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第十三話Part3②



 日が昇り、階下から母が朝食を知らせる声が聞こえた。アキラはこの日もそれを無視し、ベッドに臥せった。食欲不振から食事を数日断ち続けた結果、動くのも億劫になってきたようだ。そこへ階段を上ってくる音、そしてノックの音が聞こえた。

 「姉ちゃん、ご飯持ってきたよ。食べなって」

 弟のカオルだった。彼も姉と母の確執…そしてその発端となった、アキラが男子生徒を殴ったことは知っている筈だ。今は静観を決め込んでいるようだが、少なくとも母に味方している様子は無い。中立なのか、今の状況を無視しているだけなのか。弟ながら、カオルには少々読めない部分がある。

 「いらない…」

 「食べないと体壊すよ。それにさ、姉ちゃんの言い分も聞かせてほしいし」

 「話すことなんか無いよ」

 「母さん、ずっと姉ちゃんのことでグチってる。たちの悪い友達がどうとかって。でも姉ちゃん、変な人たちと付き合ってるわけじゃないんだろ」

 アキラは弟の言葉にわずかながら耳を傾けた。どうやら母の愚痴とやらだけを信じているわけではないようだ。横に座ったプルが、アキラの手に自身の丸っこい手を置き、何かを促すようにうなずいて見せた。少し話してみようと言いたいようだ。アキラもうなずき返し、ジュエルを机の引き出しに入れるとドアを開けた。途端、朝食の香りが部屋に満ちた。トーストにスクランブルエッグ、レタスとトマトのサラダ。そしてコーンポタージュと野菜ジュースを乗せたトレイを、カオルは持ってきていた。

 「入って良い?」

 「うん」

 アキラが部屋に迎え入れると、カオルは朝食を机の上に置き、机の前の椅子に座った。アキラは再びベッドに腰かける。そのやつれ気味の顔に、カオルも眉をひそめた。

 「気分が良かったらでいいから。朝ご飯、食べなよ」

 「うん…」

 そう返事をしたものの、朝食を目の前にしてもアキラの心は晴れなかった。カオルは一つため息を吐き、身を乗り出して姉に尋ねた。

 「さっきも聞いたんだけどさ。別に、変な人と付き合いがあるわけじゃないんだよね」

 「うん」

 「でも母さんには言えないのって、何か理由があるの?」

 「―――うん」

 生返事が続く中、この瞬間だけは力が籠った姉の返事に、カオルは落胆も苛立ちもせず、思った通りとばかりに微笑んだ。疑いの目を向けるアキラに対し、カオルは穏やかに笑いながら言う。

 「姉ちゃん、その人たちのことが大事なんだね」

 「まあ…友達だから」

 アキラの答えを聞き、カオルは納得したようだ。

 「この間姉ちゃんを送ってくれた人も、その…友達(・・)の一人?」

 「……」

 「チラッと見えただけだけどさ。姉ちゃんのこと、すごく大事に思ってくれてるみたいで。きっと姉ちゃんにも大事な人だよね」

 カオルが尋ねているのは、アキラが男子生徒を殴り倒してしまった日の事…その日に家まで送ってくれた緋李の事だった。このように話を聞いた限り、彼は姉と緋李の関係に気付きながらも、あくまでも見守る立場にあろうとしているようだ。それ故か、彼の声音には咎める雰囲気も無ければ、やたらに称えようとする所も無かった。

 「姉ちゃんが今黙ってるのって、友達の人たちもだけど、何よりその人の事を母さんから守ろうとしてるから?」

 アキラは弟の問いにうなずいた。

 「…うん」

 「なら良かった。やっぱり姉ちゃんは悪くない」

 弟の満足そうな顔が、彼の考えを物語っていた。彼もまた、プルと同じく姉が誠実な人間であることを見抜いているのである。そのような姉がたちの悪い人間と付き合うわけが無い、むしろ姉に惹かれた人との、幸福で新たな出会いがあったのではと思っていたのだ。

 そして一転して、母の事を思い出したカオルは、顔をしかめつつ言った。

 「今回の事もだけど…母さん、やたら姉ちゃんに過保護っていうか…いい親でありたいっていうか…ううん」

 「え、何? お母さん、そんな風に見えるの?」

 「違うな。何かもっと根本的に違う…あ、そうだ」

 あくまで俺が見た感じだけど…と前置きしてから、カオルは自身の推測を話した。

 「姉ちゃんがそういう、自分だけの大事な人や大事なことを見つけるのが、怖いんじゃないかな」

 「…何それ?」

 いくら推測でも、それは飛躍しすぎではないか。アキラは弟の話に異論を唱えそうになった。だが緋李への敵意、アキラと仲の良い祖母との確執、祖母と暮らすステラと雪への嫌悪は、どれも母の手から離れた所でのアキラの行動が関係している。そして今回の発端となったアキラの暴力に対し、担任から事情を聞きながらもアキラを信じようとしないのは、あくまでも娘をコントロールしようとしている事への裏返しのようでもある…心当たりが無いわけではなかった。

 「それが本当だとして、どうして…?」

 「判らない。でもこんなこと続けてたら、いつか姉ちゃんの心は母さんに殺される」

 「……そんな、大げさな」

 それとて推測でしかない…と言おうとして言いよどむアキラに対し、カオルは階下に聞こえぬように小声で、かつ真剣な顔で助言する。

 「姉ちゃんはここを出た方が良いかもしれない。その大事な人の所か、祖母ちゃんのうちに逃げた方がいい」

 弟の声音の真剣さに、アキラは聞き流すことを諦めた。代わりに口からでたのは、弟の発言の真意を問う言葉だった。

 「……どして、あんたはそんなこと言うの」

 問い返された弟は、目をしばたたかせるとうつむき、ゆっくり答えた。

 「姉ちゃんは四月から、すごく疲れたり、ケガしたりして帰って来るじゃない」

 「うん」

 「その時の姉ちゃんって、何かを全力でやってるって気がするんだよ。姉ちゃんしかできない何かを。説明はできないけど、そんな気がする」

 弟の発言を、アキラは内心で疑い掛ける。だが彼の目はいたって真剣だった。

 「何してるのかは知らないけど、やり遂げてほしいから」

 「…そっか。ありがと」

 カオルの言葉は、心の底からの応援であった。母のように自分を止めようとする者、殴り倒した男子生徒のように自身を邪魔する者がいるが、それだけではないのだ。のしかかる重さを感じていたアキラの心は、僅かながらも軽くなった。

 「ありがと、頑張ってみる。朝ごはんも食べるね」

 「俺が作った奴だから、安心して食べて。皿はドアの外に置いといてくれればいいから」

 「うん」

 弟が椅子から立ち上がって部屋を出ると、アキラは机の前に座り、置かれた朝食を少しずつ食べた。数日ぶりの食事であった。少し冷めていたものの、充分に美味だ。

 トレイの横にいつの間にかプルが姿を現していた。

 「いい弟くんプルね」

 「うん」

 一通り食事を終え、アキラは皿とトレイをドアの外側に置くと、引き出しから再びジュエルを取り出し、手に持つと一度ベッドに座りなおして考えた。味方がいると判ったことと食事のおかげか、思考回路が幾分か正常に働き始める。まずはリフレッシュのために歯磨きと洗顔を済ませ、できれば入浴して体も洗いたいのだが、今は母が階下に待ち構えている。恐らく逐一行動を見張られ、またアキラの行動から何かを勘付くことだろう。

 「さて、味方がいるのはいいけれど…どうしようプル」

 「それだよね。いつまでも閉じこもっているわけにはいかないけど、玄関からは出られないし、変身なんかしたら一発で周りにばれるし」

 「むむむ…難しいプル」

 アキラとプルは揃って窓の外を見た。屋根から伝っていけるような木の枝や配水管などは無く、二階なので高さもそれなりにあり、生身で飛び降りたら確実に負傷する。変身すれば負傷せず無事に着地できるであろうが、周辺の家には住民がいる…隕石災害で外出を控え、家の中に籠っているのだ。そのような環境でプリマ・サフィール・(マリアージュ)に変身などすれば、隣家の住民に気づかれて母にも察知されるだろう。カーテンを閉め切り部屋のクローゼットの中で変身すれば発見されるリスクは減るが、あくまで減るだけだ。ブライドの装束を纏って高所から飛び降りる姿を目撃される可能性がある時点で、まず変身するという選択肢が取れない。夜間は外で目立つ危険性が減るものの、落下地点の安全が確保しづらく、そして変身時の光が日中より目立つ危険性がある。

 「誰か来てくれたらなあ…」

 「そうプルね…」

 いくつか練ったプランは練るたびに潰えていく。二人が揃って落ち込み、床に座り込んで途方に暮れた、まさにその時だった。

 《―――アキラ。アキラ、聞こえる? 私、緋李よ》

 緋李の声が聞こえた。途端にアキラは跳びはねそうになり、ぎりぎりで自分の行動を押さえた。精霊の力を借りたテレパシーだ。手に握ったジュエルを思わず胸に抱き、アキラは胸にこみあげる想いと共に緋李のテレパシーに答えた。プルも顔を寄せて緋李の声を聞こうとする。

 《緋李ちゃん! ああ、緋李ちゃん! 今どこ!?》

 《よかった、通じるのね。今はアキラの家の裏にいる。悪いけどそこから顔は見えないわ》

 《ええぇ…》

 《それはともかく。アキラ、一応確認させて。今、家の中にいるのね?》

 《…うん》

 何かを探るような緋李の声に、アキラはふと不安を感じた。

 《ご家族に…例えば、外に出ないように見張られてる、とかは?》

 《あたしが外に出ないようにって、お母さんがリビングで見張ってる》

 《スマホは? ずっと出られなかったようだけど》

 《取り上げられた。どこにあるか、わかんない…》

 アキラはあくまでも正直に答えた。そして言葉にして答えて、初めてアキラは今の状況に気付いた。否、相手は実の親だ。まさかそんなことを、とアキラは思い直そうとした。だが、緋李の言葉はそんな戸惑いを引きはがすように、現実を明らかにした。

 《今のあなたは監禁されてるのよ》

 ぞわりと背中に悪寒が走る。実の親によるそれは、親子だからとあり得ないわけではないのだ。

 《監禁…》

 《ある程度行動は許されてるようだから、正確には軟禁だけど。でもスマホも取り上げられて、外に出られないように見張られてるんでしょう》

 《……いや…そんな》

 緋李の鋭い一言に、アキラは思わず黙り込む。何も答えなかったことが、却ってその一言を肯定する答えになっていた…アキラは今の自分の状況を顧みた。部屋から出て、家の中はある程度自由に歩ける。だが玄関からは出られないように見張られ(・・・・)ている。外部との連絡手段も奪われた。現状を理解した途端、喉に吐き気がこみあげてきた。

 《お母さんが、あたしを? 監禁?》

 《ええ、状況だけなら間違いなく。だからアキラ、まずあなたを連れ出す》

 そこで飛び出した緋李の提案が、アキラを困惑させた。対面も電話もできず閉じ込められたアキラを、以下に連れ出すというのか。

 《プランをこれから説明するわ。手短に済ませるから、きちんと聞いて。書き残しも駄目》

 アキラとプルは顔を見合わせた。どうやら何か計画を練って来たらしいが、何の計画なのか。

 《プラン?》

 《ええ》

 その計画を聞き、仰天しながら―――アキラは、胸が高鳴るのを感じた。



 その前日。

 アキラと連絡を取る方法が話し合われた直後、真相を確認できたらどうするのかという議題にシフトした。真っ先に発言したのが緋李だった。

 「すぐにアキラを奪還しましょう」

 アキラの家族に見つからぬよう連れ出す、と言い出したのである。これには全員が耳を疑ったが、しかしそうでもしないとアキラは自由になれない、原動力となるアキラが居なければ神との闘いに勝てないと、全員が思い直した。それにしても奪還とは…と、楓が苦笑する。

 「囚われの姫様を助けにいくみたいですね、先輩?」

 「ええ。アキラは私の…私達のリーダーだもの。取り戻さないと」

 「リオさんのやった演劇みたいじゃん。何それ、超ワクワクするんだけど!」

 「アキラがプリンセス、アカリがナイト様ネ! 素敵だワ!」

 さらに桃とリオが緋李の発案に乗る。そして二人を皮切りに、いつしか全員が緋李の意見に賛同していた。精霊達と祖母はもちろん、トラ猫もその意志を見せてステラと雪に撫でられていた。

 「アキラへの説明は私がする。協力は…そうね、桜嶋さんとリオさんにお願いするわ」

 「オッケ、まかせて。リオさんもいいよね?」

 「もちろんヨ。アカリ、ワタシたちは何すればいいカシラ」

 緋李の説明はこうだ。

 まず、緋李がアキラに連絡を取る。スマートフォンで話す振りをして、家の裏側…アキラの家から死角になる地点からだ。そこでプランを説明し、アキラの家族と隣家の住人が全員就寝する時間を尋ねる。その後緋李・桃・リオの三人が、緋李の実家で待機。アキラの家の近所のため、接近するにはもっとも都合のいい場所だ。そしてあらかじめ変身しておき、時間になったらアキラの家へ向かう。そしてなるべく街灯に照らされていない隣家との間からアキラを連れ出す。葵家の間取りについては祖母と小波が把握しており、簡単な間取り図を書いて緋李に手渡しつつ助言した。

 「隣ん家の人が寝てる時間がベストかな」

 「時間はきちんと選ばないと駄目よ。それに身を隠す場所も」

 そのためにまず桃に先を進んでもらい、周囲から隠れるのに適した空間を見つけてもらう。桃と遭遇した時のことを晴から聞き、尾行や潜伏が特技の一つと踏んだからだ。リオに助力を願ったのは、彼女の武器の布…反発力を持つ布が目当てだった。布の反発力を利用して跳躍・着地時の騒音を防ぐのが目的だ。迂闊に地面を蹴っては、ルビアの脚力では大きな音が出る可能性があったからだ。

 緋李の実家からアキラの家までのルートを地図アプリで表示しつつ、間取り図と合わせて紙に簡単な地図を書くと、瞬く間にほとんどのメンバーがあつまって作戦を練り始めた。考え込む仲間達を前に、小波は感慨深いものを感じて苦笑した。隣に座った紫織が小波の笑みを見て首をかしげる。

 「師匠?」

 「あ、うん。今までと逆だなって。今まではアキラが皆を助けてたんだけど、今回は助けられる側になっててサ」

 「はあ…」

 「ジュエルの浄化だけじゃなく、メンタルケアっつーの? 心も助けてもらった人たちがたくさんいるんよ」

 小波と紫織が話す間に、ブライド達はプランを練り上げていく。

 「ていうかぶっちゃけ全員。アキラが助けてくれた子が、今度は別の子を…っていう意味ではね。ウチが紫織さんに会えたみたいに」

 「あ…そっか」

 紫織が納得したのは、小波からそれまでの話…アキラが緋李のジュエルを浄化し、緋李が小波を、そしてその小波が紫織と友達になったことを聞かされていたからである。他にも自分の夢を取り戻した菫や、好きな服を褒められた伊予、アキラの祖母の許で健やかに暮らすステラと雪の姉妹、雪と出会い殺人の罪を犯さずに済んだ大墨姉妹などもいる。いずれもアキラと出会わなければ、あるいはアキラが救った誰かと出会わなければ、今なお暗くどす黒い日々を送っていたであろう少女達が、今はこうやって集まり笑い、意見を交わしている。

 「わたくし達を助けてくださったのは雪さんですけれど、雪さんだってアキラ様に出会わなければ、おばあ様に会えなかったんですのよ」

 「うむす。救済の連鎖であ~る」

 そう言うのは、ブライドに一番最後に加入した大墨姉妹である。

 アキラ奪還計画はいつの間にかまとまったらしく、話し合いは終わっていた。手書きの地図間取り図には大量の書き込み、そして付箋が貼られていた。相当話し込んだらしく、最終的なプランは大きめの付箋にまとめて書いてある。

 「おばあ様、アキラを連れ出したらここに来ても構いませんか?」

 「ええ。じゃあ、私は用意を整えておくわね」

 「ステラも!」

 「あたしも!」

 祖母がうなずくのに合わせ、ステラと雪も助勢を申し出た。わずか数日でも、軟禁による疲労はアキラの心身を蝕んでいるはずだ。食事も採れているか、眠れているかも判らない。祖母らには寝床と食事の用意を頼み、それ以外の仲間達には何かあった際のサポートを頼んだ。

 計画が立ち、アキラへの説明を翌日の朝、そして実行は恐らく夜。ここまでブライドが結束したのは初めてではないかと、小波は思った。ちなみにアキラの祖母とトラ猫は名誉メンバーのようなものだが、彼らが精霊と話せないことは少々残念であった。

 「うーん。おばーちゃんさんも精霊さんとお話しできたらなぁ」

 小波がこう言う通り、ここまで精霊達が黙っていたのは、単純に祖母と話せないからであった。姿を現し声を聴かせることはできるかもしれないが、それには精霊もまた精神を集中する必要がある…いつでもできるというわけではないのだ。

 「そうねえ。トラ猫ちゃんが翻訳してくれたらいいのだけどね」

 「フニ~」

 「ステラちゃん達のジュエルには触らせてもらえたけど、精霊さんは見えなかったし、テレパシーもできなかったわ」

 心底落胆しながら祖母が答えた。残念ながら、トラ猫は肉体的にはただの動物である。そして祖母はジュエルとの契約もしていない一般人だ。全てが解決したら、いずれ祖母と精霊のコンタクトの方法も考えておきたいところであった。



 緋李はそこまでの経緯をアキラに説明した。聞き終えたアキラとプルが真っ先に頭の中に浮かんだのは、緋李たちがやろうとしていることは誘拐ではないか、という心配だった。アキラ自身もこの状況から脱出はしたいが、両親から警察に通報される可能性は大いにある。ブライド達の居場所などすぐに割れるだろう。だが、この胸の高鳴りは何か…期待であった。

 《……―――わかった。今すぐ?》

 アキラは了承した。了承したということは、実の親に監禁されている、実の親が自身を害していると、認めるようなものだった。不思議とそのことに罪悪感は無かった。

 《すぐは無理、人目がある。できれば夜中、ご家族と…それから隣の家の方が全員眠る時間に》

 《それなら、夜の十一時…四十分ころ。その頃に来て》

 《わかった。私と、あと桜嶋さんと水城さんにもサポートをお願いしてある。なるべく何も持たず、ジュエルとお財布だけにして。スマホは諦めた方がいいわ》

 《うん…》

 緋李からのテレパシーはそこで終わった。部屋の隅に座り込んだアキラの頭の中には、二つの感情があった。一つは実の母に監禁されていることの恐怖。そしてもう一つ、ブライドの仲間達が自分を支えてくれることの歓喜と安心感だった。家を出た方が良いかもしれないと弟は言った。そして緋李は、アキラを連れ出すと宣言した。つまり周囲から見て、今の状況がアキラを苦しめているとすぐに判るのだろう。

 母はアキラを心配していると言った。否、本当にアキラを(・・・・)心配しているのか。


 ―――いつまでお母さんを心配させる気?


 否、だ。母はアキラのためにアキラを心配しているのではない。自分のためにアキラを心配している。

 アキラ自身や担任から話を聞いておきながら、アキラをわずかも信じようとせず、ただひたすら相手の保護者に平謝りだったというのが、娘に対する彼女の向き合い方を示していた。汚らしい欲望が恋人に向けられたアキラの怒りを無視し、暴力を振るったアキラだけが悪いと、こびへつらうように謝ったのだ。

 自身が思う(・・・・・)通りの(・・・)良い子でいて欲しい…アキラが自分だけの大切なものを見つけ、その願いから逸脱するのが、まさにカオルが言う通りに母はたまらなく恐ろしいのだろう。その恐怖に根差すのが何か、アキラには判らない。判らないが、そこまで思い至った瞬間、ついにアキラは決めた。

 (ここを、出よう)

 ここに閉じこもっていては、二度と緋李に会えなくなってしまうかもしれない。心が潰される前に家を出て、母との和解はそれからだ。協力してくれる仲間ならたくさんいる。祖母もいる。アキラが疾走したことで両親は慌てるかもしれないが、家の事は弟が居ればどうとでもなるだろう。

 迎えが来るまでは十二時間以上ある。アキラはそれまでに、少しでも用意をしておこうと動き出した。まず、食事と身だしなみだ。動けるように力を少しでも蓄え、そして緋李にみすぼらしい顔を見られないように、身を清めておく必要があった。



―――〔続く〕―――

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