第八話「Destiny」⑥
変身ヒロイン百合アクション第八話、完結。
少々長くなりました。
豊かに波打つ黄金色の髪やゆったりした白のローブ、その神秘的な雰囲気から彼女が高貴な…あるいは人外の存在であることを、緋李は即座に見抜いた。女性が穏やかな笑みを浮かべてアキラの肩に触れると、腹と右肩の傷が見る間に癒えていく。頬や唇も血色がよくなり、死にかけていたはずのサフィールはたちまちのうちに生気を取り戻していった。緋李、プルとネコ精霊は驚愕しながらそれを見ていた。
やがてサフィールはゆっくりと瞼を開くと、隣に座る女性に視線を向けた。
「あれ……女神様…?」
呼ばれた女性…女神は穏やかにほほ笑むだけだった。だがその暖かな眼差しから、少なくとも殺し合いの儀式をさせている神とは全く別の存在であり、そして少なくともブライド達の敵ではない…むしろ味方であることは緋李にも理解できた。ただその姿は幻のように背後の壁や足元の床が透けて見え、現実感が無い。
「…あなたは、ここではないどこかにいるの?」
緋李が尋ねると、女神はこくりとうなずき、プルとネコ型精霊を撫でて立ち上がった。気づけばサフィールの傷は完全に癒え、溢れた血でそまった服や床も浄められていた。その場にいる全員がそれに驚き、女神を見上げた…だが、彼女の姿はすでに消え去っていた。サフィールは改めて自分の腹と右肩をさすり、傷も痛みも完全に消え失せているのを自身の目と手で確認して、やっとそれが現実であることを実感した。
「はぇ~~~…すっごい、完全に治ってる…」
「…大丈夫…なのね?」
「うん…」
「……―――葵さんっ…!」
無傷のサフィールの姿を見て、緋李は彼女が本当に無事であることをやっと理解し、感極まって抱き着いた。全身全霊で自身を抱きしめる彼女の背を、サフィールも優しく撫でさする。お互いの体温と声で、サフィールの命を感じた。
「よかった…よかった……」
「うん……」
泣きじゃくる緋李が涙を拭うと、サフィールは少しだけ体を離し、緋李の顔を正面から見た。
「ずっと泣いてたんだね、心の中で。やっぱり堂本さんは優しい」
「…そんなこと…私、あなた達を…」
「堂本さんのそういう所、好き」
サフィールに言われた途端、緋李の顔が薄暗いビルの中でも判るほどに真っ赤に染まった。
「さっき言ったの、全部本当だよ。あたし堂本さんが好き。初めて会った時からずっと好き。一日だって、一秒だって忘れたことはないんだよ…おかしいよね、顔見知り程度なのに」
「……」
あまりにもまっすぐな言葉に、緋李はすぐには答えられずにうつむいた。その口元が何か言いたげに動いている。サフィールが小首をかしげて答えを待っていると、緋李は顔を上げ、サフィールを真正面から見返した。そして息を大きく吸い、サフィールにだけ聞こえる程度の声量で答えた。
「……そんなこと…無いわ…」
「そう…?」
「わた…私だって……! 私だって、初めて会った時から、あなたの事… 忘れたことは、無いもの…どんなにわずかな時間でも…」
答えを聞き、サフィールはしばしの間その意味を反芻する。そして意味する所に気付き、彼女の顔もまた一気に赤くなった。赤面したお互いの顔を向けられず、二人はうつむいて黙り込んだ。両想いだとお互いに気づき、二人そろって膝の上で両手をもじもじさせ、ちらちらとお互いの顔を視線だけで覗き込み、それでいて正面からは恥ずかしくて見つめ合うことができず、二人は黙り込んだ。だがサフィールが素直に内心で幸福感に浸っているのに対して緋李はそうでもないのか、目元はどこか悲しげだ。それに気づいたサフィールは顔を上げ、緋李の顔を覗き込む。
「堂本さん…?」
「…私も、あなたのことは好き。でもあなたがそんなだから……」
緋李はそっとサフィールの手を取り、まるでそこにいる、生きていることを確かめるように握りしめた。途切れた言葉の続きを待つサフィールに対し、緋李は決意の表情で告げる。
「私の目的はあなたたち全員に説明したい。ジュエルも返すわ。だから私を、あなたの仲間のところに連れて行って」
「わかった。…じゃあ体の調子も戻ったし、すぐ行こうか」
「ええ。一度私の家にジュエルを取りに行きましょう」
立ち上がる二人の肩にそれぞれのパートナーの精霊が乗った。そして、ここまでを敢えて看過していたプルがサフィールに苦言を呈する。
「完全にボクたちのこと忘れてたプルね」
「あっ… ごめん。これは本当に申し訳ない」
「目の前で二人の世界に浸られたとあっちゃあ、見過ごすしか無いんだゼ…」
「ご、ごめんなさい…そうだ、あなたの名前は?」
緋李は自身の肩に乗ったネコ精霊の背中を撫でた。元気を取り戻したネコ型精霊は、自慢げな顔で自己紹介する。
「オレはアカリのジュエルの精霊、パミリオってんダ! パムって呼んでいいゼ!」
「パミリオ…パムね。よろしく」
緋李の指先がパミリオの肉球に触れた。ごきげんなパミリオは緋李の指先を肉球でニギニギする。
パミリオとプルが光の玉となってそれぞれのジュエルの中に入ると、サフィールは緋李を抱えて壁の大穴から跳び出し、緋李の自宅があるという方向へ向かった。ビルからビルへと跳び移り、二人だけで夜の街を見下ろしながら、サフィールは思わず頬を緩ませてしまった。何しろ想い人と二人だけの空中散歩である、心が高揚しないわけが無い。だが、そう長く楽しんでいるわけにもいかなかった。精霊達とジュエルを持ち帰り、仲間達にも緋李のことを報告しなければいけない。
緋李の家の近くに着地し、サフィールは周辺の一般市民に怪しまれないように一旦変身を解いた。幸い、夜遅くということもあって周囲に人はいない。アパートの外階段を上って緋李の部屋に到着すると、緋李が鍵を開けて二人は部屋に入った。
「おじゃましまーす…あれ、ご両親は?」
「今はここで一人暮らししてるわ。実家はあなたの家の近く。春先に会った時はそっちで用を済ませてたの」
「あ、それであっちにいたんだ…すごいタイミング。会えたのは運命だったんだなあ」
アキラの大仰な言い方に、緋李はまたも頬を赤らめた。
寝室の照明を付けると、机の上にはもふもふ寄り集まった精霊達、そして七個のジュエルが並んでいた。精霊達はアキラの姿を認め、机の端に駆け寄ってきた。
「アキラっピ!」
「パオパオ!」
すぐさま飛びつくピッキィとパオレ、続けてペルテとタータ、キロロとラムリンをアキラは順番に撫で回した。
「おっすー。みんな元気してた?」
「ルビアどのが良い人であったゆえ、どうにか無事だモフ」
「しかし迂闊に身動きでけんかったのは辛かったタイ…」
「それはその…ごめんなさい」
緋李が素直に謝ったことに、ピッキィは驚いて目を丸くした。
「どういう事だっピ…」
「堂本さんにもいろいろ理由があってさ。浄化も済ませたし、あとでみんなに事情を話してくれるって」
「了解でございますアキラ様。そうそう、浄化と言えば」
「ガルナのジュエルもいつの間にか浄化されてたキロ」
机の上に乗ったガルナのジュエルの中からは黒い靄がすっかり消えていた。緋李が精霊達に視線で心当たりを尋ねると、全員が首を横に振った。が、その直後にキロロがモフッと両手を合わせた。
「そうだキロ。さっき青い光がどこからか飛んできて、ジュエルに当たったキロ」
「多分あたしの『ピュリファイア・フラッシュ』だ。晴さんの時にも伊予ちゃんのジュエルに伝わったけど、今度のは結構距離があるよね…」
「たぶん距離は関係ないんだゼ。神の呪いがあれば、浄化の光はジュエルからジュエルに伝わるんダ」
なるほど、と精霊一同がうなずく。そしてすぐパミリオに視線を集める。代表してペルテが尋ねた。
「おぬし、ルビアどののパートナーの精霊かモフ?」
「おう! オレはパミリオってんだ。パムでオッケーだゼ!」
「うむ。ではそれぞれの自己紹介は後ほど行うとして、今はメイどののマンションに一度戻るモフ」
「オッケー、じゃあもう一回変身するね」
精霊達は光の玉となってそれぞれのジュエルの中に入り込み、緋李がそれを貴重品とともに小さなポーチに入れて手に持った。二人が部屋を出て緋李が鍵をかけると、周囲に人影が無いのを確認してアキラはもう一度プリマ・サフィールに変身し、緋李を抱えて芽衣のマンションへと向かった。
マンションの前に到着し、変身を解くとプルが芽衣の部屋にいるシプルゥとスノアに向けてテレパシーを送った。数秒経って窓からひまりが顔を出し、アキラに手を振る。
「終わったよー。開けてー」
「は~い! ちょっと待っててくださいねー」
答えてから、ひまりは緋李の存在に気付いて手を止めた。その表情は複雑で、素直に迎えていい物か迷っているようだ。対する緋李もばつが悪そうに目を逸らしている。アキラは両者の表情を見て取り、ひまりに向けて笑ってみせた。それで納得したのか、ひまりはうなずいて室内に戻り、数秒経ってからエントランスのロックが解除された。アキラは緋李の手を取ってマンションに入り、芽衣の部屋に向かう。緊張と不安で表情を曇らせる緋李を連れて、アキラは部屋のドアを開けた。全員の視線が集中する。壁に手を突き片方の足を引きながら、楓が真っ先に駆け寄ってきた。
「先輩!」
「紅林…あの…」
「もう大丈夫ですよね、先輩?」
楓は訴えるような目で緋李の目を覗き込む。何度か目を泳がせた緋李がゆっくりうなずくと、安心して大きくため息をついた。その肩を軽く叩いてアキラは笑顔を浮かべ、楓も感謝の言葉に替えて涙ながらにうなずき、アキラの手を握った。
アキラは緋李を連れ、リビングに居並ぶ仲間達の前に立った。緋李はまだ目を逸らしたまま正面を向けないでいる。アキラが座るように言ってもそのそぶりも見せなかった。そこへ芽衣が紅茶を持ち、緋李の前のテーブルに置いた。
「どうぞ、飲んでください。立ったままでは行儀がよろしいとは言えませんから、是非座って飲んでください」
「……どうも」
そう言われ、緋李はやっとアキラの隣に座った。探るように見つめる菫と伊予、その横で楓は不安げな表情を浮かべている。うつむいた緋李は膝の上で震える手を握っていた。放っておいたら逃げだしそうな気配すら漂う。アキラはそんな緋李の肩を軽く叩き、緋李が持つ小さなポーチを指した。緋李はうなずき、テーブルの上でポーチを開けた。中にはアキラ、緋李、ステラ、ユキを除く七人のジュエルが入っている。全員の視線がジュエルに集まると、同時に精霊達が飛び出し、それぞれのパートナーに飛びついた。途端に沈黙に包まれていた室内に喜びの声があふれるた。ブライド達が精霊を抱きしめ、互いに撫でたり頬ずりをしたりと戯れ始める。
アキラはその光景を見ながら、ワインレッドのジュエルを楓に手渡した。
「あとは、紅林さんの精霊を…プル、お願い」
「任せるプル」
「私のジュエルの、ですか…?」
楓が自分のジュエルを手に乗せると、それをプルがぽふっと撫でた。全員が見守る中でジュエルから光の玉が出て、反対側の手のひらの上で動物の形を取り始める。やや前後に長く、尖った鼻と短めの四肢、そして小さくつぶらな瞳と穏やかな顔立ちが目を引く。
「これは…フェレット似の子ですね?」
「みたいプルね」
現れたのは濃い赤色の体毛の、子供のフェレットに似た姿だった。フェレット精霊は顔を上げ、楓の手のひらに鼻先をこすりつけた。すぐに楓は頬を緩ませ、精霊の頭を指先で撫でる。精霊は心地よさそうに楓の手に身を任せた。
「うわああ…可愛いですね…」
「だろぉ? こいつらホンット可愛いんだよ!」
横から見ていた伊予がタータの背を撫でまわしながら食いつく。苦笑しながらも楓はその言葉を肯定した。
「ええ、とても…精霊さん、あなたの名前を教えていただけますか? 私は紅林 楓と言います」
「うにゅ…クリムといいますクム…」
「クリムさんですね、よろしくお願いします」
顔を近づけた楓とクリムの鼻が軽く触れあい、クリムは恥ずかしそうに顔を隠して丸まってしまった。その光景を見守る伊予の顔は、完全に履き古したパンツのゴムのようにだるんだるんになっていた。
その輪の中に入れず、和やかな光景を一人寂し気に見ている緋李に気付き、アキラはその隣に座った。全員がそれを見てテーブルの周りに座り、今一度緋李に視線を集中した。アキラは緋李の肩に手を置き、促す。
「堂本さん。そろそろ、堂本さんの事情を話してほしい。みんな聞きたがってる」
「……わかったわ」
緋李は居住まいを正し、顔を上げて全員を見た。
「…まず、あなた達のジュエルを…パートナーを奪ったこと……申し訳ないと思ってる。本当にごめんなさい」
「何故ジュエルを奪ったのか、教えてもらえる?」
晴に問われ、緋李は一度口をつぐみ、深呼吸してから答える。
「―――…神を…神を殺そうと思っていたの」
その答えに、一同の表情が凍り付いた。確かにルビアの戦闘能力は高いが、いくら何でもそれは無謀ではないか…と呆れたこともあるが、それ以上に緋李の表情があまりに真剣なため、ただならぬものを感じたのだ。
「ジュエルは通行証として持っていくつもりだったわ。少なくとも『マリアージュ・サクリファイス』の通りに15人分集めて持っていけば、神のいる場所にはたどり着けるはずだから。そう宣言しての契約だもの。それが終わればジュエルは返すつもりだった」
「どうして一人でいこうとしたの?」
雪の問いに、緋李は一度アキラの方に視線を送って答える。
「あなた達を傷つけたくなかったから。…特に葵さんは、いつもボロボロになりながらあなた達のジュエルを浄化してたし。それにもしこのことを話したら、自分も行くって絶対に言い出してたもの」
「それは言えてる…話聞いたらあたしはそうするだろうなあ」
今しがた死にかけたことは内緒にしておいた。
「だから手っ取り早く回収してたんですね…」
「いくら何でも無茶よ。…アキラが止めてくれて本当に良かったわ」
納得する芽衣、呆れる晴。申し訳なさそうに緋李はまたうつむいたが、その横からひまりが軽く緋李の手を握る。
「堂本さんを責めているわけじゃないんですよ。…あなたはきっと、とても優しい人なんですね」
「そんな…そんなこと無い! 私はあなた達のパートナーを」
「わたし達のために一人で『マリアージュ・サクリファイス』を止めようとしたんでしょ? それに一人で泣いてたステラさんのことも…そうですよね、ステラさん」
「うん。ルビアはやさしいよ、アキラとおんなじ。まっすぐにステラのところに来てくれたもの」
ひまりとステラの視線に、いたたまれず緋李は目を閉じ、うつむいて口をつぐんだ。ジュエル強奪の罪悪感に押しつぶされそうになっていた心が解放される安心感と、それを受け入れて本当に良いのかという葛藤が胸の内でせめぎあっている…それを見て取り、アキラは未だ疑わし気な視線を送る菫と伊予の方を見た。二人は顔を見合わせ、しばし逡巡する。が、諦めたように伊予は苦笑してため息をついた。
「…まあ、私はちゃんと釈明してもらえりゃそれでいいよ。アンタがやろうとしたことをネチネチ責めるのも違う気がするしな」
「それは…」
「アキラともそう約束したんだよ。それとも何か、アンタは私とアキラの約束にケチつけんのか?」
「い、いえ! そんな事はしないわ」
その答えに伊予は苦笑し、菫の方を見た。
「菫はどうする?」
「………正直に言うと、同感ね。パオレも返してもらったし、目的についても了解。それに何より…何より、よ」
菫は立ち上がり、緋李に近づいて顔を覗き込む。たじろいで緋李は目を逸らすが、菫は遠慮なくその顔に手を当てて答えた。
「こんな美少女、その辺に放り出しておくなんてもったいないわ! 確保しなくちゃダメじゃないの!」
まったく空気を読む気配の無い発言に、その場にいる全員がズッこけ、うち何名か、特に雪はドン引きして菫から離れつつあった。クッションに顔面から突っ込んだ楓が起き上がり、苦笑いしながら言う。
「確保って言いました? 藤井さん…私には発言の意図が全く理解できないんですが」
「だってこんなガチの美少女がよ、悲壮な決意こさえて神様を殺そうとまでしたのよ。ネタとして最高じゃない!? 最高よ最の高!!」
「……葵さん、どういうこと? この人は何を言ってるの? 人の決意を茶化してるの?」
「ん、うーん? ……あんまり気にしないでいいや」
すっかり混乱しつつ少々お怒り気味の緋李を、アキラはどうにかなだめようとする。
「大丈夫よ、今回の事をマンガとして記録に残そうとしてるだけだから。むしろモデルのインタビューは是非聞きたいところだわ。ちなみにネームはステラの時のあたりまで出来上がってるわよ」
「速い! いや、あれ本気だったんだ…」
「そりゃそうよ。もちろん個人情報は一切出さないから安心して」
先月の浄化の後の宣言が大言壮語でも口約束でもなく真実であったことを知らされ、アキラは驚愕しつつも感心していた。しかもネームの…あるいは構想のというべきか、進行は現実より若干遅れている程度という。雪の件が書けていないのは、パオレの不在で心が落ち着かなくなったからだろう。肝が据わっているどころの話ではなかった。
そのやり取りを見た緋李はすっかり呆然として、どう反応すればいいのか困惑しているようだ。が、先ほどまでと打って変わって表情そのものはだいぶ明るくなっている。アキラはそんな緋李の手を取り、改めて向き合った。
「まあこんな感じにさ。みんな迎え入れてくれた…くれた? わけだし。堂本さんには仲間になってほしい。どうかな」
「それは…本当に、いいの?」
「もちろん!」
アキラがそう言うと、全員がまばらにうなずいた。緋李はアキラに見つめられて、頬を染め嬉しさに目を潤ませた。そしてアキラの手を握り返し、誓いを立てるように言う。
「じゃあ…これからよろしくお願いします。皆さんも、どうかよろしく」
「良かったナ、アカリ!」
同時に緋李の膝の上にパミリオが現れ、緋李を祝福した。緋李は満面の笑みを浮かべ、うなずいた。初めて見た緋李の心の底からの笑顔に、アキラの胸にも幸福感があふれた。
その中で桃は一人、少しだけ悲しそうな…だがすべてを受け入れた笑顔で二人を見ていた。アキラと緋李が互いを見る視線と表情で、二人が両思いであることに桃は即座に気付いた。緋李もまた、アキラを見ていた自分と同じ顔をしていたからだ。他のメンバーが気付いていて口に出さないだけなのか、本当に気づいていないのかは、桃にはどうでもいいことだった。
(―――やっぱりアタシの入る隙間はないや。うん、新しい恋を探そう…!)
気持ちを整理できるまで少し時間はかかるかもしれない…だが緋李が仲間になったことを、桃も素直に祝福することにした。目尻に浮かんだ涙の雫は、誰にも気づかれないようにそっと拭って消し去った。
その後は全員の自己紹介と連絡先の交換を済ませ、夜も更けたので解散することとなった。芽衣が車で送らせると言ってどこかに電話をかけた時、せいぜいちょっとお高いタクシーを呼んでくれたくらいだろうとほとんどのメンバーは思っていたのだが、いざマンションを出ると一般市民の所有物とは思えない黒塗りの高級車が数台、そしてそれを運転するという美女たちが待っていたので度肝を抜かれてしまった。本物のブルジョワジーだけが繰り広げられる光景である。大まかな方向ごとに分かれて数人ずつ車に乗る間、芽衣は晴にしがみついて引き留めた。その顔は仲間内にだけ見せる泥酔駄犬王子の顔だ。
「…何?」
「いえね、ラムリンが帰ってきてくれてすっかりココロ落ち着きまして、つい甘えたくなってしまいましてね。晴さんもほら、僕にむぎゅっとしていいんですよ」
「絶対いや」
しかし晴は無情にもそれを払う。再び芽衣が手を伸ばすと、既に車の後部座席に乗ったステラが、どこか憮然とした表情で晴の手を掴んで引き寄せた。意外な行動にそれを見ていた晴、芽衣、雪、そしてアキラが目を丸くする。ステラ自身も自分の行動に気付き、パッと手を放してすぐに引っ込めてしまった。
「…ステラ?」
「あっ、ううん…なんでもない…なんでもない」
晴に何事かと問われるが、ステラは顔を赤くしてうつむいてしまい、何を思っての行動かはついぞ聞くことができなかった。アキラと芽衣を除く全員が車に乗り、窓から顔を覗かせた緋李がアキラに向けて手を振ると、アキラも笑顔で手を振り返す。車が発進し、テールランプがそれぞれの方向に分かれて夜の闇に消えていった。芽衣と並んでそれを見送ると、アキラも自宅に帰ろうと自転車に乗った。
「それじゃ、アキラさんもお気を付けて」
「うん―――」
と、そこでバッグの中から着信音の仔犬の鳴き声が聞こえた。スマートフォンを取り出し、誰からの電話かと画面を見ると、小波からの電話だった。アキラが通話を始めると、芽衣は身振りで部屋に戻ることを告げた。アキラは手を振ってそれを見送る。
「もしもし、小波?」
応対するが、電話の向こうにいるはずの小波はすぐには答えなかった。
「……小波?」
『アキラ。今どこ』
聞こえたのは暗い声だった。聞いた瞬間にぞわりと背中が粟立つ。声でそれを悟られないよう、アキラは努めて明るく答えた。
「と、友達ん家…あの、勉強会……」
『嘘だ』
「え」
ごまかそうとしたアキラの口が開いたまま固まった。アキラの家に電話したのなら、家族には似たようなことを告げているからばれる事は無いはずだった。だが、小波はそれを一言で嘘と言い切った。その瞬間にアキラの脳裏に浮かんだのは、先ほどバスターミナル前のビルに向かった時のルートだった。記憶が確かならば、小波の家の高層マンションの前を通り過ぎたのではなかったか。
『ウチさっき、アキラのこと見たんだ。家の窓から』
「……」
『髪が青くて、変な服着て、ビルの上をぴょんぴょん跳んでくの。見たんだ』
「…小波」
見られていたのだ。
だがその事実より、それを淡々と話す小波の声色の方がアキラには恐ろしかった。暗く澱み、抑揚が無く、闇の底を思わせる声で小波は話を続ける。
「アキラ、あれは何なの」
問われても、事実を答えることはアキラにはできなかった。暗い声ばかりがアキラの耳に残る。ごくわずかだが、電話の向こうの小波の部屋に、何か恐ろしい気配すら漂っているように感じた。肩の上で聞き耳を立てているプルも、わずかに訝し気な表情を浮かべていた。まさか、と不安がよぎる。
意を決してアキラが問おうとした時、黙り続けていることをどう思ったのか、小波は小さなため息を吐いた。
『隠すんだね』
「ちがっ…小波」
『わかった。じゃ』
「小波! 小波!?」
―――そこに何か変な宝石は無い?
そう問おうとして問えず、いつの間にか通話は終わってしまっていた。アキラの方から掛けても呼び出し音が続くだけで一向に応対の気配が無い。留守録にメッセージを残すことも諦め、アキラはスマートフォンをバッグにしまい込んだ。
呆然として、アキラは夜空を見上げた。小波の様子は今しがたの通話の声で想像するのみであったが、怒ったり泣いたりしていたとしても、明らかに普通ではない。自身の両肩にだけのしかかっていたはずの運命が、いつしか無関係なはずの小波をも巻き込み始めたのではないかと不安が胸にあふれていく。
どうか、怖いことが起こっていませんように。アキラは祈りながら、小波の家に向かって自転車を漕ぎ始めた。
―――〈ジュエル・デュエル・ブライド:第八話「Destiny」END〉―――
百合小説では告白シーンが大事。これが書きたかった…
そういえばこれを投稿する頃には1500PVを到達。読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
よろしければ感想、評価、レビュー、ブクマ等をよろしくお願いいたします。




