協力者
日が沈むころ、いつものようにエドガルが訪れる。女人に皿を運ばせると、それを備え付けのテーブルの上に置くように指示した。皿のうえにはほのかにオレンジがかった四角に縁どられた食べ物が見える。
「今日はこの王都よりさらに南方でとれる果実を砂糖で漬けた茶菓子を取り寄せました」
声をかけながら目を眇める。
(まただ)
心のなかで結希は思った。彼はこの部屋へ来るたびに、そして結希の姿を認めるたびに、ほっと目元を緩ませる。何度も思う。なぜそんなにもいつも不安そうなのか。けれど、今は――。
エドガルが皿の上の茶菓子に目を向けている隙に、部屋に一つしかない扉を見る。その扉が開かれるのは給仕の女人と、エドガルが出入りするときのみ。扉は木製だが、厚く、耳を押し付けてようやくかすかに外の音が聞き取れる程度だ。出入りのない時は外からカギが施されており、どうあっても出られなかった。エドガルがいる時はカギは開いてはいるものの、エドガルの視線が常に付きまとい、逃げ出す余裕はない。仮に、隙をつけたとしても、性別の体格差は大きい。すぐに引き戻されて終わりだろう。ということは、給仕の女人の出入りの際にしか抜け出せないことになる。
(けれど、それだと彼女に責任が被ってしまいそうだし)
為せる術が見当たらず、重くなった頭が下がりそうになる。
「どうか、なさいましたか?」
「――!あ、い、いえ」
不思議そうな目を向けるエドガルに首を振る。抜け出す術を考えていたなんて、とてもじゃないが言えない。
「具合でも悪いのでしょうか?」
「え?」
額に冷たく大きな掌が添えられる。その感覚にエドガルの顔をまじまじと見てしまった。
「熱はなさそうですが。……ああ、すみません、嫌、でしたよね」
「あ、そんなことは、ない、です」
結希の戸惑ったようすを拒絶と受け取ったのか、すまなそうに苦笑するエドガル。その眼は結希を通して別の誰かを映しているようで。
「……?」
ふと脳が揺れる感覚がする。目の前に違う景色が重なって見えた。今とは違い背も低く幼い姿のエドガルが、今の彼に重なる。幼い手が額にピタリと当たる感覚がした気がした。
――もう、大丈夫よ。
遠くから声が聞こえだし、その声は次第に鮮明になっていく。
『いけません、リアーナ様はお身体が弱いのですからあまり無理をなさっては』
――本当に、エドガルは心配性ね。それに、わたくしのことはリアーナと呼んでと言っているのに。
『できません』
幼いエドガルの返答に、女性がむくれる。
――なら、お姉さまは?
『僕の立場でそんな恐れ多いことはできません』
――立場もなにもないじゃない。あなたはもう立派な家族よ。
『……』
言葉を詰まらせているエドガルに、リアーナは小さく息を吐き笑った。
――仕方がないわね。あなたがわたくしの名前を……。
夕暮れの室内に、その景色が滲んで消えていく。先ほどの幻影とは違い、大きくなったエドガルの黒髪が明かりに反射してオレンジが差して見えた。
「なにか?」
凝視していたのか、胡乱な瞳でエドガルが結希を見る。その顔になぜか泣き出してしまいたい衝動に駆られ、目を逸らす。
「なんでも、ないです」
木霊する、女性のやさしい声。
――名前を呼んでくれるまで、待つことにしましょうか。
遠くなっていく声に、耳を澄ませるけれど、もう声は手の届かないところにいってしまう。エドガルは彼女の名前を呼ぶことができたのだろうか。彼の前からいなくなる作戦を立てていたはずなのに、気づけばそのことで頭がいっぱいだった。
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もうすっかり太陽が真上を過ぎ去る頃。室内は強い光により、一層影が濃くなる。高価な色とりどりの服が所狭しと並ぶクローゼットは全くの影と化している。珍しく雲のない空は無駄に晴れやかで、外に出られない結希にとっては憂鬱でしかなかった。
(はやくここから出ないと)
部屋に備え付けられた長椅子の周りを意味もなく歩く。ここへ来てから何日が経ったのか。気持ちが急くばかりで、一向に進展がない。エドガルは隙を見せないし、はやく抜け出すべきなのに、結希が大人しくしているためかここ最近のエドガルは特に優しく、後ろ髪を引かれるありさまだ。
(このままじゃいけない)
それはわかっている。わかっているが、どうしたらいいのか。
その時、突然部屋へ来訪を告げるノックがなった。
「はい」
声をかけるとゆっくりと扉が開かれる。姿を現したのは、あの日傷の手当てをして以来仲良くなった給仕の女人だった。彼女が部屋に入るのを見てから、声をかける。
「どうしたんですか?」
しばらくの間にすっかり見慣れた女人の顔を見る。彼女は毎食の準備と片付けをしに結希の部屋を訪れるが、今日の昼食分はさっき終わったはずだ。そんな彼女が、なぜこんな時間に?
女人に問いかける。結希がうろついていた長椅子から少し離れたところに、彼女は立ち、体の前で固く手を握っている。今日はいつも白い肌からより一層血の気が引いているように見える。口元はきつく引き締められ、真直ぐな眼差しで結希の瞳を捉えた。
「結希様。あなたを、ここから逃がします」
「――!?」




