第十三話Part3①
変身ヒロイン百合アクション第十三話、第三部。
一部のキャラクターの言動が不快に感じられる可能性があります。
苦手な方はブラウザバック、ブラウザを閉じるなどしてください。
ロゼルのクリスタルを浄化した日の帰り道、緋李は自分達の関係を母に伝えたというアキラの話を聞いていた。ただ、家を出てくる前に母に言っただけで、まだどういう反応かは判らないという。
「…判ってくれると思う?」
緋李に問われてアキラは首を横に振った。その表情に、小波に理解を望んだときのような希望は無かった。家族…それも母に対して、理解を求めてはいないということか。それとも最初から期待していないのか。
「思わない」
「どうして?」
「わからない。どうしてかな」
理由も判らずに信頼できないということは、その不信はアキラ自身の心に強く沁みつくほどの…それこそ生来のものかも知れない。だがその上で二人の恋愛関係を母に伝えたということは、相当な覚悟を持ってのことだと緋李には判った。そして、それに対する代償があまりに大きい可能性も。
ならば自分も同じ覚悟を背負うべきだ、と緋李は決めた。
「…私も母に話してみるわ」
緋李の宣言に、アキラは驚きを隠せなかった。
「でも、何を言われるか」
「あなただけでは不公平よ。…私達、運命の人でしょ」
緋李はアキラの手を握った。その決意が固く重いことを、アキラもよく知っている。二人は互いが神の許へ行くのを止めるため、命を懸けて互いを止めようとした仲でもある。緋李もまあそれだけの覚悟を抱いている、アキラにもよく判った。
二人の家の近く、分かれ道に来たところで二人は手を離した。緋李は現在実家に泊まっており、何かあればアキラの自宅にすぐ向かえるようにしていた。
「じゃ、また明日ね」
「うん」
名残惜し気に別れを告げ、緋李は自宅に帰った。意を決して玄関のドアを開け、リビングで母に出迎えられると、その対面に座って真正面から目を合わせた。緋李の母は何か大切な話があるものとすぐに理解し、自身も姿勢を正した。
「母さん。言わなくてはいけないことがあります。聞いてくれますか」
「…それは、大事なことなのね?」
「はい。―――私、お付き合いしている女の子がいます」
ジュエル・デュエル・ブライド:
第十三話「Paradise in flames」
Part3:”No sanctuary”
アキラと連絡が取れない。
その話は小波からアキラの祖母と緋李に伝わり、またたく間にブライド全員に広がった。電話をかけてもLINUメッセージを送っても反応が無く、特に電話は何度掛けても着信拒否されていた。緋李と小波がアキラの家を訪問したが、アキラの母からは外に出られないと言われた。門前払いを受けるのみならず、緋李は険しい視線を向けられ、話しかけても無視されるありさまだった。これらの状況から、アキラは家に閉じ込められているのではないか、とブライド達は推測した。
この日はアキラの祖母やステラ姉妹らが引っ越したアパートに集まり、ブライド達に加えて祖母も交えて会合していた。さすがに十六人となると少々手狭だ。そんな部屋で、ブライド達の話を聞いた祖母の顔が青ざめた。
「そんな…」
「あくまでも推測です。でも電話も対面もできないなんて異常です」
緋李の説明を聞き、祖母は相当ショックを受けていた。親がその娘を家に閉じ込めた…しかも閉じ込めているのが自分の娘、閉じ込められているのは孫娘だ。無論この段階では確かなことと言えないのだが、それも的外れとは言えない状況だ。
そしてそれが事実だとしても、アキラの母がそのようなことをする理由は判らなかった。ただ、発端となったかもしれない事情はある。やむなく緋李はその事情も説明した。
「アキラ、クラスの男子を殴ったんです。顎の骨や肋骨まで折ったとか」
「えぇ…そんなの、聞かされていないわ」
「アキラから聞いていませんか? …すると、おばあ様に気を遣ったんですね」
「じゃあ停学…? でも、こんな時期で、しかもお話までさせないなんて…やっぱりおかしいわ」
祖母が疑うのも当然だった。
先日からの隕石災害こと天使による破壊行為を受けて、近辺の学校は一斉に休校になっている。そのような状況で停学にしたところで意味はなく、停学にするなら学校の再開後が妥当なところだ。さらに罹災を防ぐために外に出ないことは全く不自然ではないが、着信拒否までする必要は無いはずだ。むしろ友人の安全を確認するよう勧めるのが常識だろう。
何より奇妙なのが、緋李に対するアキラの母の攻撃的な態度だった。最初の訪問の時に友人と説明し、更には小波に同行した時にまでそうなのだから、不自然なこと極まりなかった。母は突然増えたアキラの友人たち…ブライドの仲間達を、ただの危険な集団と見做し、アキラに合わせないようにしているのかもしれない。ステラと雪は、アキラの母が自分達と対面もせず、祖母に散々愚痴をこぼしていた日の事を思い出していた。
「もともとそういう人なんだよ、あの人! 意地悪な人!」
怒りの声を上げる雪は、未だに当時の不快さを忘れられないようだ。そんな雪を撫でつつ、祖母は緋李に尋ねた。
「アキちゃんとお友達だとは言っていないの? 緋李ちゃん」
「初めてお会いした時に言ったんですけれど、すごく睨まれたんです。多分、私達の関係に気付いたのだと思います」
「関係?」
あの時確かにアキラの母は、二人の間にある雰囲気に勘付いていた。
これを説明するには、二人の関係について祖母にも話す必要があった。緋李は仲間達を見回し、了承を求めた。ブライドは全員が無言でうなずいた―――何かあれば、自分たちが責任を持ってアキラを守るという意思表示だ。それを確認し、緋李は祖母の方に向き直った。
「私とアキラ、付き合ってます」
アキラから聞いてはいなかったようだが、祖母は驚かず得心が行ったようにうなずいていた。彼女は実の姉妹である黒絵と黒羽、そして保護しているステラとその友達の晴が恋愛関係にあることを知らされ、桃とリオが交際していることも聞いていた。
「じゃあ、五月頃に好きな人と闘うって言ってたのは」
「私の事です。アキラにはその時、ジュエルを浄化してもらって」
「そうだったの…」
話を聞いた祖母は、黙って緋李の頭を撫でた。
「ありがとうね。あの子を好きになってくれて」
「……いえ」
緋李は照れてうつむいた。小波に続き、アキラとの恋を受け入れてもらえたことが嬉しかったのだが、素直にそれが言えなかった。
ブライド達は祖母を交え、まずはアキラと連絡する方法について相談し合った。電話が通じず対面もできないとなれば、精霊達に頼んでテレパシーを行うしかない…のだが、家の周辺でうろつく不審者と疑われる可能性があった。過去の経験から、テレパシーが可能な範囲が決して広くないことは全員が知っていた。緋李は実家でアキラへのテレパシーを試したが、ぎりぎりで有効範囲外にいるためか通じることは無かった。何より精霊が集中しなくてはいけないので、長時間のテレパシーはできないのだ。そこで祖母が提案した。
「スマホで話してるフリをすればいいんじゃない?」
なるほど、と祖母の提案にブライド達がうなずいた。それが思いつかなかったのは、便利なテレパシーが常態化していた弊害であった。
「まず、アキちゃんから真相を聞き出さないといけないわね。私が聞ければいいんだけど」
「グランマは、アキラママと仲良くないノ?」
そこで乗り出したのが、生前に祖母からジュエルを受け取ったリオだった。彼女の祖母は、亡くなるまでリオの幸福な出会いを願っていたという。両者の仲はきっと良好だったのだろう。それだけに、親子でどうも仲が良くないらしいことを察知したようだ。アキラの祖母は悲し気に笑った。
「ええ…ちょっと昔ね、色々あって」
「悲しいワ。ファミリーなのに…」
リオの悲しみも尤もだった。互いに信頼し合わねば形を為せない『家族』という共同体が、不信感によって同じ空間にいながら崩壊してしまう…住居こそ半ば廃屋のような旧市営住宅であったものの、死別するまで両親の愛には恵まれていた彼女にとって、それは他人事であっても耐えがたいのだろう。だが、祖母はあくまでも苦笑だけで答える。
「そうね。でも、もう修復のしようがないもの。それより、今はアキちゃんのことよ」
「フニ~」
ブライド達はアキラの祖母、そこにいつの間にか混ざりこんでいたトラ猫を交え、かくしてアキラとの接触方法を探る会議が進められた。
数日前、アグレアとゴルディエのクリスタルが地表に落下する前の日の夕方。晴と別れて家に帰った直後のアキラを待っていたのは、暗く険しい顔をした母だった。予想通りだった。家の中の空気は重苦しく冷たく、リビングに一歩踏み込むだけで気持ちが沈み込むようだった。何も言わずに部屋に向かおうとするアキラを、母が冷たい声で止めた。
その声にアキラが抱いたのは、うっとうしいという苛立ちだった。
―――さっき、担任の先生とあんたが殴った子のお母さんが来たのよ。
曰く、あのチャラ男の母親とやらに一方的になじられ、全治数ヶ月の傷を負わされた息子の治療費をよこせとわめき散らし、緋李を紹介しろと頼んだ程度で暴行に出たアキラのことも罵倒していたという。幸いにもアキラと緋李が恋愛関係であることは知らなかったらしいが、自分の息子の邪な欲望についてはついぞ何も言わなかったそうだ。
対する担任は終始アキラをかばい、一方の母はアキラが全面的に悪いとひたすらに謝ったということだ。校内暴力事件の加害者と被害者の話し合いの場として、よくある光景だったのかもしれない。結局は決着がつかず、また別の日に話しあうことになった。
―――あんた、いつになったら話してくれるの? もう三ヶ月になるのよ!
母が言うのは、アキラが初めてひまりのジュエルを浄化した日…夜遅くに帰宅したアキラの、半ば苦し紛れの釈明のことだった。
ブライドのことを話すということは、アキラの恋の相手について話すということでもある。だが一般人である母に説明するには、事態の規模はあまりにも巨大になっていた。そしてアキラは、母が自分と緋李の恋を受け入れてくれるものとは、どうしてか微塵も思えなかったのである。
アキラは、ただ一言、ごめんと謝る程度の事しか言えなかった。立ち上がった母がその肩を掴み、詰め寄る。
―――ねえ、いつまでお母さんを心配させる気? それともお母さんは話す価値なんて無い? 信用無い?
―――それに今日もいきなり外に出て。こんな時に、そんなに付き合ってるっていう女の子に会いたかったわけ!?
母が言い出した時、カッと頭に血が上った。幸い居間には二人以外おらず、外にも聞こえた様子は無かった。だがアキラが葛藤の末に打ち明けたことを、苛立っているとはいえあまりにも簡単に口に出してしまったその言葉に、アキラの怒りは爆発してしまった。
『うるさい…』
『は?』
『うるさい! うるさいうるさいうるさい! 黙れ、黙れ、黙れ!!』
「だまれぇぇぇ!! ―――ぇっ、あ」
気付くと暗い部屋の中、ベッドに横たわっていた。つい先日のことを夢に見て、寝言で叫んだ自らの声で目覚めたようだ。ふと目元に触れると、両目から涙が流れていることが判った。爆発した怒りの中には、母が味方してくれなかったことへの悲しみも籠っていた。事情は判らないが娘を信じると、何故言ってくれなかったのだろう…。
枕元に置いてあるはずのスマートフォンを取ろうとしたが、その掌に枕元の木製の棚が当たったことで、自分のスマートフォンが取り上げられたことを思い出した。顔を上げて目覚まし時計を見る。マラミュートのキャラクターの造形が施された時計は、夜中でも時刻が見えるように、周囲が暗くなると自動的にLEDライトで盤面が照らされるようになっている。時刻は真夜中の十二時近く。気づいたらまた夕食も採らずに眠っていた。
(…天使がふたり、降りてきたはずだけど)
アキラを外に出さないよう常に母がリビングに座りこみ、スマートフォンも取り上げられてから何日かが経過していた。かろうじて手元に残ったジュエルの熱で、アキラもアグレアとゴルディエの出現、そしてエメルディとクリスタの『マリアージュ・リング』の発動は知っていた。だがブライドの仲間達と連絡は取れず、近辺に被害も無いために避難所に向かうことも無く、結局数日間閉じこもったままだった。変身して窓から出れば仲間達や祖母と連絡が取れて、この問題を解決する手立ても立てやすくなる。だがそれができないのは、まだわずかに残っている…残っていると思い込んでいる、母への期待と罪悪感からだった。
(ごめん、みんな…)
仲間達、あるいは祖母も、アキラの今の状態に恐らく気付いている。どうにか連絡か外出の手段を講じなければ、天使が出現しても闘うことはできない。天使の人数は判らないが、まともに天使を相手にできるのは、アキラを除けば晴とステラの二人だけ。それとて一対一の戦闘はできても、闘いそのものが長期化すれば疲弊する。きっかけが判らない以上、他のブライド達の『マリアージュ・リング』発動に期待はできなかった。
アキラは起き上がり、ベッドに座ってぼんやりと天井を見上げた。
(緋李ちゃん…会いたいなあ)
一度だけ、緋李と小波の声が聞こえたこともあった。だが母は二人を通さず、緋李に至っては完全に無視していたようだった。二人が去ったタイミングを見て窓から顔を出そうとしたが、母の階段を上る足音と呼ぶ声が聞こえたために諦めた。
自分を友人たちと…特に緋李と会わせないようにしているのだ、とアキラは確信した。緋李と小波への異様に攻撃的な態度がその証拠だ。本人はアキラの事を守っているつもりなのだろうか。
その一方、階下から聞こえるニュース番組の声で、リオが所属している劇団の公演は続行していることがわかった。それを聞いた両親が他県に行くことを話しているのを、父が帰ってきたわずかな時間の間に聞いたこともあった。父は大通りにある会社のビルが倒壊したため、現在もその後始末に追われており、ここ数日は殆ど家にいない。
おかげで引っ越しが実現する気配は今のところ無いが、天使はアキラを殺しに来たはずなので、仮に逃げたところで追ってくるだけであろう。両親が本気で考えているとすれば、実行する前に何としても脱出しなければならなかった。
ふと、枕元に横になっているプルと目が合った。どうやらアキラにつられて目を覚ましたようだ。目覚まし時計のLEDの薄明りの中、プルが小声で尋ねる。
「アキラ、またゴハン食べなかったプル?」
プルの目にはわずかにこけたアキラの頬が見えた。閉じ込められてから二日か三日程度だが、アキラは一度も食事を採っていなかった。半ば意地になった籠城のような行為でもあり、母が少しでも自分の話を聞いてくれようと歩み寄るまで籠るつもりであった。更には睡眠時間も不規則になっている。空腹と複数のストレスを合わせ、結果として心身が異様なほど疲弊していた。
「うん…」
「ちゃんと食べなきゃだめプルよ。いざというときに動けないプル」
「判ってる。でも食欲ないんだもの」
「むう…」
ストレスを感じている最大の理由は、プルにもよく判っていた。
「…アカリに会いたいプル?」
「うん…」
恋人同士になってからほぼ毎日会っていた緋李と、たった数日だが今は会えずにいた。
母が緋李を敵視する理由が、アキラにはどうしても判らなかった。初対面から害虫に向けるような視線でアカリを見て、それを隠そうともしないほどの嫌悪感…ここしばらく母とはすれ違い気味だが、今回閉じ込められたことといい、行動が過激になってきている。
「それにはアカリとのこと、ママさんにちゃんと話さないとダメだと思うプル」
「…うん」
「ボクはあんまりしてほしくないっていうか…わかってはもらえないと思うプル。でもアキラは、仲直りしたいプル?」
「うん。小波はちゃんとわかってくれたし…聞いてもらえるって、あたしは信じたい。家族だもの」
和解を望む当のアキラ自身が本気でないことは、視線を泳がせながら発言する姿でプルにもすぐに判った。だがアキラがそう願うのなら、それを支えるのが自身の仕事だとプルは考えている。アキラの手に小さく丸い手を置き、目を見て励ました。
「アキラがそう言うなら、ボクも支えるプル」
「…ありがとう、プル」
「アキラは相手のことをまっすぐ見る、誠実な人プル。みんなもアキラの誠実さに惹かれたって、ちゃんと話せばママさんも判ってくれるプル」
「そっかなぁ。おだててんじゃないの?」
「ボクはアキラのことを三ヶ月間見てたプル。疑うプル?」
少しだけ眉間にしわを寄せるプル。パートナーが冗談交じりに不機嫌になってみせたのが、もちろん演技であるとアキラには判っていた。
「ごめん、今結構気持ちが暗くなってる。褒め言葉を素直に受け取れない」
「状況が状況だけに仕方ないプル。ここを出られれば何とかなるんだけど…」
二人は脱出か、外部との連絡を取る方法を考えつつ、窓の外を見た。夜空は分厚い雲に覆われている。ここ数日は不穏な空気に当てられたかの如く、悪天候が続いていた。その夜は結局アキラもプルも眠れず、空が白み始める時間になっても眠気は訪れなかった。
―――〔続く〕―――




