あいの形
次に目を開けると、そこは森のなかではなかった。
「ここは……。私戻ってきた?」
前には、不自然に木々が密集しているワスレジの森が見えた。木に葉はついておらず、枝だけが寒そうに空を覆っている。周りは薄暗く、現在は夜のようだ。遠くには、多くの家々の灯りがきらめく。久しぶりに目にする人工的な明かりの多さに目を眇めた。
肌寒さに身震いし、制服の上から腕を撫でる。クリメントの家に置きっぱなしだった制服を彼が持ってきてくれていたのだ。返してもらい袖を通した時、今までは嫌な場所を思い出してしまうものだったのに、不思議となにも感じなくなっていた。
肌寒く、とうの昔に稲を刈られた田には、土と少しの雑草以外はなにもない。ここではまだ冬のようだ。もの悲しい風景。
それなのに、結希の中にのぞく感情は今までのものとは違っていた。
その理由は――。
「結希――?」
「――!?」
突然聞こえた聞き覚えのありすぎる声に、ぎこちなく振り返る。まっすぐな道が続く先に、懐かしい顔があった。
(やっぱり、どことなくエドガルに似てる……)
「……颯真、くん」
久しぶりにするその名に、声がかすれた。颯真の顔が歪む。
「結希ちゃん!!」
「わわっ!」
颯真は駆け寄ると、そのままの勢いで結希に抱き着いた。抱きしめる腕の強さに、結希の体がすこしだけ強張った。その動きを敏感に感じ取った颯真が慌てて拘束を解き、体を離す。
「ご、ごめん」
「……ううん」
俯いて小さく首をふる。二人の間を静寂が包んだ。
(このままじゃだめだ)
勇気をだそうと拳を握りしめた所で、颯真が先に口を開いた。
「まさか結希ちゃんが家出するなんて。今までどこにいたの?この三日間、とても心配したんだよ。結希ちゃんのご両親も、僕も……」
家出ではないのだと言いたかったが、それよりも今は気になることがあった。
「三日間?」
「――?そうだよ」
颯真が不思議そうな顔で見る。
(ウルスタ皇国には二か月くらいは居たような気がしていたのに。こっちの世界では三日しか経っていなかった?)
時間の違いに結希が考えをとられていると、颯真が自嘲気味に嗤った。
「――て、僕のせいだよね。結希ちゃんが家出をするなんてこと、今までなかったのに」
「……」
颯真が俯いている。顔にかかる黒髪で颯真の表情は見えない。しかし、どこか泣いているように見えた。今の颯真は、結希が恐れる前の彼と同じ雰囲気だった。誠実で優しい彼の声。憑き物が落ちたそのようすに、結希は老婆とリアーナの言葉を思い出した。
――鏡世界のようにお互いの世界は影響しあっている。そのために、同じ魂を持つ人間はお互いに影響を受けてしまう。
つまり、エドガルの強い憎しみとリアーナへの囚われの感情が、同じ魂をもつ颯真にも影響を及ぼしてしまったのだろう。それが解消されたいま、颯真から狂気は全く感じない。
「――ごめん。僕、なんてことをしちゃったんだろう。こんなの、謝っても許されることじゃないよね」
颯真の揺れる声に口を開くことができない。
冷たい夜風が二人の間を通り過ぎていった。颯真の握りしめた拳が震えている。
「……僕のことなんて嫌い、だよね。結希ちゃんからしてみれば、さして好きでもない相手に襲われたんだ。大嫌いにもなるよね?」
「――。ん?え?ちょ、ちょっと待って!」
「結希ちゃん?」
目を丸くする。慌てる結希に颯真は首を傾げている。
確かに、無理やり迫ってくるというのはとても怖いものだが、それでも颯真を完全に嫌いになることはできなかった。
今の発言で、颯真は前提としてなにか大きな勘違いをしているのだということに気付く。
「――だれが、好きでもないなんて言ったの?」
結希の発言に今度は颯真が目を瞬かせた。
「え、だって婚約の話をあんなに嫌がっていたよね?」
「そ、それはお母さんと颯真くんの間だけで勝手に話が進んでて。私のことでもあるのに、なんの相談もされずに決められそうになっていたから怒っちゃっただけで……」
結希は否定するが、颯真はそれでも視線を横へやって、まだ言いたいことがあるようだった。小さく抗議する声が聞こえた。
「それに……。学校で仲よさそうにしている男の子、いたし」
「学校で?」
「――うん。結希ちゃん、友達少ないって聞いてたのに話が違う」
そこはかとなく失礼なことを言っている颯真は置いておいて、颯真の言う学校の記憶を掘り起こす。颯真にとっては最近の記憶かもしれないが、ウルスタ皇国にしばらく居た結希にとってはだいぶ前の記憶だ。思い出すのに苦労しつつも、ようやくはっとその時のようすが頭に浮かんだ。
「ああ、あの時!」
「……あの時」
颯真が固唾をのんで見てくる。やましいことはないと、結希は手をひらひらと振って見せた。
「残念ながら、あれは同じ委員会の男の子で仕事するときに連絡とれないと不便だからって連絡先交換してただけだよ」
「それだけ……?」
いまだ胡乱気に見てくる颯真に結希は、少しだけ拗ねた声をだす。
「そうだよ。――むしろ、私も実はずっと好きだったのに」
「え?」
颯真が目を丸くして結希を見る。結希は気恥ずかしさで視線を逸らした。
「それはどういう……」
「結希!!」
颯真の声に重なるように、大きな声が道に響き渡る。髪を振り乱して駆けてくるその姿が目に入った。
「お母さん?」
「結希!」
強く抱きしめられる。息が出来なくなりそうなほどの強さだった。母の腕のなかで結希が身じろぐ。
「お母さん、痛い」
「――」
母はなにも言わずに体を離す。結希は解放されると久しぶりに母の顔を見た。
「――!!」
感じた頬の痛みに、目を見開く。いきなりのことに、颯真も目を瞬かせていた。
「お、お母さん?」
恐る恐る母の方を見る。すると、目一杯に涙をためている母の姿が映った。
(めったに泣かない人なのに――)
そう思うと、母に申し訳なくなった。呆然としていると、母の震える声が降りてくる。
「心配、させて!三日もどこへ行っていたの」
「……心配、だったの?」
思わず結希が母を見た。いつも颯真ばかりを見ている母は、結希のことなどどうでもいいのだと思っていた。母はその言葉に顔をしかめ、強い口調で告げた。
「当たり前じゃないの!娘が突然いなくなれば、誰だって心配するわ」
拗ねた響きも含まれるその言葉が、結希にはくすぐったかった。
「……あたりまえ。そっか、そっか――」
顔がほころぶ。
こんなに母は自分のことを想っていたのに、どうして気付かなかったのだろう。
(ああ、そうだ)
いつも、自分が不足しているところばかりを見ていたからだ。
ないものねだりで、自分にないものがあれば、自分が不足している存在に感じていた。母から愛情を確かにもらっていたのに、颯真への劣等感から、自分は欠陥品で、母から愛されてはいないのだと勝手に思っていた。颯真へ向けるものと、結希へ向けるものの形が違っただけで、そこには確かに同じ重さの愛情があったはずだった。
それに気付かなかったのは……。
(劣等感でまわりがちゃんと見えなくなってた)
ここまで読んで下さってありがとうございます。
初めての長編でしたが、おそらく次話で最後になるかと思います。。
最後まで楽しんでいただけるように頑張ります!




