いてはいけない?
黒衣が風になびく、エドガルが微笑みを浮かべる。
「久しぶり、なのかな?薄汚れたウヴェーリのみなさん」
涼やかな声で猛毒を吐く彼を、キールは睨んだ。
「よく言う。壊れたやつが」
互いに睨みあう。相手のことを今更、心にいれる余地などない。
「やれ」
「うぉぉぉ――!!!」
エドガルの声で、兵士達が一斉に腰の剣を掲げる。キールも後方の仲間たちへ声を張り上げた。
「我々は誇り高く屈しない。同胞達、今こそ戦いの時だ!!」
「アウォォォン―――!!!」
ウヴェーリの遠吠えが響き渡る。白銀のウヴェーリを先頭に、濃い茶色、灰色、様々な毛並のウヴェーリが地に声を轟かせる。それはまるで、亡き同胞達に捧げるように、天高くまで響いた。
すぐに周囲が、金属が擦れる耳障りな音と、肉を裂く鈍い音、叫び声、鳴き声に包まれる。世界が紅く染まっていった。それでも、キールの視界に色などなかった。あの日から、世界の色など失ってしまっていた。それが、近頃再び色を取り戻したかに見えていたんだ。リアーナに似た少女、結希に会ってから。いつも自信なさげなのに、いざという時強い意思を持つ彼女に、いつのまにか固く閉ざした心が開かれていた。
目の前に立つエドガルを睨む。二人の周りだけ波が避けるように、他の人間もウヴェーリも寄り付かない。二人だけの空間だった。お互いに、互いを睨みあう。
「あの娘は、結希をどうした?」
キールの問いかけに、エドガルは薄く笑む。
「彼女がどうなろうと、あなたには関係のないことでしょう?」
そう平然と言ってのけるエドガルに今にも喰らいつきそうになる。
「関係ない?勝手にさらっておいてよくそんな口が叩けるな!――あいつは、お前の玩具じゃない!!」
「――!!」
エドガルが苦虫をかみつぶしたような顔をし、嫌悪の宿る目でキールを睨む。
「結希はわたしのものですよ。わたしの、ワタシだけの……!!」
狂ったように、ワタシのものだと繰り返し呟く。その様は自分のものが取られそうになって癇癪を起す子供そのものだった。
「次は絶対に渡さない!誰にも、渡すものか!!!」
腰に下げた剣を引き抜く。キールも姿勢を低くし、すぐにでも攻撃できる態勢をとる。両者が一斉に動きだす。しかし、運動神経に関しては、やはりウヴェーリが何倍も有利で、キールの牙が獰猛にエドガルに突き立てられようとした時だった。
「やめて!!」
「「―――!!!!!」」
聞き慣れた声がした。一瞬二人の動きが止まる。キールとエドガルの間に少女が割って入る。しかし、キールの勢いは速く、いまさら止まれない。エドガルを庇う彼女に牙が寄せられる。
「――っ!!」
柔らかな肉の感触が牙を伝わって感じられた。鉄の味が口に広がる。途中躊躇したとはいえ、本気の勢いだった。肩口を押さえ、うずくまるようすに目が離せない。
「なぜ、だ……?」
うまく状況を掴めない。自分がしてしまったことを、受け止められない。
「結希!!」
先に動き出したのは、エドガルだった。結希の肩からとめどなく流れ出る血を手で押さえている。そう、血を流しているのは、エドガルではなく、結希だった。キールとエドガルの間に、結希が体を滑り込ませたのだ。そして、彼女の柔らかな肉にキールの獰猛な牙が突き立てられた。
「オ、オレは……。――オレが?」
目の前の光景が受け止められず後ずさる。あの日から無色になった世界に再び色を添えてくれた、大切にしたいと思ったものを、自らが傷つけた。助けたいと思ってここまで来たのに、彼女を傷つけることになった。
(なんて、お笑い草だ)
地面に染みができる。激しく靴を鳴らす音がすぐそばで聞こえた。
「キール、貴様はまたしてもわたしのものを奪うというのか!!また……。お前さえいなければ!!!」
剣を掲げ、エドガルが詰め寄る。
「……」
(確かに、そうなのかもしれないな)
昏く淀んだ曇り空を見上げる。まるで絵具のようだった。綺麗にしようと色を混ぜすぎて、結果暗く汚い色になってしまった。
本当は、ただ幸せになってほしかっただけなのに、自分のせいで汚してしまった。
エドガルの言うように、自分はこの世界にいてはいけない生き物なのではないか、そう感じた。いつも、自分のせいで誰かが傷つく。
それなら、自分さえいなければ……。
エドガルの手にある凶器が自分に向けられるのを感じながら、キールはゆっくりと目を閉じた――。




