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重なる影


 それからも、エドガルはまるで大切なものを自分しか知らない秘密の部屋に閉じ込めるように、結希を外から隔絶した。外へ出られるときは城の中限定で、その上エドガルの同伴がなければいけなかった。


(あれから何日経ったんだろう)


 正確な日付を確認する手段はなく、平穏で何もないこの空間では日数感覚が狂いそうになる。日がさして、夜が来てと数える分には、この部屋に来て七日が経っただろうか。

 いつものように給仕の女人が昼食の膳を片付けに来た時だった。女人の手から膳の器が滑り落ち、滑らかな瑠璃色の床の上で派手に音を立て砕け散った。


「――っ!申し訳ございません!!」


 蒼白な顔をしたまだ歳若い女人が頭を下げる。結希とは距離があったため、中身の汁がエドガルから贈られた高価な衣服につくようなこともなかった。


「だ、大丈夫ですよ?」


 あまりにも愕然としたようすの女人に、安心させようと声をかけるが、「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝り続ける女人に、こちらの方が不安になる。


「ほんとうに大丈夫ですから」


 結希が強く断言してようやく納得したのか女人はほっとした顔を見せた。それから、割れた器を回収しようと指先を伸ばす。


「――つっ!!」


 女人の指先から、赤い粒が浮かび、つと指先を流れる。


「大丈夫!?」


 女人に駆け寄り、覗き込む。やはりガラスで指を切っていた。自分よりも年上の女性であるはずなのに、妙に放っておけない雰囲気が女人にはあった。結希が傷を見て、自身の服に手を伸ばす。


「な、なにを……」


 呆然とした目をする女人に、不敵に笑う。


「この布が一番血を止めるのに最適そうじゃない?」

「え?」


 そう言って一思いに、ワンピースの裾を破いて、血のにじむ女人の指先に括り付ける。監禁までされているのだから、このくらいの仕返しは許されるでしょ。高価な服を一着ダメにして、結希は女人に微笑んだ。


「よし、これでひとまず応急処置はできたかな!あ、ケガの部分押さえててね」


 自分の指になにが巻かれたのかようやく認識した女人が愕然とした表情をする。青白く表情を凍りつかせる。


「こんな、わたくしごときに……」

「わたくしごときなんて!私のためにわざわざ毎日食事を運んできてくれるでしょう?いつもお世話になっているもの。ケガをしてたら手当をするのは普通でしょ?」

「……」


 女人はじっと物珍しいものを見るような目で結希を見つめる。


「――そのようなことを言われたことなど、ございません」

「そう、なの?」


 俯き気味に小さく女人がこぼす。この世界の常識をいまいちつかみ切れていない結希は純粋にそう応じた。その傍ら、今度はガラスの破片を拾おうと手を伸ばすと、これには目にもとまらぬ勢いで阻止された。


「いけません!!」

「?――いいの、いいの。あなたケガしてるし」


 屈み込むと、服を掴まれ阻止される。


「御身に触れてしまい、申し訳ございません。しかし、これはわたくしの仕事ですので。結希様にこのような雑事をさせるわけにはいきません」


 頑としたそのもの言いに、なにも言い返せず大人しく後ろに控える。女人はほっとしたように、ガラスを集めだした。手元でガラスが重なる小気味のよい音が鳴る室内で、女人が口を開く。


「結希様は、不思議な方です」

「え?」


 唐突な切り出しに、自分のことを指しているのだという認識が遅れる。女人の顔にはほのかな笑みが浮かべられていた。


「エドガル様が突然居城に、知らない女性の方を連れてこられた時は、たいそう驚きましたが……」

「……――」


 そうだろうなと結希も思う。一国の皇帝が身も知らぬ、身なりもごく普通の一般人を連れてきたんだ。それは騒ぎにもなるだろう。


「けれど、なんとなくその理由がわかった気がいたします」

「え?」

 

 女人が真直ぐに結希を見てくる。その瞳はなぜか懐かしさと、哀愁に満ちていた。


「あなたは、前女帝リアーナ様によく似ておられます」

「女、帝……?」


 聞いた名前に、その人物が何者であったのかを知る。思わぬその単語に思考が停止した。


「……いけませんね。あまり話さないようにと陛下から仰せつかっていたのに。それでは、失礼いたします」


 手早くガラスの破片を拾い集めると、女人は部屋を出ていく。残る静寂に、自分の息遣いだけがやたらと大きく聞こえた。


「り、あーな」


 その名を口のなかで転がすごとに、胸の奥がちりちりと痛んだ。


(私はこの名を知っている?)


 キールに聞いたからでも、エドガルに聞いたからでもなく。不思議な感覚に、自分でも動揺する。


 ――ねぇ。ウヴェーリと人間がね、本当の意味でお互いを認めあえる、そんな日が来たならウルスタ国はもっと豊かになる。幸せになる、そう思わない?


 凛とした女の人の声が脳内に木霊した。澄んだ、水面のような声だった。

信じられない現象なのに、妙にしっくりと彼女の感覚が体に馴染んだ。

 

 きっと彼女がリアーナだ。


 なぜかそう確信した。自分のすぐそばに彼女がいるような感覚。ウルスタ国を、国の人達を、そしてウヴェーリを想う彼女の優しい感情が結希の胸の中に広がる。リアーナはこんなにも心からウルスタ国を想っていたのだ。そう思うと、現在のウルスタ国の状況が、彼女の望むものとは大きく異なることになんとも言えない気持ちになる。


「やっぱり、いまのままじゃよくない、よね?」


 自分のなかのリアーナに問うように口にする。返ってくる言葉はなかったが、それでも、自分がこの国に呼び寄せられた理由はそこにある気がした。そのためには、やはり――。


「ここから出るしかない」


 固く決意をかため、言葉にする。きっと外ではキール達も待ってくれているはずなのだ。

誘拐しておきながらも甲斐甲斐しく世話をしてくれる、時に寂しそうな顔を見せるエドガルが気がかりではあったけれど、このまま部屋に閉じ込められているだけではなにも変わらない。それでは、抵抗もせず、はじめからすべてを諦めていたもとの世界での自分と変わらなくなってしまう。


「私は、変わりたい」


 ひそかに囁く。それは過去の自分からの脱却。


もうやや発揮してるけど、エドガルの今後のヤンデレに乞うご期待!笑

ちなみに、エドガルは不憫系ヤンデレだと個人的に思ってます。

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