞いた」

 「アカリは助かるノ!?」

 「もちろん! 伊代ちゃんがお祖母ちゃん家に届けてくれた。今は精霊のみんなが助けてくれてる!」

 サフィールの言葉を聞き、モルガナスとアクアルマは顔を合わせ、高々と掲げた右手でハイタッチを交わした。一方で対するダシルヴァは、つい今しがたの無表情から一転して、モルガナスらと遭遇した時の締まりのない笑みを浮かべている。否、遥かに邪悪な笑みだ。天使でありながら、その顔は毒蛇に似ていた。

 「私の話を聞いたか。ガントレットの無い私の話を」

 「妹たちとお揃いのガントレット。あなたも持っているんだね」

 「私が作った物さ。本来なら能力拡張用でね、私はフルスペックで使える。馬鹿者の妹達は馬鹿力のためだけに使っていたようだが、引き出すには実力が足りないだけさ」

 ダシルヴァが前に出した両腕に、甲高い金属音とともにガントレットが出現した。

 「ただ私の体力も、これのフルスペックには追いつけない。長時間これを使うとえらく疲れるんだ」

 そう言いながら、ダシルヴァはガントレットを自慢げに見せた。その直後、ダシルヴァの両腕が消失した―――そしてサフィールMの足元、モルガナスとアクアルマの周辺の地面に無数の亀裂が出現した。出現としか思えぬほどに突然だったのだ。ガントレット装備前の一度につき一発ではなく、一度の動きで衝撃波の刃を複数発放ったのである。しかも両手の動きとは全く無関係に、衝撃波の刃が拡散した。天使に匹敵する戦闘能力を持つサフィールMの動体視力をもってしても、ダシルヴァの腕が消失した瞬間までしか視認できなかった。

 伊予から聞いた衝撃波の刃、モルガナスらを叩きのめした打撃の技…サフィールMはこれを直感的に蹴り技と見た。これにガントレットによる衝撃波の刃の拡張が加わることで、相手が恐るべき敵であることをサフィールMは察した。

 「ごめん、桃ちゃんリオさん。迂闊に動かないで。さすがに守れる自信が無い」

 「わかった。…アキラちゃん、任せたよ」

 「うん」

 ダシルヴァが両手を構え、戦闘の意思を見せた。相手が自身に匹敵しうる相手…サフィールMと知ってか、わずかながらも警戒を抱いている。モルガナスらを相手にした時の、何の構えも取らなかった時と同じよう異なる。

 「いくぞサフィール」

 ダシルヴァのその声が、第二ラウンド開始の合図となった。高速で踏み出した両者が、駅前ロータリーの中央で激突。拳と手刀突きが交差し、重い金属音が連続して周囲に響いた。



 アキラの祖母の家に到着し、ヘリオールはすぐに変身を解いて伊予の姿に戻ると、ルビアを布団の上に下ろした。集まったブライド全員のパートナー精霊がルビアの左半身に集まり、一斉に治癒を始めた。『マリアージュ・リング』によってペルテとシプルゥの治癒能力は強化しており、切断された左の手足はつながり、大きく切り裂かれた脇腹の傷も塞がっていた。だが、あまりにも血が流れ過ぎていた。到着したヘリオールの装束が赤い血にまみれていたことで、全員がすぐに危機を察し、迅速な行動に移ったのである。

 倒れ伏したルビアの周りでブライド達が無事を祈る。一方、ルビアを運び込んだ伊予は部屋の隅に座り込み、うなだれていた。親友を置き去りにしてしまったことを彼女は悔いており、今すぐにでも戻りたいのを押さえて、ルビアをここまで運んできたのである。自身の行動で一つの命が…それも大切な仲間の命が消えてしまうことを恐れ、伊予はどうしても立ち会うことができずにいた。

 「頼むよ…頼むから、目を覚ませよ…でなきゃ、私がやったこと、全部無駄になっちまうから……」

 桃、リオと共にルビアが蘇生する可能性に賭けたからこそ、伊予は無我夢中でルビアを連れてきたのだ。だがその後冷静になり、友の死の恐怖に苛まれ、ルビアの無事を祈りながらも涙を流し続けていた。その手を横からひまりが握る。

 「伊予さん、泣かないでください…」

 「ひまり…」

 「大丈夫です。緋李さんは絶対目を覚まします。おばあ様の見立てでは、傷は治ったから、あとは本人が目を覚ますだけだって」

 「でもよ…でも、あんなに血が」

 「伊予さんの運動能力のおかげで、失血死に至らず回復が間に合いました」

 伊予は顔を上げ、穏やかに笑うひまりを見つめた。握られた手が温かい。

 緋李さえ助かれば、あの場で天使に叩きのめされたであろう桃達も、今まさに天使と闘っているアキラも、きっと助けてくれるだろう。そう思ったからこそ、伊予は緋李の運び役を引き受けたのだ。ビルもマンションも獣のごとき疾走で越え、途中で出会ったアキラに桃とリオのことを託し、同時にルビアのことも任され、全力でその信頼に応えたのである。

 「だから助かります。緋李さんは絶対に目を覚まします。伊予さんが助けてくれたんですもの」

 「……」

 伊予だからこそというその言葉は、慰めでも気休めでもなくひまりの確信であった。不安にくれる伊予は、ひまりがうなずくのを見て自らもうなずき返した。

 「その伊予さんが自信を失っちゃだめです。でもそれが出来ないなら、わたしが絶対に信じます」

 「…うん」

 まるで性格が違うのに、時折理由も無くそばにいてくれる彼女の存在が、今この時ばかりはとても嬉しかった。数秒間二人は無言で見つめあう。と、そこに菫が割り込んできた。

 「あんたら…こんな時にガムシロップみたいなオーラ出してんじゃないわよ」

 「あっ…す、すみません」

 「ほら二人とも、相方の精霊が頑張ってくれてんだから。応援くらいしてやりなさい」

 菫に促され、伊予とひまりは手を取り合って立ち上がると、ルビアを囲むブライドの輪の中に混ざり、ともに精霊に声援を送った。台所ではアキラの祖母がサンドイッチか何かを作っている。目を覚ました緋李が空腹を訴えるだろうから…と言っていたが、血の足りない今なら本当にそう言い出しかねない。天使の三姉妹はといえば、流れ出た血を拭いたタオルを洗濯しているらしい。

 「そうだよな。アキラにも会いたいだろうし、緋李は絶対目ぇ覚ますよな」

 「はい」

 再びひまりと見つめ合ってから、伊予はルビアに視線を向けた。

 運んできた時は苦しげな顔だったのが、今では幾分か安らいでいる。呼吸も落ち着き、汗もだいぶ引いていた。体の調子は戻ったようだ。復活の時は近い。



 無数の宝石の柱が並ぶ異空間の中、緋李は一人佇んでいた。否、目の前の低めの柱にはパミリオが座っている。二人は自分たちに何が起こっているかを把握できず、本来なら変身の際に飛び込む空間のなかで困惑していた。駅前で衝撃波の刃を受けた所までは憶えているが、それ以降は意識をなくしてしまい、現在の事は判らなかった。だがいつもの変身時と異なり、宝石の柱が不規則に明滅している…何かしらの異常事態が起こっていることだけは判った。

 「パム、私達は今どうなってるのかしら」

 「あの状況だから、死にそうになってんのかもナ…」

 「…そんな」

 天使の技を受けた左半身に触れると、痛みが無い代わりに手に触れた感覚がどこか朧気だった。恐らく左半身が機能しなくなっているのだ、と緋李は悟った。もし全身の感覚が同じようになってしまったら、その時は少なくとも肉体的には死んだ状態である…ということだろう。肉体は動かせず、ただ意識だけがこの場にある…そしてパミリオもここにいる。治癒もできず死んでいくしかないのか。緋李がそう思った時、パミリオが柱の上から手を伸ばし、モフッと緋李の頭に触れた。

 「アカリ。ハルやステラが言ってただロ、ジュエルは恋の願いを叶えてくれるって」

 「…恋の」

 「アキラが待ってるんだゾ、アカリ」

 アキラが待っている。その一言で、諦めかけていた緋李は思いとどまった。そしてジュエルは恋の願いを叶えてくれるという…『マリアージュ・リング』を発動した二人が結ばれたことで、その発言は実証済みだ。

 「みんなもきっと助けてくれるゾ。オレも頑張るからアカリ、オマエも頑張れ!」

 「ええ」

 緋李とパミリオは異空間の中で目を閉じた。緋李はひたすらアキラの事だけを考えた。初めて会った時の視線から、アキラの一挙手一投足が全て愛しい思い出だ。自身を、そして友を救い続けたアキラが、今では天使…そして家族に苦しめられている。一人で抱え込むことばかりだったアキラが、昨夜助け出した直後につぶやいた、疲れたという一言…助けてほしいというサインを思い出す。まだ本当の意味で、アキラを救えてはいない。

 頭上に太陽のような光が見えた。精霊達、そして仲間達の声が聞こえる。その中にアキラの声は無い…いま、天使と闘っているからだ。

 「アキラ…すぐに行く。待っていて」

 緋李は頭上の光に手を伸ばし―――



―――〔続く〕―――

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