解けた誤解
二人とも動揺した顔をしていた。
特にエドガルは信じられないというふうに首を振っている。そして、口から呆然とした声がこぼれた。
「そんな、はずは……」
いままでの十年、キールはエドガルを、エドガルはキールを犯人であると憎んで生きて来たのだ。今更、信じられないと思ってもしかたがないことだと思う。けれど、それが事実だ。間違った、歪んだままの事実ではこの国も、誰も、前には進めない。
(それだけは、ダメだ)
そう思うから、結希は言葉を紡いだ。
「それが真実だよ。だから、エドガルもキールもどちらも悪くなんてない」
呆然と力のない足取りで結希に近づき、エドガルは尋ねる。近づくエドガルに、反射的にキールが唸った。
「では、だれがリアーナを殺したというんですか」
虚ろな瞳に、結希の姿が映る。憎むべき相手も失った彼は、自分の気持ちのやり場のなさに苦しんでいた。
「そ、れは……」
口にしかけ、すんでのところで言葉をしまう。先ほどリアーナの記憶の中で見た、弓を引くガッツォの姿が頭から離れない。
「結希?」
キールが心配そうに声をかける。自分でもなぜ言ってしまわないのかわからない。犯人がだれなのかはわかっている。それでも口にできないのはきっと……。
(ガッツォの奥さんはウヴェーリのせいで亡くなったんだよね?)
かつてワスレジの森の小さな家の中で見た、幸せそうな写真を思い出す。精悍な顔つきで、でも恥ずかしそうなようすの男性と、優しい目をした女性。たぶんあれが二人にとっての安らかな居場所だったのだろう。幸せそうな写真からは考えられないほど険しい顔つきをしていたガッツォの表情。どれほどの辛さがあったのか結希は知らない。それでも、あの優しそうな時間が彼にもあったのだと思うと、今ここで彼の名を口にするのはためらわれた。
「まさか――?」
ふとエドガルが口を開く。彼の視線はいまだ戦う兵の中に向けられている。その中には、ガッツォの姿がある。
「あいつがわたしに報告をしてきた。それに、狩りのプロであるやつなら、他にウヴェーリを捉えて傷をつけさせ、それをキールヴァトロフの仕業だと見せかけることもできる。――ガッツォなら」
「……オレにエドガルの命令だと言ったのも、そいつだ」
キールも思い出すように口を開く。結希が言わずとも、二人のなかで犯人が確定されていく。
「クソっ、なんでこんなことに頭が回らなかった!奴の奥方は亡くなったばかりだった。ウヴェーリへの憎しみはひと一番強かったはずだ」
エドガルが唇を噛む。口の端から血が滴り落ちて、地面に広がった。
「ガッツォ……長年欺いてきたというのか。許さない、ガッツォ!」
エドガルが体の向きを変え、歩きだそうとする。
「ま、待って!!」
結希は慌てて立ち上がり、エドガルの黒い羽織の裾を引いた。このままでは、また同じことの繰り返しだ。憎しみからはやはり憎しみしか生まれない。
「…… 離せ」
今までの丁寧な言葉づかいが消え、感情むき出しに言葉を発する。引かれても先を行こうとするエドガル。それでも、結希はその服を離そうとはしなかった。強く、決して手放さないように握りしめる。手が白くなるほど。
「ダメ。エドガルが……しようとしていることを止めるまで、私は離さない」
「わたしがなにをしようとしているか、わかるとでも?」
「……」
冷たい問いかけに声が出ない。いままで彼が怖いことはあっても、これだけ突き放したような声は初めてだった。唇が震える。
「エドガルはガッツォを……」
続く単語の重さに口に出せずにいると、横に並んだキールが助け舟を出した。
「殺そうと、しているんだろう」
「――キール」
横に並ぶキールの顔を見上げるけれど、いつもと同じ無表情で、そこからはなにも読み取れなかった。
「……ああ、そうですね。それの何が悪いのですか?リアーナ様を、この国の女帝を彼は殺したのですよ。殺されてしかるべきでしょう?」
あたり前のことのように言うエドガルの視線が、足元にいる結希に向けられた。その視線に身が竦む。しかし、次の瞬間彼の冷え切った瞳が揺れた。
「それに……あなたまで殺されるかもしれない。わたしが殺さないといけないのです」
「……っそんなことない!」
苦々しげに口にするエドガルに、思わず大きな声を上げてしまう。あまりの声の大きさに、周囲にいた争いに傷つき倒れていたものたちの視線まで集めてしまう。それでようやく、こちらのようすがおかしいことに気付いた周囲のもの達は、次に結希が発した名に手を止めた。
「リアーナはこんなこと望んでない」
「――!!!」
その名前に動揺したエドガルの歩みが止まる。エドガルの肩が小刻みに揺れていた。
「――る」
「え?」
「あなたになにがわかる!……あなたはリアーナではない!!!」




