方法
「でも私、どうやって帰ればいいんだろう?」
肝心な部分を失念していたと声に出す。今までは現実に向き合うことができなくて、正直帰りたくないという思いが強く、帰り方について考えてこなかった。しかし、いざ帰るとなるとどうすればいいのか……。
「帰る方法ならある」
キールがよく通る声で先を続ける。
「ワスレジの森に住む番人の婆さんなら、アンタを帰すことができる」
「ーーおばあさん」
この世界に来たばかりの頃ワスレジの森で、そしてリアーナの幻影とともに現れた老婆。その人に会えば、帰ることができる。
黙って聞いていたエドガルが口を開く。
「では、わたしが森までの馬車の手配をしましょう」
エドガルの提案に、ありがたく頭を下げた。
リアーナのことがあったからだろうが、当初はあんなに結希が離れていくことを許さなかったエドガルが、今は結希の意思を尊重し、手を離してくれる。大事なものが離れていくのが怖くて、執着し、泣きわめく子供のような彼はもういなかった。
(もうずっと、会えないかもしれないのに)
結希がこの世界にきたのは、人間とウヴェーリの対立による世界の歪みが原因だった。その大元の誤解が解消され、原因がなくなった今、結希がもう一度この世界にやってこられる可能性は低い。それでも、エドガルは結希が帰ることを手伝ってくれる。
「ありがとう」
少しの寂しさはあるが、それよりもとても嬉しかった。昔の、自由なリアーナを手助けしていた頃のエドガルに戻ったようで――。
エドガルは結希を見て、さみしそうな瞳で、笑顔を浮かべていた。
「いえ。どうかお気をつけて。戻られても、無茶はしないでくださいね」
まるで、昔の、リアーナに言うような言葉だったことに笑いをもらす。
「大丈夫だよ。今度こそ」
昏く重くかかっていた雲が、嘘のようになくなっている。
あとにはどこまでも続く青い空が見えた。温かな風に、厳しい冬が終わったのだと感じた。
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その後、結希を助けてくれた女人も処分を免れて、元の仕事に復帰した。
最後のお別れも終えて、エドガルが手配してくれた馬車に乗ること約一日。ようやく見慣れた森の入り口についた。エドガルは争いの後処理に追われ抜けられず、王都での別れになった。
結希はしばらく見ぬ間に葉が生い茂った木々の合間を、キール、アンナ、クリメントと共に歩く。キールが先頭に立ち、皆を先導してくれる。
「アンナ、大丈夫?」
「うん、大丈夫!」
アンナの手を引き、歩きながら声をかける。森の地面には大きな木の根が張っていて、幼いアンナの足ではいささか心許なく思えた。しかし、よっこらしょと木の根を飛び越えると、アンナは結希を見上げ笑った。
「アンナ、最後までお姉ちゃんといたいから、このくらい全然大丈夫なんだよ!」
「――そっか」
健気な言葉に鼻の奥がつんとする。アンナの思いの分も頑張ろう。結希は力強く足を進めた。
「……このあたりだな」
ふとキールが足を止める。
「ここ?」
一見何の変哲もない場所のように見える。
「特に何もな――うわ!」
突風が吹き、木の葉が一斉に揺れだす。考えられない風の吹き方、強く当たる風に、思わず顔を手で覆う。風が吹きやんだころ、恐る恐る目を開くと、そこには最初に出会った頃と変わらない老婆が立っていた。
「キール、お前さんは年寄りに働かせすぎじゃないかい?」
「ただの年寄りではないだろう」
キールの冷めた態度に特に害したようすもなく、老婆は仕様がないと首をふった。
「やれやれ。――お嬢ちゃんもよく来たね」
老婆の視線が結希に移る。結希は慌てて姿勢を正した。
「はい、お婆さんもお元気そうで」
「元気というか……」
キールが口を挟もうとしてやめる。老婆はそんな結希の言葉に目を細めた。
「本当に優しいお嬢ちゃんだ。――それに」
老婆が結希の目の前までやってきて、心の中まで見通しそうな瞳で結希をじっと見つめる。それから、頬を弛めにこやかに笑った。
「よかった。なにかを見つけられたようだね、顔がかわった」
「――はい」
老婆のその言葉にははっきりとそう頷く。この世界に来たおかげで、また家族や颯真と向き合う覚悟ができた。それでも、思い出すと手が小刻みに震えてくるが。
その手をアンナが握った。キールも気遣わしげにそばに寄り添っている。
(そうだ、私には強い絆がある。それはこの世界を離れても変わらない。悲しい記憶が忘れられないように、もらった思いは心に残り続けるから。私はもう諦めない)
老婆が満足そうに頷き、おもむろに頭を下げた。
「お嬢ちゃんには謝罪とお礼を言わなきゃならない。この世界のことに巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思うよ」
「いいえ、そんな!」
結希は老婆の頭を上げてくれるように、手を振る。老婆は「それから」と話しを続けた。
「ありがとう」
「え?」
「お嬢ちゃんが行動したことで、運命が本来あるべき姿に戻った。これは他でもないお嬢ちゃんのおかげだ、ありがとう」
「そんな、私だけの力じゃ……」
そう口にする結希に、老婆は静かに首を振った。
「そうであるにしても、その者たちを変えたのはお嬢ちゃんなんだよ。その事実は変わらない」
「……」
強い老婆の言葉になにも言えずにいると、老婆はにっこりと笑って見せた。
「だから、本当にありがとうね。おかげで森の歪みももう閉じかけてきている。帰るのなら、今のうちだよ」
「はい」
老婆の言葉に強く頷いた。




