本当の気持ち
言ってしまってから、エドガルはハッと口元を押さえた。自分が一番結希とリアーナを重ねていただけに、自分の口から出た言葉が信じられないのだろう、目を見開いている。結希はそれを見て、しっかりと頷いた。
「そうだよ。私はリアーナじゃない」
「そんなつもりは……。あなたはリアーナと同じはずで――」
「けれど、リアーナじゃない。それはエドガルが一番わかっているはずでしょ?」
「……」
口を閉ざし、俯くエドガルにつづける。
「私はリアーナじゃない。だから、私は死なない。死んだりしないんだよ」
「――!!!」
エドガルの瞳が見開かれる。キールの息を呑む音が聞こえた。
我に返ったように、復讐という名の狂気に呑み込まれていたエドガルの瞳に正気が戻っていく。もう一度、しっかりとエドガルに視線を合わせる。ここにいないリアーナのためにも、結希はエドガルに向き合った。
「もう、大丈夫だから」
「……っ」
意識せずに出てきた言葉だった。それが、結希自身から出たものなのか、それとも結希のなかのリアーナから出た言葉なのか、それはわからなかったけれど、その言葉に嘘偽りがないことだけは確かだった。
俯くエドガルから滴が伝い落ちる。長い間、一人で戦ってきたのだろう。エドガルの心はボロボロだった。狂気にのまれながらも、すんでのところで踏みとどまっているように見えた。
「エドガル――」
胸が苦しくなって、彼のそばに歩み寄る。彼に触れようとして手が止まった。エドガルが今にも崩れてしまいそうに脆く見えて、触れるのがためらわれた。すると、エドガルの方から手を伸ばしてきた。その手が弱弱しく、そっと結希の服を掴む。それは幼い子供のようで、いままでの強引とも思える彼の結希への扱いからは考えられないものだった。
「大丈夫」
「――結希」
結希はエドガルの背に手を回した。落ち着かせるように、背中を優しくなでてやる。まるで、お姉ちゃんになった気分だった。この感情はリアーナのものなのかもしれない、そう思いながらエドガルを抱きしめた。エドガルの手が恐る恐る結希の背に回される。そして、強く抱きしめられた。しかし、以前とは違って、痛みを感じさせない優しい力で。
「……ありがとう、結希」
しばらくそうした後、落ち着きを取り戻したエドガルがそう言う。名残惜しそうに体を離して、結希の目を見た。
「リアーナ様の思いも、結希の思いも、わたしは大事にしたい」
「うん」
誠実な眼差しに、結希は深く頷いた。
憑き物が落ちたように、エドガルの目からはもう狂気は感じない。長い誤解、歪みから生じた昏い雰囲気は消えている。リアーナの記憶のなかで見た、優しい彼の顔が戻っていた。
「ありがとう。わたしは結希の選ぶ未来を見てみたい」
「オレも興味ある」
今まで傍観者を決めこんでいた、キールがエドガルに並び言葉を挟む。
「ーーアンタが望む世界がどんなものなのか」
「わたしたちに、教えてくれませんか?」
二人の言葉に、ゆっくり頷く。
この世界に来るまで自分の意見を望まれたことなんてなかった。間違ってばかりで、臆病な私だけど、こんな私でも、だれかの役に立てるのなら。思ったことを口にしても許されるのなら。リアーナの想いも込めて、自分の言葉にのせて皆に伝えたい。
「私が言えることなんて、とても小さなものなのかもしれない。それは誰かにとっては残酷なことで、ただのきれいごとだと言われることかもしれない。それでも聞いてほしい!!」
短い人生のなかで、これほどまでに声を張ったのは初めてかもしれない。ここにいるすべての人に届くように、声を絞り出す。普段は声が通らない方なのに、今は恐ろしいほど真直ぐに声が響く。場に静寂が訪れた。兵士は武器を下ろし、ウヴェーリも唸り声をおさめている。いくつもの瞳が結希を捉えた。
「――このなかには、ウヴェーリに家族を、大切な人を奪われた人が多くいるのだと思う。けれど、それは相手も同じ。人間にかけがえのない存在を傷つけられたウヴェーリがこのなかにはたくさんいる」
見回すと、それぞれが大なり小なり怪我を負っているのがわかる。それぞれ、皆が等しく傷ついている。その点で、人間もウヴェーリも差はない。
「どちらかが、ううん、どちらも終わらせなければ、この不幸の連鎖は止まらない。ただ憎しみにかられて動くだけじゃ、出口なんて見当たりはしないんだよ」
「……」
エドガルもキールもただ静かに耳を傾けていた。結希は二人にも届くようにと、言葉に祈りをのせる。
「私はここにきて、ウヴェーリの皆のおかげでここまでこれた。確かにはじめは、人間ってだけで嫌悪されて確かに悲しかった。けれど、嫌悪していながらもこんな私をキールは、ウヴェーリは助けてくれた。火のおこし方、山菜の種類、この国のこと、……村での襲撃。悲しみも、それ以上の喜びもウヴェーリにはたくさんのことを教えてもらった。きっと、一人じゃどうすればいいのかわからなかった。もしかしたら、誰もいない森に一人凍死していたかもしれない」
キールは表情こそ変えていないが、照れているのか、耳をピクピクと揺らしている。それを視界の端にとらえ、心が温かくなる。
「どうかウヴェーリ達のことを、国の敵としてのウヴェーリという括りだけで見ないでください。人間だって皆がみんないい人というわけじゃない。それと同じで、悪いひとばかりでもない。ウヴェーリだって一緒だよ」
喉が引きつる。熱い痛みに、胸元を押さえた。
――お母さんがあの子と仲良くしなさいっていうから。
――本当にあなたは、颯真くんに比べて……。
誰も自分のことを見てくれないというのは、どんなに個人を孤独にさせるものなのか、結希は嫌というほど知っている。颯真の親類という括りだけでしか自分を見てもらえないというのなら、それは結希という人格を見てもらえないということと同義。
そんなのは、さみしすぎるから――。
「ウヴェーリ達のことも、種族という括りでなく、一人ひとりを個として、ちゃんと見て考えてください!」
キールの顔が歪むのがわかった。俯き、それでもまた、今度こそ目を逸らさぬように、顔をあげる。
「それから、ここに集まるウヴェーリ達にも、聞いてほしい」
並ぶ様々な毛色のウヴェーリ達を見渡せば、そこには無事だったのか、襲われたウヴェーリの村で出会ったウヴェーリの親子もいた。そのことに、ほっとしながらも、気を引きしめ伝える。
「――諦めないでほしい。今までたくさんのことを、諦めざるを得なかったんだと思う。わかる、だなんてそんな無責任な言葉なんて言えない。辛いし、難しいことだとは思う。それでも――」
そばに立ち、結希の声に耳を傾けるキールにも伝えたいことだった。
どうせダメなのだと、結希自身が自分の色々なことを諦めてきた。そして、この世界にきて、様々な出会いがあって、そこでやっぱり思うのは、諦めたことに対する後悔だった。
生きていれば、どんなことにも後悔はする。片方を選べば、もう片方を選んでいればもっと良い未来が待っていたのではないか、行為に対して行えば行わなかった方の未来を、どうしたって考えてしまう。けれど、やったことに対する後悔よりも、やらなかったことに対する後悔はすさまじく大きい。一生の後悔になってしまう。
それならば、当たって砕けてしまった方がよほどいいではないか。だから――。
結希は大きく息を吸い込んだ。
「最初からあきらめてほしくない!わかってもらえる、伝える勇気を。――私も、諦めたくないから!!」
嗚咽が喉元までこみ上げるのを必死で押さえる。
気を緩めれば、今にも泣き喚いてしまいそうだった。
はやいもので、もう最終章です。ちょっぴりさみしい。。。
もう少しだけ続くので、最後まで楽しんで頂けたら幸いです。




