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謝罪


「……なに?」


 アンナは警戒しながらも、エドガルが視線を合わせてきたことに戸惑いを隠せないでいる。


「ごめんね」


 エドガルはアンナに向かって、そして結希に対しても深々と頭を下げた。


「え、エドガル!?」


 いきなりの事に声を上げてしまう。一国の仮にも皇帝の地位にある人が、そんな簡単に頭をさげてよいのかと結希が右往左往していると、エドガルは静かな声で告げた。


「ずっと、あの日のことが頭の中で何度も何度も過って、どうしようもなくなって……」

「……ーーー」


 それは、リアーナが殺された日のことなのだろう。口を挟まずエドガルを見ていると、彼は辛そうに目を眇めながらも、弱弱しく言葉を紡ぐ。


「こんなことを今更口にしたところで、許されるはずもないとも思います。それでも、言わせてほしい。――アンナちゃん、それから結希」


 エドガルと目が合う。そこにはもう彼を蝕む狂気と呼べるものは全く感じられなかった。


「本当にすみませんでした。それから……わたしを止めてくれて、ありがとう」

「……エドガル」


 エドガルの変化を見て、この国はもう大丈夫だと思った。

 今まで人間がウヴェーリにしてきた、ウヴェーリが人間に対して行ってきた様々な問題は山のようにあるだろう。それは一朝一夕ではとても解決しないものばかりだ。それでも、いまのエドガルなら乗り越えられる。そう確信した。

 それに、いまは――。


「また道を踏み外しそうになったら、噛みついてでも止めてやるよ」

「――それは、こわいな」

 

 今なら、心強いキールという味方もいる。軽口をたたき合う姿はまるで昔からそうであったかのように馴染んでいて、これが本来あるべきふたりの姿なのではないかと思った。

 ウルスタ皇国から狂気が取り去られた。今までとは違う風が吹いている気がした。

 



 長く息を吐く音が聞こえる。


「これではリアーナ様に笑われてしまうな」


 力ない声に振り返ると、エドガルが城から見渡せるウルスタ皇国の街並みを見ながらつぶやいた。


「なにが大切なものなのか、わからなくなっていました。すべてがどうでもよくなっていたのです。

――けれど、結希のウヴェーリに向き合う姿を見ていて思い出しました。リアーナ様の笑顔と、リアーナ様が成し遂げたかったことを。長く忘れていた」

「エドガル……」


 キールも口を挟むことなく、ただその言葉を聞いている。エドガルは強く拳を握り、言葉を吐き出すその姿からは、不甲斐なさと後悔が滲み出ていた。


「リアーナ様はよく言っていた。人間もウヴェーリもなんの隔たりもなく笑って過ごせる国。そんな国が夢なのだと、そう言っていた」


 俯く彼の顔に黒髪がかかる、一瞬泣いているのかと思った。


「もう、遅いのかもしれませんが……」

「そんなことない!」


 エドガルの言葉に思わず声をかけていた。エドガルが目を見開いている。そんなことはお構いなしに、結希は身を乗り出して訴えた。諦めかけている彼を、放ってはおけなかった。


「なにかを始めるのに遅すぎるなんてことない!それが本気で望むものなら叶うって、私はそう信じたい!!」


 キールが優しい眼差しで微笑んでいる。


「……」


エドガルは目を見張り、ふと目元をゆるめた。


「――ああ、そうですね」


 次こそは、街並みを眺めるエドガルの目に迷いはなかった。


「自分がどこまでできるのかわかりません。けれど……わたしはもう一度やり直したい。いや、やり直して見せます」


 拳を握る姿を夕日が照らす。街並みもエドガルも鮮やかなオレンジに染め上げられていた。傍らに佇むキールの銀色の毛並みにもオレンジが反射して、よりキラキラと輝いている。

 

 ようやく、届いた。

 こんな私の言葉でも、誰かに届く事だって、あるんだーー。

 

これまでの長い道のりを思い出すと、胸の奥にこみ上げるものがあった。

この国の真の復興はこれからだ。



「あなたはこれからどうするのですか?」

「私?」

 

 振り向き結希に問うエドガルに戸惑う。なんと言えばいいのか。そもそもこの世界の人間ではないし、かといって帰り方もわからない。


「この国に、残ってはくださいませんか?」

「え?」


 エドガルの突然の申し出に声が裏返る。


(ウルスタ皇国に残る?)


 その意味を考える。この国に残るのは、確かに魅力的だった。エドガルもキールもいる、アンナやクリメントさん、今まで出会った優しい人達だっている。

 それにーー、この国には私の声を聞いて、私を必要としてくれる人がいる。この国は私にとって夢のような場所だ。現実の私とは、違う。またあの場所に戻れば、私は元の流されるままの、諦めるばかりの私に戻ってしまいそうな気がした。

 加えて、言いたいことをぶち撒けるだけぶち撒いて飛び出して来てしまったのだ。今更もとの世界に帰ったところで、どういう顔で帰ればいいのかもわからない。


(それなら、ここにずっといたほうが……)


 そう思った時だった。キールが結希に向き直り、口を開いた。


「アンタは帰れ」



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