私がしたいこと
「わっ」
よろけつつも、女人が結希の体を支えてくれる。
「よかった!無事だったんだね!!」
「それはこちらのセリフです。わたしのせいで、エドガル様のご不興を買ってしまいましたから」
俯く女人に首をふる。
「ううん、そもそも私が望んだことだし。お礼を言うことはあっても責めることなんてないよ」
言うと、優しい笑みを向けられた。
「結希様は、やはり思った通りの方ですね」
「――?」
嬉しげに結希を見る女人に首を傾げるが、今はそれよりも気になることがあった。
「どうやって逃げ出してきたの?」
「この騒ぎで、見張りの兵達が皆出払っていたので、これを――」
ちょいっと取り出したのは、髪に刺していた細い髪留めだった。
「それで?」
「はい、鍵を」
左手で髪留めを回す仕草に、こんな状況なのにくすっと笑みがこぼれる。
「すごい」
「ありがとうございます。しかし、ゆっくりしてはいられません」
女人は先ほどまでの笑みを沈めて、真剣な眼差しで結希を見た。結希もそんな女人を見つめ返す。
「城にウヴェーリが攻めて来ています。この城も安全とはいえません。そもそも結希様は無理やりこの城に連れてこられたのです。わたくしどもの都合で貴方まで危険に会う必要はありません。ですから、どうか結希様はお逃げください」
女人はそう言い終えると、結希の手首をつかみ、逃がそうと歩き出す。結希は脚を止め、急ぐ女人を引きとめた。逃がそうとしてくれた彼女には悪いけれど。
「私は、逃げません」
「どうして――」
「……友達、なんです」
「……」
唐突な発言に、女人が瞬きをくり返す。結希が言っていることの意味を計り兼ねているような間だった。
ウヴェーリのことを友達だなんて言ったら、この女人もまた奇異な目で見るだろうか。そう思うと手が震えたが、それでも助けてくれたこの女人に嘘はつきたくなかった。
「城に来ているウヴェーリは、私の友人なんです。だから、私が逃げるわけにはいきません」
蔑まれてもいい。いつもそばで味方になってくれたキールのことで嘘をつくよりか、疎まれる方がずっといい。そうは思っていても、女人の顔を見ることはできず俯いていると、肩にそっと手が添えられた。
「結希様、らしいですね」
「え?」
優しい声色に顔を上げると、微笑む目が向けられていた。てっきりウヴェーリの村を襲った人間たちのような憎しみを含んだ目で見られると思っていた。
女人はよし、と腹をくくるように拳をつくる。
「一度乗りかかった船です。わたしも最後までお付き合いさせていただきます」
「でも、それじゃ、またご迷惑を……」
「かければいいのですよ。迷惑をかけて、かけられてくらいがちょうどいいんです」
そう言って笑う女人になにも言えなくなる。
「結希様は、どうしたいのですか?」
(私が、どうしたいか……)
それは、もといた世界では求められることのないものだった。いつも、周りが結希にしてほしいことはあっても、誰も結希がなにをしたいのか聞くことなんてなかった。
――アンタは、どうしたい?
キールの声が頭の中に響く。
(私が、したいこと――)
結希は顔を上げ、真直ぐに、女人の目を見た。
「城の前に、ウヴェーリ達のところに、連れて行ってください」
迷うことのない心は、妙に晴れやかだった。
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兵士たちの喧噪が聞こえる。先ほど報告に来た者は、速足でエドガルの後ろについてきている。エドガルは他の兵士に指示を飛ばしながら、ウヴェーリ達が集まっていると思われる城の前へと急いでいた。その間も思い浮かぶのは、結希の言葉だった。
「リアーナ様がこんなことを望むか、か」
正直痛いところを突かれたと思った。それでも――。
「いまさら他の道など、ない」
漆黒の羽織をなびかせて、靴を鳴らす。そうだ、進むしかないのだ。狂ったままの歯車が加速して、悲鳴を上げる。たくさんの人間を、ウヴェーリをひき殺してきた歯車だからこそ、止められない。




