ありがとう
「――陛下はご乱心だ!……俺がやらなければ、おれが、オレが」
一瞬躊躇したガッツォだったが、ぶつぶつとまた呟きだす。
「わぁああぁあ――――!!!」
独り言を言っていると思った次の瞬間、奇声を発しながら、剣の先を結希に向け振り下ろした。
「――っ」
「エドガル様!!」
間にいたエドガルが自身の剣でその剣を受けると、周りで見守っていた他の兵士達が一斉に動き出す。兵士の一人がエドガルを守るようにガッツォとの間に割り込み剣を構え、他の兵士がガッツォに迫る。
「クソ、離せ!誰に触れていると思ってんだ!俺はこの国きっての狩人なんだぞ!!」
暴れまわるガッツォを、兵士が三人がかりで押さえる。さすがに身動きとれずに、ガッツォが地に膝をついた。地面に頬を当てながらも「クソ!」と叫んでいる。それを見ながら、エドガルが取り押さえている兵士に指示を飛ばした。
「その男を牢へ」
「は!」
兵士達がそのままガッツォを連れていく。ガッツォの姿が小さくなっていくのを見て、ようやく結希は息を吐いた。
「はぁ――」
長く息を吐き、呼吸を整える。本当に、生きた心地がしなかった。
「なんだ、アンタへばったのか?」
いつの間にか、白銀の毛をたなびかせたキールが横に並び、茶化した口調で結希に話しかけてきた。そんなキールを結希は睨む。
「しょうがないでしょ。怖かったんだもん」
「そうですよ、無理もないことです。こんな恐ろしい体験をすれば誰だってそうなります」
キールのからかうような言葉に、エドガルがフォローを入れてくれる。二人の間の空気は、これまでに比べてずっとやわらかい。
そんな二人に、結希は頭を下げた。
「!?」
結希の突然の行動に驚く二人に、顔を見てお礼をいう。
「助けてくれて、ありがとう」
結希の曇りない笑顔に、二人も笑みを溢した。それはとても優しい笑顔だった。
「――お姉ちゃーん!!」
「――!?」
ふいに聞こえた聞き覚えのある声に辺りを見回す。声の主を探していると、首に幼く柔らかな両腕が巻きついてきた。
「お姉ちゃん、見つけた!!」
「わっ!アンナ!?」
いつから、そしてどこにいたのか、クリメントとともに人並みをぬって近づいてきたアンナが、背後から結希に抱き着いた。
結希はアンナに向き直ると、改めて両腕いっぱいにアンナを抱きしめた。久しぶりの温かい小さな体に、涙腺が弛む。
「アンナ、どうしてこんな危ないところに……」
すると、アンナは怒った顔で結希の腕の中から顔をあげた。
「お姉ちゃんを助けるために決まってるでしょ?キールも、ここに集まったウヴェーリのみんなも、お姉ちゃんを助けようと来てくれたんだよ?」
「――私の、ため?」
たしかに、外にでてウヴェーリがこれだけいることに驚いたが、それがまさか自分のためとは思わず、目を見開く。
「あの村で生き残ったウヴェーリの皆とキールが事情を話して、お姉ちゃんのために仲間を集めてくれたの。あとはね、西の街で噂をながしたりとか――」
その言葉に結希はハッとする。
「あの噂もそうだったの?」
「うん!あれはアンナがやったんだよ。人間に噂がちゃんと広まるためには、同じ人間であったほうがいいだろうって、キールが。だから、アンナもがんばったの!!」
満面の笑みで覗き込む顔は得意げだ。何気に将来がこわい少女である。
「今後が楽しみですね」
同じことを思ったのか、エドガルが結希に笑いかける。結希も微笑みかけようとしたところで、間に小さな影が割り込んだ。
「ダメ!お姉ちゃんに酷いことしたら、あたしが許さないんだから!!」
「アンナ?」
小さな体で、めいいっぱいに両腕を広げるアンナは、結希を背にエドガルから守っているようだった。突然のことにきょとんとしていると、横にいるキールから助け舟が入った。
「アンナは、一緒にいたアンタがさらわれたのがよっぽどショックだったんだろう」
「……そっか」
今の今まで一緒にいた人が突然いなくなったのだ。確かにトラウマになりかねない事件だった。アンナには悪いことをしてしまった。
どう声をかけるか考えていると、結希よりも先に意外な人がアンナに言葉をかけた。
「アンナちゃん、でいいのかな?」
しゃがみ込み、アンナと視線を合わせるのはエドガル本人だった。




