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エドガル・コンドラート





「どうして、帰してくれないなんて」

「それはーー。あなたはわたしのものなので」


 一瞬男性は言い澱んだ後、柔らかな笑顔で告げた。思いもかけない言葉に、目が丸くなる。


「なにを……。私があなたのもの??」


 それは、どういう意味なのだろう。要領を得ない解答に首をひねると、男性は薄い笑みのまま結希を見つめる。その目は現在いまを映していないように見えた。


「そうです。あなたはわたしだけのものだ。他の誰のものでもない、わたしのワタシだけの。そうだ、誰にも渡すものか。――とくにウヴェーリなどには」

「う、ウヴェーリ?」

 

 男性のようすが先程までと異なっていた。背に冷や汗が伝う。しかし、今はそれよりも知った単語に思わず反応してしまう。そんな結希を見た男性の顔から、笑みが消えた。


「ウヴェーリと会っているのですか?あなたはまたウヴェーリと――」

「――!?」


 男性の顔からきれいに表情が抜け落ちた。なにも感じられない表情。その顔に既視感を覚える。


(あ――)


 そうだ、颯真に似ているのだ。常では笑顔を浮かべ、結希が彼にとって好ましくない行動をとると、彼の顔から表情が消える。あの時と、同じだ。

 一旦そう感じると、ダメだった。恐怖で足がすくむ。必死に目の前の男性は颯真ではないのだと思おうとしても、結びついた彼の影が消えてくれない。


 男性が近づくと、意思に反して肩が大きく上下してしまう。細かな震えが止まらない。


「そこまで怯えられると、悲しいですね」


 結希まであと一歩というところで男性は足を止める。少し悲しげな笑顔を浮かべた男性は、正気に戻ったように思えた。


「あ、その、すみません」

「いえ」

 

 彼が悪い訳ではないんだ。悲しげな表情の男性に申し訳なくなり謝ると、優しい目を向けられる。その変わりように、先ほどの彼のようすは幻だったのではないかと思う。


「ウヴェーリとは親しいのですか?」


 今度は優しい声色で尋ねる男性に、こくんと頷く。男性は目を眇めて、結希を見た。


「では、なおさら帰すわけにはいきませんね」

「え?」


 断言する男性に声を漏らす。その声はダレの言葉も関係ないといった傲慢なものだった。


「さっきもお話した通り、ウヴェーリは危険な生き物です。平気で人間を喰らう」

「で、でも……」


 キールたちのような優しいウヴェーリだっている、そう言おうと口を開くも、男性に制止される。


「あなたがどのようなウヴェーリと出会ったのかは知りませんが、生き物の本質が変わることはありません。それはウヴェーリもしかりです」

「……」


 あまりに強い言葉になにも言えなくなる。結希自身はウヴェーリにそこまでのことをされた事はないけれど、この男性は過去になにかあったのかもしれない。そんな人に、なにも知らない自分が言葉をかけてもいいものか。そう思うとなにも言えなかった。


「それではいいですね?」

「……」


 有無を言わせぬ男性に、俯く。いいわけはないけれど、結希自身に選択権は与えられていなかった。


「あなたはダレ、なんですか?どうしてこんなことをするんですか?無理やり連れて来たかと思えば豪華な部屋を用意したり、あんな高そうな衣装を用意してくれたり。ただの一般人の私をさらって、あなたはなにがしたいんですか?」

 

 思っていたことが矢継ぎ早に口から出てくる。困惑した頭のまま言葉にしたため、支離滅裂になってしまったかもしれない。

 男性を見ると、なぜか寂しそうな顔をされた。


(どうして)


 結希が傷つけられているはずなのに、どうして男性が傷ついた顔をしているのだろうか。


「一般人、か――。どうしてというならばお話ししたはずです。あなたはわたしのものだと」

「それじゃ――」


 答えになっていないと言い終える前に、男性の声が重なる。それに関してはもうなにも言わない、とでもいうような声色だった。


「わたしはエドガル・コンドラート。ウルスタ皇国の現皇帝。そのわたしが命令したのですから、わたしからあなたを奪える者はいはしませんよ」


 優雅な所作で結希の手の甲に口づける。その間も、彼の瞳は結希を捉えたまま離さない。


「――!!」


 身体が縫い止められたように動かなくなる。彼の強い視線が結希を縛り付けていた。男性が発した名と、口づけの二つに驚きで目を白黒させながらも、結希は思った。確かに傲慢ともいえるものの考え方は王様のようだけれど、この所作や身のこなしはどちらかというと――。


(って待って、現皇帝?それは国を動かせる立場にいる人だよね?)


 思いがけず、自分は一番会いたい人に会うことができたということだ。これまた望んでいた形とは随分違うけれど。

 

 自分達が王都に向かっていた理由は、国のウヴェーリへの誤解を解き現状を知ってもらうこと、およびウヴェーリへの迫害を止めることだ。ならば、国民のウヴェーリに対する残酷な態度を報告し、改めさせるよう言ってもらえばよいのではないか。当初はそう考えていたが、彼の態度からそれは酷く難しいことに思えた。

 けれど、諦めることなんてできない。結希には待ってくれているキールやアンナがいる。それに、ウヴェーリの親子、クリメントにたくされた想いもある。


 ーー引き下がるという選択肢は、ない。

精一杯の勇気でもってエドガルを見つめる。その強い眼差しに、エドガルは不思議がった。


「どうかしたのですか?」

「あの!!」

 

 エドガルの言葉に食い気味に、結希が体を前に乗り出す。


「ウヴェーリが、皆がみんな悪いわけじゃない、と思います」

「……」

「人間だっていい人ばかりじゃない。いろんな人間がいるように、ウヴェーリの中にだって、優しい者もいます」

 

 黙り込んだエドガルに続けて言い放つ。嘘偽り無い本音だった。


 結希はウヴェーリの村が襲われる惨状を見た。あの時は、結希の目に人間がとても非情で冷酷な集団に映った。一方的に人間が悪いように思った。しかし、王都へ来て、街のようすを見て、果たして人間が絶対的な悪なのかと問われると結希はなにも言えなかった。人間のなかにも、ウヴェーリに殺されている者がいるのだとすれば、そう簡単に誰が悪いとか決めつけていいはずがなかった。両者とも、自分が傷ついて、相手のことが見えなくなっているようだった。

 だから、お互いが互いをもっとよく知ることができれば、関係は改善するのではないか。少しでもそうなれば、なにか変わるのではないか。結希とキールが、キールとクリメントがそうであったように。結希は思い、拳を握りしめた。


「――ない」

「え?」


気づけば、お話が折り返し地点過ぎてました。。。はやい!

今回も読んでくださった方、ありがとうございます。もう少しお付き合い頂ければ幸いです。

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