一瞬の出来事
リアーナとキールは昔、まだウヴェーリが差別されていなかったときからの幼馴染みともいえる存在だ。人間とウヴェーリはそれほど近くて、当たり前のようにそばにあった存在だった。それが、他国との貿易が盛んになったこの頃は、日に日にウヴェーリを見かけることはなくなってきている。
「アンタはまた、抜け出してきたのか」
溜息混じりに言うキールはやれやれといったふうだ。
「友達との大事な時間だからね」
「一国の主がこんなことでいいのか……。あの小僧はなにか言ってないのか?」
キールの言う小僧とはエドガルのことだろう。キールがいくつなのか詳しくは知らないが、結希より年上なのは確実だった。ウヴェーリは長命だと聞くし。
エドガルを気遣うように、キールが息を吐く。その態度は失礼だと思うのだが。よく考えてみれば、覚えがなくはない。かもしれない……。
「別に?」
「なぜ首を傾げる。……あんまり、困らせてやるなよ。最近アンタがオレばかり構っているせいか、あいつと偶に会った時の視線が痛いんだ」
「――どうして、私がキールに構うとエドガルの機嫌が悪くなるの?」
「……」
キールは先ほどよりも大きく深いため息を吐いた。
「あいつも大変だな」
「え、なんで!?」
立て続けに聞こうとすると、キールに視線を逸らされる。
「知らない。自分で考えるんだな」
「……けち」
小さく言ったのに、キールの大きな耳がピクリと動いた。敏感に音を拾ったらしい。睨んでくるキールの目を無視しつつも、面白くなって笑ってしまう。
「どうした?」
突然笑い出したリアーナに、キールが心配そうに覗き込んできた。
「ううん、なんでもない」
キールに向き合って答える。キールは訝しみつつも、リアーナが変なのはいつものことかと納得していた。それはそれで心外だ。
(人間とウヴェーリ)
自分が思い描く人間とウヴェーリとの関係は、こんな何気ないものなのだと改めて認識する。昔のように、当たり前にウヴェーリと取り留めのない話をしたり、笑いあったり、私はもう一度、ウルスタ皇国をそんな国にしたい、そう強く思った。
「アンタといつまでもこんなふうに笑っていられる世界なら、いいな」
「――うん」
まさか同じことを考えていたとは思わなくて、思わずキールを見る。俯くキールの姿を捉えた。瞳が切なく揺れているのは、難しいことだと思っているからなのか。
「大丈夫だよ。私は女帝だよ?なんとかなる」
「とてもそうは見えないな」
「なんですって―」
女帝になりたてのリアーナを見る目はうさん臭そうなものだった。そんなキールに頬を膨らませ、また二人で笑いあう。この空間がとても好きだとリアーナは思った。平和ななんでもない日。
この日もそうなるはずだった、なのに……。
一瞬のことだった。
「――っ!?」
視界の端に違和感を感じ、目を凝らす。キールの背後の森の中にほんのかすかに、鈍い錆色のものが見えた気がした。胸がざわつく。森、鈍い錆色のものが動いている。それはまるで、狩人の使う矢のような……。
ウルスタ皇国の産業の多くは狩人の捕ってきたものにより成り立っている。そのため、狩人の持つ力は強く、地位的に貴族の方が上と表面上はなっているが、数の少ない貴族院と数の多い狩人は実質同等の立場となっていた。
そんな狩人がこんなところにいる理由。嫌な予感しかしない。最近は不当にウヴェーリを狩る者もいる。この国にしかいないウヴェーリという存在は希少で、その毛皮は高く売れるのだとも聞いたことがある。
ウヴェーリと人間の争いがこの間もあったばかりだ。ガッツォの奥方もそれで亡くなっている。動悸が止まらない。
「どうした?」
「――あ」
弓を構えるようすが目にはいる。やはり、錆色のそれは尖り、弓の先端についている。
「危ない!!」
「――!?」
リアーナがキールを突き飛ばす。キールは反動で倒れ、先ほどまでキールの居た位置に立つリアーナの胸には、矢が突き立っていた。胸からじわじわと溢れ出す鮮やかな血をキールは呆然と見つめた。リアーナの膝が崩れ落ちる。地面の冷たさを、頬に感じた。
「り、りあーな?」
「あ、久しぶりに、名前……」
こんな時なのに、そんなことで喜んでしまう自分はとても滑稽だと思う。
「呼ばれた」と喜ぶリアーナはいつものと変わらない。それが余計に、体に突き立った矢の不自然さを際立たせていた。
「そんなこと今はどうでもいい!!リアーナ、一体だれがこんな!!!」
心配そうにリアーナを見、矢の方向を険しく睨み付けるエドガルに、痛みに顔を歪めながらも必死に笑顔をつくろうとして、失敗した。
「キール、ケガはない?」
「オレはなんともない。それより――」
傷口に向けられる瞳が揺れる。強いキールのそんな表情は初めてだった。
「大丈夫、だよ。ねえ、キール……」
「エドガル様の命により、キールヴァトロフ、お前を排除する」
「「!?」」




