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昏い瞳


 沈んだ暗い眼差しが結希を捉える。その瞳は今まで向けられていたものとは違いどこまでも冷たく、結希は身震いをした。


「どうしてこのようなことを?」


 なんの感情も声にのせずに、エドガルが問い質す。


「……」


 恐ろしさで答えられず結希は俯いた。髪が顔を覆い、表情を隠す。今の自分は恐怖でひきつった酷い顔をしているだろう、と思った。


「――っ!!」


 手首に絡まるエドガルの手に力がこもる。見た目の華奢さからは考えられないほどの強さに、小さく悲鳴が漏れた。


「来い」


 短く低い声が頭上からかけられる。鋭く発せられる言葉に身が竦む。そこにいままで感じていた優しさなど感じられなかった。かなりの力に、手首から先の血の気が引いていく。そんなようすに気付いているだろうに、エドガルが力を弛めることはなく、そのまま結希を引きずるように歩き出す。


「え、エドガル様!お待ちを!!」

 

 我に返った女人が慌ててエドガルを止めようとすると、取り押さえるように兵士の数名が彼女を羽交い絞めにした。背中を向けるエドガルが静かな声で女人に声をかける。


「残念だよ。処分は追って連絡する。ただで済むと思うな」


 冷たく言い放つと、兵達に地下牢に閉じ込めておくように命じる。離れていく女人の姿を目で追って、エドガルの顔を見る。


「ま、待って!!私のせいなの。彼女は悪くないーー」

「だまれ!!」

「――っ!」


 エドガルが振るった拳が結希の顔の横を掠め、後方の壁に当たる。拳と壁がぶつかる鈍い音が響いた。あまりのことに、体も思考も停止する。彼の艶やかな髪が結希の顔にかかる。耳元に彼の顔が寄せられた。その表情は読み取れない。


「……また、失ってしまう。もうたくさんなんだ」

「エド、ガル?」


 それは今にも泣き出しそうな声だった。結希がいくら声をかけてもなんの反応も返ってこない。周りの言葉が全く聞こえていないようだった。

 傾いた日が彼の黒髪をオレンジに染めあげる。怖くなってもう一度呼びかけると、狂ったように耳元で小さく笑う声が聞こえた。


「来い」


 粗雑な言葉で短く言うと、エドガルが結希の手首に絡んだままの腕を引き、大股で歩きだす。


「い、いたっ。エドガル!」


 強い力に呻いても、名前を呼んでも、聞こえていないのかエドガルは歩き続けた。結希が囚われていた、あの部屋に。一度逃げ出せたからなのだろう、はじめの頃よりも数倍の恐怖が結希を襲う。この機会を逃せば、二度と外には出られない気がした。


「や、やめて!エドガル!!」


 エドガルの手を必死で振りほどこうと、空いた手で彼の手を押しやる。それでもほどけない。爪をたてても皮膚に赤く線がはしっても、エドガルがその手を放すことはなかった。

 部屋の扉を開き、エドガルは結希を部屋の中へ乱暴に導く。勢いで、結希は床に転がった。


「――っ」


 起き上がろうとすると、エドガルの体が結希に覆いかぶさる。華奢とはいえ、皇帝として日々鍛錬もしているのだろう、ほどよく筋肉のついた体躯にのしかかられては、抵抗なんてできない。なにもできない自分に、泣きたくなる。不意に、エドガルの片手が優しく結希の髪を梳いた。そのちぐはぐな言動にめまいを覚える。


「い、いやだ!はなして!!!」


 訴えてもエドガルはその手を止めない。


「あなたは俺のものでしょう?どうしてやめなければいけないのですか。本当に、おかしな人ですね」


 虚ろな瞳、暗く重い響きを含む声。優しい手で結希を触るのに、言葉では結希を詰る。エドガルの顔を睨みつけ、恐怖にふるえる声で反論した。


「わ、私はあなたのものじゃない!!」


 声を張り上げて叫ぶと、一緒に涙が伝い落ちた。


「俺のものじゃない?では、あなたはダレのものなのですか?」

 

 呟いた後、エドガルの瞳孔が開かれ、小さく名前を紡いだ。


「――キール?」


「……!?」


 久方振りに聞くその名を、エドガルが口にしたことに驚く。


「やはり、知っているのですね?」


「……」


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