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不意打ち


 翌日、昼過ぎ。窓から見える空は、厚く灰色の雲に覆われていた。

そのせいか、世界までもが暗く淀んで見える。それをぼうっと眺めていると、部屋の固く閉ざされた扉が開かれる。約束の訪問者が顔を覗かせた。


「おまたせいたしました」

 

 そう言う彼女の表情は固い。しかし、その決意の眼差しに、本当に自分がこの場所から抜け出すのだということを実感する。


「御用意は――?」

「大丈夫。もともと、ここにあるものは全て私のモノじゃないから」

「そう、ですか。では、はやく行きましょう。いくらエドガル様が帰ってこないからといって油断はできません」

「うん」

 

 女人に先導されて、部屋から出る。


「――?」


 出た廊下に、人が全く見えないことにふと疑問を抱く。結希を捕えているというのなら、見張りがいてもいいのにそれがない。


「あの、こういう時、もっと見張りがいるものだと思っていました」


 そういえばこの城に来た初日以来、エドガルと女人以外の顔を見ていないし、部屋の外もほとんど物音がしなかったことを思い出す。


「……エドガル様はあまり人を信用していないのですよ。他人も、自分も。なので、結希様の所在を知るのはわたくしとエドガル様だけなのです」

 

「それはーー」


 寂しいことのように思えた。たとえ臣下がたくさんいても、誰のことも信用していないのでは一人でいることと変わりないのではないか。

 

 来たときと同じ長い廊下を歩き、螺旋状につづく階段を一段一段降りていく。縛られていた紐をほどくように、少しずつ、少しずつ階下を目指す。


「……―――」


 階段の中程に、一際大きな窓があった。そこにも灰色の空が延々と続いていた。ただでさえあまり日の差さない構造の階段なのに、余計に薄暗い。なんとなく怖くなって、窓の外を見たまま足がすくんでいると、女人の急く声が掛けられた。


「結希様、どうかされましたか?」

「い、いえ。なんでもない、です」


 はっと我に返り女人に向き直る。竦む足を無理矢理進めた。なぜだろう、嫌な予感に胸が騒ぐ。

 

 

 階段を降りきると、また長く続く廊下が結希達を出迎えた。その先には中庭を覗く回廊とそれに伴い設置される窓。そこに人影は一切ない。


「……」

 

 見られる心配がないという点ではよいことなのかもしれないが、あまりにも人がいない。まだ結希の部屋の前に見張りがいないというのは、女人の説明から納得できたが、他の場所までこれだけ人がいないということはあるものなのだろうか。だれの人影も見えない城というのも不気味だった。


「あの、他の人達は?」

「西方で多数のウヴェーリが見られたとのことで、皆出払っているのだと思います。それにしても、今回の規模は大きいようで、わたしも驚きましたが……」

「……ウヴェーリ」


 だからエドガル自ら赴くのか。エドガルのウヴェーリへの憎しみはとてつもなく大きなものだから。


(キール)


 外にいるはずのウヴェーリの名前を繰り返し心の中で囁く。なぜだろう、先ほどから嫌な予感が止まらない。心臓が早く打ち、額に脂汗が滲む。


「結希様、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。大丈夫です、いま行きます」

 

 心配する女人に笑顔を向け、先を急ぐ。そうだ、立ち止まってはいけない。長く続く廊下を抜け、中庭の像が見える回廊の中程まで来た。


「結希様、もう少し行けば、使用人用の出入り口から外に出られますよ」


 弾む声で女人が言う。誰もいないとわかっていても緊張しているからだろうか、歩いた距離よりも二人の息はあがっている。


「はい」


 ようやく外に出られる。キールとアンナが待つ外の世界に。その出入り口がある方向へ無意識に手を伸ばす。



「ーーー!!?」



 一瞬の出来事だった。伸ばした腕の手首を右側から出てきた男の手に握られる。複数の兵が結希達を取り囲んだ。右につづく曲がり角に潜む無数の気配を結希達は気づくことができなかった。


 結希の右手首を取った人物が陰から姿を現す。その姿に結希の喉がヒュッと音にならない悲鳴を上げた。

冷静さを取り戻そうと、疑問を口にする。


「……今日は、帰ってこないんじゃ――」


 その問いにエドガルはいつも通りの困った顔をする。


「その筈でしたが、西方に向かっている途中、どうも怪しい動きがありまして。敵の狙いは城を空にすることではないかと。そのためこうやって帰ってきたのですが……」


 下がった眉尻に笑顔を浮かべて、結希の姿を捉えている。顔は笑っているのに、その瞳はまったく笑っていなかった。

いけないことをした子供のように萎縮する結希に、エドガルの声色がワントーン下がる。


「帰ってこない方がよかった、ですか?」


「――!?」


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