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最終話 「扉の先へ」

 

 自覚すると、自分が恥ずかしくなった。ほんとうに、私はどうしようもないバカだ。

 結希は母と颯真へ頭を下げた。


「ごめんなさい、心配かけて。本当に、ごめんなさい!」


 頬に涙が伝う。

 いままでは出なかったのに。自分が今のままで十分満たされていたのだと知ると、嬉しさで目からあふれるものを止められなかった。同時に今までの感情が口をついて出る。


「私、お母さんになんでも決められるのが嫌だった。自分の人生なのに。それに逆らうことができない自分自身も、大嫌いだった」

「……」


 母は黙ってそれを聞いてくれている。結希は止められずに、言葉をつづけた。


「私は絵の勉強がしたい。成功するかなんてわからないし、お母さんが求める安定とは程遠いものなんだと思う。それが大変な道だってことも想像できる。でも、それでも自分の人生だから。失敗も成功もすべて自分が負いたい。たくさん失敗もしたいの。失敗を恐れて挑戦もしないのなんて、そんなの嫌なの!」


 力の限りに訴える。この言葉が母の意向とは全くの別の場所にあることはわかっている。それでも、母にはわかってもらいたかった。共感はしてもらえずとも、聞いてほしかった。

 それまで静かに聞いていた母の手が伸びる。


「――!」


 一瞬、ぶたれるかと思って身をすくめた。しかし、なかなか来ない衝撃に薄く目を開けると、想像以上に優しい顔の母がいた。


「お、母さん?」


 母は結希の肩を抱きしめると、小さな声で告げた。


「そんなに強く、自分の気持ちを言ったのははじめてね」

「あーー」


 結希の漏らした返答に、母は笑い、切なげに瞳を揺らした。


「わたしのほうこそ、ごめんなさいね。いつも結希はいい子だったから、つい口を挟んでしまって。わたしは本当に、ただ幸せになってもらいたかっただけなのに……」


 そっともらした言葉は、透き通った色をした、母の本音だった。伏した目に睫毛がかかる。


「苦労をさせたくなくて、最良だと思う道を結希に言っているつもりだったのに。結希にとっては、それが重荷だった……。わたしは親失格ね」

「――ち、違う!」


 しゃがみ込み発する母の後悔の言葉に、結希は大きな声で否定する。なにも母ばかりが悪いわけじゃない。結希も母もお互いの距離間を誤っていただけだ。


「お母さんは親失格なんじゃない!」

「――結希」


 母は声を張り上げて否定する結希の姿に目を見開いた。結希は強く訴える。


「私だって悪いから……。大事なものを傷つけられることが怖くてちゃんとぶつかることもしなかった。けど、最初からもっとちゃんとぶつかってみればよかったんだよね」

「結希」


 結希の名前を呼ぶ母の顔をまっすぐに見る。母の顔をこんなふうに正面から見るのが久しぶりだったことに気付く。気づくことで、自分の視野が広がった気がした。夜空に瞬く星々も、いつもより多く見える気がする。


「私もお母さんももっといっぱいぶつかってみよう?そうすれば、きっと色々なことが見えてくるのかも」

「……」


 成長した娘の姿を、母は見上げた。それから、覚悟を決めたように立ち上がる。


「そうね――。結希の選ぶものを母さんも見てみたいわ」


 久しぶりにみる破顔した母の顔。結希も顔をほころばせた。

 立ち上がりなにか思い出した母があっと声をあげた。


「ご飯、作らなきゃ!もうこんな時間!!」

 

 母がエプロンのポケットから取り出した腕時計の針は二十時を指している。


「先に帰るから、結希も颯真くんもちゃんと帰ってくるのよ!」


 そういって慌てて家の方に駆けだす母に「はい」と声だけかける。その声を聞いた母は慌てて駆けていった。そのようすを見送ってから、颯真が結希に並んで言う。


「結希ちゃんのお母さん、この三日間ずっと結希ちゃんのことを探していたんだ。その間なにもやる気がなくなっちゃったみたいで、料理も。だから、久しぶりの料理で張り切ってるんだよ」

「――そう、なんだ」


 そんなに心配をかけていただなんて、本当に申し訳ない気持ちになる。母は結希のことを見ていないと思っていたから、てっきり結希がいなくなったところでなにも変わらないと思っていた。だから、申し訳ない気持ちと嬉しさが混じって変な表情になった。


 田が続く真直ぐな一本道を二人で並んで歩く。颯真のことはもう怖くなくなっていた。


「結希ちゃん、さっきの……」

「え?」

「……私も実はってやつ。あれはどういう――」


 颯真が発した言葉に顔が紅潮するのがわかる。先ほどは勢いで言ってしまったが、今思い返せば自分はさらっとなんてことを言ってしまったのだと後悔する。まじまじと見てくる颯真に結希は目を泳がせた。


「あ、あれは……。えーと、あれだ、颯真くんの気のせいだよ、気のせい!!」


 笑ってごまかそうとするが、颯真は強い目でこちらを見てくる。


「いや、確かに」

「ごめん、まだ心の準備が!!」

「あ、結希ちゃん!」


 駆け出す結希に、颯真も追いかける。


(だって、初恋だよ?ずっと片思いで、いきなり告白するなんて私にはハードルが高いよ。それに、こんな田舎の真ん中の道で告白もいやだし。回想するのに、シチュエーションって大事だし!)


 後半はほとんど言い訳のように心の中で思いながら、結希は走った。家の灯りのある方角へ。

火照った顔に、冬の冷気が気持ちいい。あの国、ウルスタ皇国と同じ、澄んだ空気。


(今まではずっと、ただ冷たいだけの空気に感じていたのに)


 あの世界に行って、いろんな人に会って、いろんなことがあって。辛いことや悲しいことも多くあったけれど、その倍優しい人がいて、温かな感情をもらった。だからか、結希のなかにはもう劣等感なんてなくて、ただ満たされていた。

 冷たいだけだった空気が澄んで感じる。肺いっぱいに満ちる空気は、あの国と似ている。冬が少しだけ好きになった。

 

 大事なものを傷つけられるのが怖くて、ぶつかることもしなかった。けれど、最初からぶつかってみればよかったんだ。相手のことを気にして、なんでもいうことを聞くいい子になるんじゃなくて。

 そうすれば、意外にもあっけなく世界は開けてくるのだ。

 

 後ろに響く颯真の声を聞きながら、結希は思う。

 

 世界が口を閉ざしているんじゃない。私が自分で扉を開けないようにしていたんだーー。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++ 


 

 季節は巡って。


 淡いピンクの花が、待ちきれないとばかりに早々に芽吹きだす。

 そんな青空のもと、ワスレジの森の前に一人の少年が立っていた。澄み渡る空を見つめる少年を認め、結希は立ち尽くした。


「嘘……」


 目を瞬かせながら呟く結希に、白銀の髪の少年が小さく笑った。


 ここまで読んで下さった方、ほんとうにありがとうございます。これで「獣と少女と孤高の皇帝」は、とりあえず終わりです。

 無事最後まであげれてよかったです〜。これも読んでくださった方がいたから、最後までめげずに投稿できました!ありがとうございます。

 この作品が少しでも誰かを楽しませることができたのなら、幸いです。

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