囚われた結希
馬車は傾斜の坂を上へ進んでいく。先ほどの街の様子が目の奥に焼き付いて離れない。
人が外を出歩かなくなるくらいウヴェーリを怖がっているなんて思いもしなかった。今まではキールたちウヴェーリと接することが多く、一方から見える部分だけを見ていたのかもしれない。それも一つの事実だが、本当はそれだけではきっとなくて、人間側からも見なければわからないことがあったのだ。
一方的に加害者を決めつけ、もう一方が被害者だと思っていたけれど。もしかしたら、どちらも被害者である可能性だってあるのだ。多角的にものごとをみなければ、とんでもない間違いを犯すところだった。胸が早鐘を打つ、今ここで気付けたことがせめてもの救いだった。
まぁどう動くにしても、この人から逃げ出さなければいけないことは変わらないんだけど……。
ほの昏い瞳の青年と目が合う。結希がなにを考えているのか、全て見抜かれているような視線にぎょっとする。その眼差しから視線が逸らせない。瞳の奥に何か別の感情が見え隠れする。しかし、今はその感情がなんなのか、見つけだすことは出来なかった。
「国民のためにも、ウヴェーリを許すわけにはいきません。……絶対に」
青年の声に力がこもる。その声が熱に浮いたようにゆらゆらと揺れ、鼓膜をふるわす。
「――?」
その思いも確かにあるのだろうが……。なぜだろう、それだけではない強い憎しみのようなものを結希は感じた。そう思うのは、彼の瞳の奥に得体のしれない感情が潜んでいるように見えるからなのか。
馬車の速度が緩やかになっていく。そのすぐ後、馬が嘶く声と、御者の声が聞こえ、馬車は完全に停止する。
「着いたようですね」
青年は御者が扉を開くと、己が先に出て、結希の方へ片手を差し出した。
「どうぞ」
「――あ、りがとうございます」
映画で見るような、エスコートの手を差し出される。紳士的な行為を受けたことのない結希は、わかりやすく動揺した。ぎこちなく掌に手をのせる結希に、青年は首を傾げたが、深く突っ込むようなことはなく、そのまま歩を進めた。歩いている際に逃げる隙はないかと周囲を窺ったが、背後には城の兵らしき剣を携えた男達に囲まれてしまい逃げられそうもない。観念するように、溜息を一つ溢し、青年の後に続いた。
美しく整えられた緑と光に揺らめく池がある中庭を眺めながら、深い鈍色の長く続く回廊を進む。街の様子とは打って変わった豪華なつくり。長い廊下を突き当りまで進むと、左右に進む道がある。それを右に曲がり、螺旋に伸びる階段をあがる。階段の手すりには、琥珀色の小さな飾りがそこかしこにちりばめられ、宝石等の装飾に関心のない結希の目から見てもそれは美しく輝いていた。
廊下では何人もの人とすれ違った。城に遣えているのであろう黒色の燕尾服を着た者、毛皮を身にまとった風格のある人間。その人たちが、何歳も年下であるはずの青年に頭を下げる。そんな様子に、今更ながら青年を見る。確かに、一般人にしてはあまりに洗礼された身のこなしだった。彼はいったい何者なのだろう。
「お入り下さい」
青年の声に促されるように、案内された一室に足を踏み入れる。重厚な濃褐色の扉をくぐると、開けた明るい部屋が結希を出迎えた。もといた世界での6畳の自室の4倍はありそうな部屋。奥にはこれまた大人三人は裕に横になれそうな大きなベットがある。窓は日の光が入る様に広く設けられ、カーテンのレースはつる草模様をあしらって日の光に反射し、輝いている。
「こちらに」
青年に背を支えられ向かったクローゼットの中には、目を奪われるほど華やかな衣装が所狭しと並べられていた。薄い桃色の生地に、白いレースがあしらわれたワンピースに、春にたゆたう小川のような薄い水色の、緩やかにカーブを描くドレス。脇にある三面鏡の前には光にきらめく透きとおった琥珀や深い青、緑、濃い緋色の宝石の耳飾りやネックレスがあった。並べられたそれらは、どれも豪華で、美しいものばかりだった。だからこそ、自分には不似合いなそれらに、困惑の眼差しを男性に向ける。
「あ、あの。これは……」
「あなたのために用意させたのですが。お気に召しませんでしたか?」
困った表情を浮かべる結希に、首を傾げて男性が言う。
(私の、ため――?)
男性の言葉にぎょっとする。このような高そうなものをなぜ会ったばかり、しかも外見だってごく平凡な自分に用意してくれたのかわからない。
「――やはり、こういうものは苦手なのですね」
「……?」
目が深い色に沈んでいる。男性が小さく零す言葉が妙に胸に引っかかる。やはり、という発言の意味を測りかね男性をじっと見ると、先ほどの影の差した瞳を消し、男性は柔らかな微笑みを浮かべた。
「それでは、あなたの好きなものをそろえさせますので。なにか欲しいもの等がございましたら、お気軽にお声掛けください」
「え……」
「どうかなさいましたか?」
男性の不思議そうな顔に、こちらがおかしいのかと錯覚してしまいそうになる。男性の口ぶりではまるで、結希がここに住むかのようではないか。
「あの、私帰ります。置いてきてしまった友人もいるし。きっと心配していると思うので」
声に出してようやく自覚する。こんなに親切に優しくされているからつい忘れてしまいそうになるが、この人は自分を誘拐した張本人なのだ。帰してほしいと訴える結希に、変わらぬ笑顔を浮かべる。その笑顔が、今度は酷く不気味に感じた。
「そういうわけにはいきません」
当たり前なこととでもいうように、男性は結希の発言を却下する。一歩近づいてくるのにしたがい、結希も一歩後方へ下がる。男性の笑顔は優しいはずなのに、目の奥に見え隠れする別の感情に腰が引けた。
男性はそんな結希に、一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐそれを消し、変わらず結希へと近づいてくる。
いつの間にか6月。。。
雨の雫を被る紫陽花って綺麗ですよねーー。




