あなたはわたし
リアーナの言葉に重なり、森に響き渡る声。その内容に、目を見開く。理解が追いつかない。
では、今このような状況になっているのもエドガルのせいなのだとでもいうのだろうか。一番に信頼している彼が――。
(そんな、そんなわけない。エドガルがそんなこと――)
「……あの、小僧が」
「キール?」
キールの視線の先には、王城付の狩人の服を身にまとった人達がいた。その中心にはガッツォがいる。彼は、王城でも特にエドガルに近い人物だった。キールの瞳は真直ぐに王城を捉えていた。なにかの誤解だと言おうとしたところで、また森にガッツォの声が響く。
「やれ!!」
その掛け声とともに無数の弓が引かれる音がする。
――キールに向かって。
とっさに、呆然としているキールの背中を押す。
「逃げて!キール!!!」
「――!」
リアーナの声にハッとしたキールの脚が動く。しかし、動きかけまた止まった。
「けれど、アンタは……」
動けないリアーナを振り返る。今意識があるのが不思議なほどのおびただしい量の血。もう助からないことは、自分が一番理解している。だからこそ、助かる可能性のあるキールには生きてほしい。
「私は大丈夫だから、行って!!!」
(うそだ。私はもう……)
それでも、生き延びてほしいから、キールを逃がす。キールの目が揺れる。自分が酷なことをしている自覚はある。それでもキールには生きていてほしいから。その強い眼差しに気付いたのか、キールは脚を進めた。風を切り加速していく。
「待て!!ウヴェーリが逃げたぞ!追え!!」
ガッツォの掛け声とともに、狩人達が走り出す。リアーナは横たわりながらも、狩人達の顔を見上げる。
「――?」
(王城付の狩人じゃ、ない?)
確かに服装は王家直属の狩人のものだ。しかし、ガッツォ以外は見たことのない顔ぶれだった。疑念が胸を過る。目が眩み、息も絶え絶えなリアーナに、ガッツォが近づき、しゃがみこむ。
「リアーナ様はおっしゃいましたよね。ウヴェーリのことはどうか恨まないでほしいと」
「……」
ウヴェーリと人間との争いで死んだガッツォの奥方が亡くなった時に、掛けた言葉だ。もう声も出ないため、視線だけで答える。リアーナと目が合うと、ガッツォは歪んだ笑みを浮かべた。そこには深い闇しかなかった。
「無理ですよ、そんなこと。恨まないでいられるはずがない」
「……」
「エドガル様の命令なんて嘘です」
「――!?」
やはり、さっきの狩人達は王城付のものでなく、他の狩人仲間か、もしくは人間至上主義の者たちか――。
(このことを、キールに、教えないと)
片腕で引きづるように前に進もうとするリアーナにガッツォが嗤う。
「もう遅い!すべてははじまっているんだ!」
狂ったように嗤いだすガッツォの声が森に響き渡る。
(キール、どうか気づいて。エドガルのせいじゃない!)
腕を伸ばすが、思うように持ち上がらない。自分がちゃんと動けているのかもわからなくなってきた。体に重石でも入れられているかのように重くて、眠い。波が引いていくように意識が吸い込まれていく。目を閉じる瞬間に、エドガルとキールの顔が浮かんだ。
(――伝えないと)
完全に瞼が閉じる。その場には、リアーナの伝えなくてはならないという強い思いだけが、森に木霊していた。
+++++++++++++++++++++++++++
意識が浮上する。目尻から伝い落ちるこれは、私のモノなのだろうか。
――辛いものを見させてしまって、ごめんなさい。
「――!?」
脳裏に直接響く声に当たりを見回す。その声は今までとは違い、結希に向けられているものだった。
見える世界が変わっていき、周囲が薄く霧がかったような空間になっていく。キールやエドガル、他の人間やウヴェーリですらも見えない。ただただ、白い霧が視界を覆っている。
そのなかに、イメージで見た女性が佇んでいた。ブロンドのウウェーブのかかった豊かな髪を腰のあたりにまで伸ばし、外へ活発に出るとは思えないほどの白く細やかな肌。なによりも、芯の通った凛とした碧眼が人目を惹く。白昼夢のようなイメージの中で、幾度となく現れた彼女だった。
「あなたは、リアーナ、さん?」
「ええ」
そう言ってふっと笑うようすは、どこか茶目っ気も感じられた。改めて結希を見た彼女は、申し訳なさそうに俯いた。
「ごめんなさい。この世界のことは、本来あなたに関係のないことなのに。わたくしのせいで巻き込んでしまった……」
「私がこの世界の人間じゃないって知っているんですか?」
「ええ、だってわたくしはあなただもの」
そう言って、リアーナは小さく微笑む。




