鏡写し
言葉の真意を測りかねて、結希は首を傾げた。
「あの、それはどういう意味ですか?」
結希の疑問にリアーナは頷いた。
「そうよね、わからなくても無理はないわ。ここではないもう一つの鏡写しの世界、って信じるかしら?そこでは、同じような人が存在しているけれど、歳や立場や状況が異なっているの」
もといた世界でいう、パラレルワールドと似たようなものだろうか。しかし、物語として読んだことがある程度だ。ただの空想上の現象として。
「物語には出てきますが、信じるかといわれると……。でも、色々と訳の分からないことが起きすぎてて、今なら信じられます」
正直にそう伝える結希に、リアーナはそうねと笑う。
「この世界でも、その存在を知る者は王族と少数の貴族だけ。混乱を起こさないためにも国民には伏せてあるのだけれど。あなたは巻き込んでしまったから、伝えるわね」
そういうと、リアーナは一つ息を吐き、話し始めた。
「あなたは実際にこの世界に来てしまったから、わかるだろうけれど、この世界とは別にもう一つの世界が存在する。しかし、そこは似ても似つかぬ全くの別世界」
たしかに、ウヴェーリがいたりだとか、科学技術はあまりなく、狩りが生活の基盤など、自分達の居た世界とは随分異なる。
「しかし、似た者、いえ同じ人になるのかしら。つまり同じ魂の人間はいるの」
「――同じ魂の人間?」
オウム返しに言葉を口にする。その言葉を口で転がしたところで、意味がよく分からない。首を傾げていれば、リアーナに微笑まれる。
「簡単に言えば、こちらの世界にいる人はあちらの世界にもいる」
「……と、いうことはエドガルやキールと同じ魂をもった人が私のいた世界にもいる、ということですか?」
「そう」
わかってくれたのが嬉しいのか、笑顔を浮かべてリアーナが頷いた。
「心当たりは、ない?」
(そういえば……)
幾度かエドガルと颯真が重なって見えたことがあったことを思いだす。あの時はそれどころではなくてなにも思わなかったけれど、言われてみれば引っかかるところがある。
「ごめんね」
後悔の色が浮かんだ声に、顔を上げる。リアーナの俯くようすが見えた。
「今思い浮かんだ人、最近のようすが変ではなかった?」
「え……」
投げられた言葉が結希の中の核心をつく。思い出したくなんてないのに、ここ最近の颯真の結希に対する脅迫的な行動が強制的に頭を占める。握る手がわずかに震えた。
「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまったわね」
結希の態度で何かを察したのか、気遣う声に首を振る。
「違う世界にいても、魂は同じだから、わたくしにもあなたの痛みがわかるの。あなたがわたくしの記憶を見られたように」
「じゃあ、あれは……」
「そう、あれは本当に起こった過去。わたくしの記憶」
(幻でも夢でもなかった)
リアーナは言葉を紡いだ。
「魂が同じでも、その世界に同じ魂を持つ者は二人も居られない。そうやって二つの世界はなりたっていたの」
「じゃあ、どうして私はこの世界に?」
リアーナがいるならば、結希がウルスタ国にいるのはおかしい。
「同じ魂はお互いに影響しあう。片方が死ねば、もう片方も死ぬ」
「――!?」
その理屈で行けば、結希が死んでいないとおかしい。今も結希は生きて、なぜかもう一つの世界のウルスタ皇国にいる。
「けれど、本来の星の巡りでは、あの時点で死ぬのはキールであって、リアーナ様ではなかった」
「ーーおばあさん?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはワスレジの森で会った老婆が立っていた。老婆はリアーナを見て、目を眇めた。
「お久しぶりですな」
「番人のおばあ様も、お元気そうでなによりです」
リアーナが老婆を番人だと呼ぶ。老婆は快活に笑った。
「もうしわしわのばばあですが、いまでも現役で頑張っておりますわ」
老婆に、リアーナも笑う。
「あ、あの……」
話しについていけずに声をかけると、二人は謝り話を続けた。
「すまんの。……本来死ぬべき運命ではなかったものが死んだことによって、世界に歪みが生じたんじゃ」
「歪み……」
「その歪みの余波で、リアーナ様に近しい者のようすもおかしくなった」
「……」
リアーナが痛切な面持ちで自分の腕をつかんでいる。
(だから……)
はっとする。先ほどの、近しいもの、つまり颯真のようすがおかしくなかったかという問いは、そこにつながっているのだろう。リアーナの一番そばにいた人間であるエドガルがその余波を受けたのならば、同じ魂をもつ颯真のようすがおかしくなっても不思議はない。
「そして、本来ここにあるはずの魂を、世界が求めた」
「それって――」
「そう、わたしの魂の溝を埋めようと、世界があなたを招き入れた」




