一触即発
ーー予想外の事態だな。
白銀の毛が風にたなびく中、ぞろぞろと城から出てくる兵士たちを睨みつけ、威嚇する。
「キール」
「まだだ」
傍らで同じく人間達を睨みつけている、昔からの知り合いを制止する。今にも食って掛かりそうな彼の気持ちもわかるが、今はまだだ。
「どうして兵士がこんなにも城に残っている。皆西方の街へ出たのではなかったのか」
焦るような隣の声に、キールも顔をしかめた。
その筈、だったのだ。結希がさらわれてから、すぐに他のウヴェーリ達に声をかけた。人間のために手を貸すなんてと反発する者も多くいたが、村での襲撃の生き残りのウヴェーリ達も結希を庇ってくれ、少数でも協力を得ることができた。この中には人間達との共生の日々を忘れられず、一縷の望みを抱いているもの、ウヴェーリ迫害の元凶であるエドガルを倒そうとするものなどがいる。それぞれの目的は違えど、こうやって集まってくれた。
最低限の数はそろえても、敵の兵が多すぎるのでは話しにならない。そのため、西方で噂を流してもらったのだ。人里近くで人間にわざと姿を見せたりもした。これには人間であるアンナも一役買ってくれ、種をおおいに撒いてくれた。人間であるアンナが、まさかウヴェーリに有利となる情報を流すなんて普通は考えない、人間達は見事に食いついてくれた。そして、城が空になったところで、結希を救い出す予定だった、が……。
「三割ほどの兵が戻ってくるなんて、予想外だったな。ウルスタの皇帝陛下は、どうやら頭の切れるお方のようだ」
「ああ、けれどそのおかげで――」
横からの茶化すような声に答える。こんな状況でも、軽口を叩けるところは、昔から変わらずだ。再度、城を睨み据える。持っているすべての憎悪と嫌悪をぶつけるように――。
リアーナ、彼女を殺したのはエドガル、奴なのだから。
「――やっと会える」
黒衣に身を包む、真っ黒な影を捉える。この国の闇のような姿に、片方の口角が嫌悪に引きつる。
「その涼しげな顔を、胴体から切り離してやる」
久方振りに見たエドガルの表情には、幼き日の面影は見られなかった。
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女人の後を足早に追いかける。正面へと続く道は兵士達が多く、他の道から外へと出ることになった。長い回廊を過ぎた先にある、人一人がようやく通れるほどの細い道に女人が体を滑り込ませる。
「こんなところに道が……?」
思わずついて出た言葉に、女人が答える。
「ここは、いざという時の避難口なのですよ。本来この道は王族の方が城の外へと逃げる際に使うものなので、使用人は通らないのですが、非常事態ですからね」
不敵に笑う女人に心強く思っていると、一つ不思議に思った。
「けれど、そういう道って使用人の方が知っているものなんですか?」
自分の拙い知識では何とも言えないが、そういった王族だけが使うような道を、ただの使用人が知っているとは思えなかった。
「昔、リアーナ様が城から抜け出す時に使っていたのを見ていましたから」
「……」
リアーナ様ってもしかして、結構なお転婆だったのかもしれない。
「あ、もう着きますよ」
道の先に見える光を指して女人が言う。リアーナ様がどんな人だったのか想像していたが、光に意識が持って行かれる。
胸に手を当てる。鼓動が速い、冷たい汗が伝い落ちた。こんな、なんでもないただの人間の自分が、この長く続く争いを止められるだろうか。
前を歩く女人が不意に立ち止まり、振り返った。
「今なら、まだ引き返すことができますよ」
「……」
結希のようすに気が付いたのだろう。女人が透きとおった真直ぐな瞳で結希を見つめる。女人の気遣いはありがたかったが、ゆっくりと、しかし強く首を横に振った。
「行きます。――必ず、止めてみせます」
「……――」
強い言葉に、女人は驚いたように目を瞬かせてから、笑みを浮かべた。
女人の後をさらについて行く。長く続いた細く暗い道から抜ける。そこは城の正面ではなく、側面の壁の抜け穴だった。出た先に人はいない。喧噪から、渦中の場所が城の正面であると特定できる。その場所まで一気に駆ける。喧噪を頼りに角を曲がると、城の正面が見えた。そこにいたのは、別れたのが随分前のことのように思える白銀のウヴェーリと、その眼前に立つ漆黒の人間だった。
「キール、エドガル」
名前が口をついて出る。二人は睨みあっていて、結希には気が付いていないようだった。二人に従う、人間、ウヴェーリのどちらも同じように睨みあって動かない。まさに、一触即発の状態だった。
「辞めさせないと」
結希が足を踏み出そうとすると、ここまで連れて来てくれた女人に手を引かれる。女人の瞳は揺れていた。
「この中を、行くのですか?」
彼女の視線は城の正面中央、憎悪に渦巻くたくさんの目がある場所に向けられていた。先ほどまでは協力的であったのに、いざ人間とウヴェーリの眼差しを見ると、無理だと感じたのだろう、女人が不安げな顔をする。結希は彼女の手を握り返した。
「正直なところを言えば、私もものすごく不安です。でも、大丈夫」
「どうしてそんなふうに言えるのですか?」
わからないと女人が首をふる。今度は結希が不敵に笑んだ。
「エドガルもキールも、本当は優しいひと達だってこと、知ってますから」
「……」
押し黙った女人の手が弛む。彼女の手をそっと外して、結希は鋭い視線が渦巻く渦中へ足を踏み出した。




