脆い
エドガルを見つめたままなにも言えずにいると、彼がクツクツと狂ったように笑い出した。
「ははは、あなたもなのですね。あなたも……」
「いたっ」
唐突に肩をエドガルに鷲掴みにされる。荒々しく抱かれた肩が軋む音が聞こえた。
「なぜ逃げようとするのですか。――あなたの大事な者たちを消すことなど、容易くできてしまうのですよ?」
暗い眼差しが結希を突き刺す。縫いとめられて身動きがとれなくなる。ひきつった呼吸に、ひゅっと喉がなった。
「そ、そんなこと――」
「できないとでも?」
先を読んだエドガルの言葉に、なにも言えなくなる。肩を握る手の力が強まった。これは痣になっているかもしれないな、と妙に冷静な自分がいた。
「わたしは皇帝ですよ?やろうと思えばどうってことはない。相手がウヴェーリならばなおさら」
憎悪の滲んだ言葉の音達が結希の上に降りかかる。どうして、ここまでエドガルのウヴェーリへの憎しみは頑ななのだろう。ずっと引っかかっていた疑問だった。
「被害者の立場になったことがない私が言えたことじゃない、のかもしれない。けどね、私が会ったウヴェーリは悪いものたちばかりじゃ、なかったよ」
「――!!」
結希の言葉を聞いたエドガルが激昂する。
「あなたはなにもわかっていないんだ!ウヴェーリ達がどれだけ狡猾で残忍で非情な生き物なのか。自分達種族さえ生き延びられれば、どんな犠牲を払おうとも気にしない!!」
エドガルの声は激しさを増す。髪を掻き毟り、頭を抱える。
「あなたまでやつらの味方をするのか!あなたまで逃げようとする……。なぜ、どうして――。もう、どこにも、行かないで」
エドガルが縋るように結希を抱く。頰を撫でる艶やかな髪を感じながら、結希は彼越しに天井を見ていた。
(どうしてこの人の怒りは、泣いているように見えるのだろう)
責められているはずなのに、どうしようもなくエドガルが孤独に泣いているように見える。助けを求めて、声なく叫んでいるように感じる。胸の奥に別の感情が混じる。懐かしさに切なくなった。
(この人はきっと私とリアーナという人を重ねている。きっと彼が私にこだわる理由はそれだ。時折、私を見て懐かしいような悲しい目をするのはそのせいなのだ)
エドガルの頼りなく小さくなった背中に腕を回し、彼がこのまま壊れて崩れ落ちてしまわないようにとそっとなでる。
「――!?」
エドガルは一瞬驚きに瞠目した後、掻き抱くように先程よりも強く結希を抱きしめた。その縋る様子に、妙な既視感を覚える。
(あ……)
そうだ、夢で見た男の人もこんなふうに縋るようだった。きっとこのことを暗示していたのだと思う。それから……。
(颯真、くん)
颯真とエドガルは似ていた。気丈に見えて、目を離すとすぐにどこかに落ちていってしまう感じや、脆いところも。もとの世界にいた時は、それがひどく恐ろしくて逃げ出してしまったけれど、いまではそんな彼ともっとしっかりと向き合っていればよかったと思う。どこかがほつれて、きっと絡まってしまったのだと思うから、その絡みを解きたいと今なら思える。それは、心に優しさを思い出させてくれた、キールやアンナのおかげだった。そのためにも、まずは話を聞いてみなければ。
首元で泣くように俯くエドガルの柔らかな黒髪を撫でる。おそらく糸が縺れだした元は……。
「リアーナさんについて、教えて?」
「……」
しばらくの沈黙の後、エドガルは起き上がり、結希に手を差し出して、ベッドへと座らせてくれる。その手は元の優しい手つきだった。傾いた日がエドガルの横顔を照らす。エドガルはそばにある長椅子を直すと、結希に向かい合う形で腰を掛けた。一つ大きく息を吐いてから、エドガルは話し出した。
「リアーナ様は、わたしの全てで、決して替えのきかない人でした――」
ウルスタ皇国唯一の後継者にして、次期女帝となることが決まっていた皇女、当時十代半ばの歳のリアーナ・エリュスタ。
「彼女はよく城を抜け出し、国民と触れ合うことを大事としていました。その優しい人柄は国の民に慕われる理由でしたが、同時に上に立つものとしては致命的でした」
街に降りては、困っているものがいれば放ってはおけず、手をかそうとする。
「わたしもそんなリアーナ様に助けられた一人でした」
「そう、なんですか?」
「ええ、わたしは元々孤児でしたから」
「……え?」




