回想
今回はちょっと長くなってしまいました、、、。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです(。-_-。)
申し訳なさそうに目をそらす結希にエドガルは小さく笑う。
「別に特段珍しいことでもありませんよ。……ある日街で食べるものもなく倒れていたところをリアーナ様に拾われたのです。そこで役に立とうと躍起になっているうちに、リアーナ様の父上である皇帝陛下に政の才能があると養子に迎えてくださり臣下にまで引き立ててもらいました。皇帝陛下は血や家柄より、能力を重視する方で、わたしのような元孤児にも差別なく接してくれました」
だから――。
その話でようやく納得がいった。彼は上に立つ者にしてはあまりにも気が利きすぎるのだ。使用人を使うような場面でも極力使わず、できることは自分でやっている印象をうけた。また、話し方も丁寧で、下から伺うような言葉づかいを彼はする。
「当時は他国との貿易がようやくかなうようになってきた頃で。人々の生活が豊かになる一方、他国の者が入ることによるウヴェーリへの差別行為が増えてきていました。ウヴェーリの存在は我が国だけの特殊な文化ですので……」
「……」
それには覚えがある。胸の奥がちくりと傷んだ。どうしても、人は自分と異なるものに対して拒絶してしまう生き物だから。
「そういった思想は広がりやすく、人間至上主義というウヴェーリを悪とする集団ができてしまいました。彼らは、ウヴェーリを排除すべきだと触れ回り、ウヴェーリのあることないことを吹聴していました」
「酷い……」
「それでも、それを面白がる人間達もいて、その思想が消えることはありませんでした」
現実世界のニュースでもそうだ。平和な優しいニュースより、凶悪な事件のほうがとりだたされる。どんなにきれいごとを並べ立てたところで、それが凶暴で残忍な事件であるほど、人はその事件を取り立てる。それは自分とはまったく関係のないことだと思えるからだ。
――人間もウヴェーリも、また寄り添って生きていける、そういう時代が来ればいいのにね。
凛と澄んだ声が頭に響いた。以前にも聞いた声に、それがリアーナの声なのだと気付く。
「リアーナ様はそれを酷く憂いておられました。だから……」
エドガルが声を詰まらせる。あんな忌まわしい事故が、という彼の表情は苦痛で歪んでいた。遠い記憶の中で、あの凛とした声が聞こえた。
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射しこむ日差しにリアーナは目を細めた。ウルスタ皇国は冬が一段と厳しい分、たまの晴れがとても尊いものに感じる。風はまだ冷たいが、そんなものは気にならないくらいの陽気な澄んだ青い空。
まわりをきょろきょろと伺い、黒い布の羽織を身にまとった女性が一人、忍び足で城の中庭を突っ切ろうとしていた。
「リアーナ様、なにをやっていらっしゃるのですか?」
「ひゃ!?」
背後からの突然の声に思わず悲鳴をあげる。黒衣のフードをそっと片手で押し上げると、リアーナと歳の近い少年が見下ろしていた。たったの数年で随分と背の伸びた少年を見上げながら、リアーナは引きつった笑顔を浮かべた。
「さ、散歩?」
小首を傾げて言うと、疑いの視線を返される。
「なぜ疑問形なのですか。それに、その羽織……」
溜息混じりに、エドガルが続ける。
「また、あのウヴェーリのところですか?」
「は、はは」
「ごまかさない」
自分の方が年上であるはずなのに、いつものようすで頭を低くするリアーナ。それが、二人にとってはいつもの距離感だった。頭の切れるエドガルは持って産まれたものもあってか、着実に力をつけ、父の右腕として、執務の手伝いをしている。リアーナは腕を組んで立つエドガルに小さく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい」
「主の立場にある人が、そんな簡単に頭を下げてはいけませんよ」
「あ――」
はっと気づいて顔を上げると、エドガルは笑っていた。その笑顔は年相応の少年のものだった。
「ま、リアーナ様らしくていいですけどね。ああ、けどわたしの前以外ではしないでくださいね。他の者たちに示しがつきませんから。それよりも」
エドガルは頭に手を当てる。リアーナはその間も回廊の窓に映る緑の森、そこにいるはずの彼らのほうへ目を向けていた。そんなリアーナを見咎めたエドガルが口を開く。
「行くなとは言いません。ですが、適度な距離感は心掛けてください。現在のこの国にとってウヴェーリに関する問題はデリケートなことなのですから」
「……昔のように、人間とウヴェーリが共生していけるようになれば、こんな隠れて会わなくてもいいのにね」
「……―――」
窓の向こうを見つめながら思う。人間とウヴェーリのなにが違うというのだろう。姿形は確かに違うけれど、それは人間同士にも言えることで、ウヴェーリにも考えや心がある。言葉だって通じるのだから、話し会いで解決できることもたくさんあると思うのに。
「なんで、争いがなくならないんだろう」
「……人それぞれに、心があるからですよ。相手になにも思っていなければ、争いなど起こりはしませんから」
「――ご、ごめん」
はっとする。いくら気の置けない仲のエドガルの前とはいえ気を付けるべきだった。彼は戦後孤児だった。もともと他国の子供で、国同士の争いにより両親を亡くしている。その国に居座ることに身の危険を感じた彼は行商の積荷に混じってウルスタ皇国に入り、そのまま行き倒れていた。いつも城から抜け出して街を見ていたリアーナがそれを見つけ、彼を保護したのが、エドガルとの出会いだった。
リアーナが下を向きそうになると、そっと背中に手が添えられる。温かい手。そのまま彼を見上げると、優しい瞳とかち合う。
(本当に、出会った当初とは大違いだ)
「もう気にしていませんよ。むしろ感謝しているくらいです。他人なのに、こんなに歓迎されるなんて、思ってもみませんでしたから」
薄くはなっても、いまだに瞳に映る影。その影を取り払ってしまいたくて、リアーナはエドガルの手を握る。
「もう他人じゃないよ。家族、ね?」
「……はい」
ほころんだ笑みを見せるエドガルにほっとする。手負いの猫がようやく懐いた感じだ。怒られるから絶対に言わないけど。
「それにしても、あの頃はまだ小さかったのに。背もこんなに伸びて……。お姉ちゃん、ちょっとさみしい」
「なにをおっしゃっているんですか。昔から精神的には僕の方が大人でしたよ」
「なんですってー」
見下ろされながらの言葉に頬を膨らませる。物理的にしょうがないのだが、妙に見下されている感じがする。
リアーナが拗ねてしまう前に、エドガルは外に指を向けた。
「そろそろ行かなくてよいのですか?あまり僕にばかり構っていると、貴重な友人との時間が無くなってしまいますよ」
「ああ、そうだ。急がなくちゃ――!!」
ばたばたと城の長い廊下を進むリアーナの後ろ姿を見送りながら、エドガルは小さく笑む。
「相変わらず、リアーナ様は……」
この時なぜ行かせてしまったのか、その後なんどもなんども繰り返し後悔することになるとは、この時は思いもしなかった。
「――リ、リアーナ様!!」
次に帰ってきた時、リアーナはもう息をしていなかった。
「なにがあった!?」
傍らに佇むガッツォを問い詰める。
「私達が駆け付けた時にはすでに遅く。逃げる白銀のウヴェーリ、キールヴァトロフの姿を確認しました。それに、この傷を……」
「――!」
ガッツォの差した先、リアーナの肩から胸にかけて、凶暴な歯型が刻まれていた。人間ではなしえないありように、エドガルの瞳に嫌悪の色が宿る。喉元までドロドロとした熱い感情がせり上がってくる。
「どうして、こんなことができる!友人ではなかったのか!!――許さない、ウヴェーリ。許さない、キールヴァトロフ!!!」
城に響き渡るのは、慟哭と憎悪と、愛ゆえの狂気だった。




