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私が、止めます


 リアーナの凛とした声が結希の頭に滲み込んでいく。そのうえ、とリアーナが口を開いた。


「私は死の間際強い思いを抱いてしまった」


 先ほどのイメージが頭に思い浮かぶ。

キールに伝えないと、彼女はそう思っていた。死の間際、強く、強く。


「強い思いは歪みの穴を大きくする。それをわたしはわかっていたのに……。歪みが広がったことによってあなたを引きこんでしまった」


 俯くリアーナの声に、老婆の言葉が続く。


「ワスレジの森は昔から歪みが開きやすいところでね、数十年前から様子がおかしかった。そこに本来死ぬはずではなかったリアーナ様の死と、後悔の念で大きくなった穴に、お嬢ちゃんが落っこちたというわけだね」

「……」


 ようやく少しではあるが、自分がなぜこの世界に来てしまったのかが分かった。そして、老婆の言葉に引っかかりを覚える。


「数十年まえ?」


 確か、リアーナが死んだのは十年前のはずだ。それ以後歪みのようすがおかしいのならばわかる。しかし、老婆は、それ以前から様子がおかしかったような言い回しをする。ならば、なにか別に原因があるのか。


「勘のいいお嬢ちゃんだ」


 老婆がくつくつと笑う。老婆が以前に言った言葉が思い起こされる。


『お嬢ちゃんにはやることがある』

『彼らを助けてやっておくれ』 


 結希は顔を上げ、老婆を見つめた。


「ウヴェーリと人間の争いが原因?」


 老婆がすぐ近くまでくる。


「正解だよ」       


 老婆は強く杖をついた。


「ウヴェーリはもともと歪みの番の補佐役だったのさ。番人は本来、なにが起こるか知っていてもその事柄に無暗に干渉はできないし、直接この世界の人間に助言することも許されていない。それが世の理であり、逆に干渉してしまうと歪みを大きくしてしまいかねなかった。だから、番人が異変の元を見つけ、ウヴェーリが天からの助言として人間達に伝えていた。そうやって、歪みが大きく開くのをくい止めていたんだよ。だがね……」

 

 老婆が口を噤むと、今度はリアーナが低い声でこたえた。すべて、自分に責任があると。


「人間が、そのウヴェーリを狩っていった」

「……」


 悔しそうに唇を嚙むリアーナがいた。

 静寂が空間を包む。ウルスタ皇国の主都のようすが頭に浮かんだ。あの現状も、人間が自ら作り出したということなのだろう。自分で自分の首を絞めていたのだ。

 エドガルの、キールの苦しそうな表情がよみがえる。それを止めるためには、やはり人間とウヴェーリとの争いを止めるしか方法はない。


「私が、止めます」

「けれど、本来あなたは無関係なはずなのに……」


 リアーナの気遣う言葉を遮る。


「確かに、はじめはそうでした。なぜ自分がこの世界に飛ばされたのかも、こんな理不尽な目に合わなきゃいけない理由もわからなかった。全部、どうでもいいやって。けど……」


 顔をあげてリアーナを見る。その瞳には、諦めはなかった。


「キールと会って、アンナやクリメントさんと会って、私は救われた。ここにいてもいいんだって思えたんです。そして、怒りながら泣いていたエドガルを助けたい、心に憎悪を抱いたままのキールを止めたい、そう思いました。だから――」

「……―――」

「私の意思で、彼らを止めます」

「――あなたは、強い子ね」


 リアーナはそう言うと微笑んだ。両手で包み込むように、手を握られる。そこに、温かな滴が伝い落ちてきた。


「お願い、二人を、この国を、助けて……!」


 その震える手を、結希はそっと、けれどしっかりと握り返した。

それを最後に、二人の姿が霞がかかるようにぼんやりと消えていく。



+++++++++++++++++++++++++++


 

「アンタ、大丈夫か?」

 

 いつのまにかしゃがみ込んでいたらしい。傍らに佇むキールが心配そうに覗き込む。


「キール?」


 まだぼんやりとした瞳でそちらを見ると、訝し気な目をするキールと視線が合った。少し離れたところでは、案じるエドガルの姿が目に入る。


(私戻ってきた?)


「そうだ――」


 自覚すると同時に先ほどリアーナと話した内容も鮮明に脳裏に思い起こされる。自分のすべきことをするために、私は今ここにいる。


「二人とも誤解してる。リアーナが死んだのは、キールのせいでもエドガルのせいでもない!!」

「――!?」

「――なに?」



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