王都 ローファス
困った笑みで、結希を気遣うように声をかける。
「手荒な真似をして、すみません」
頭を下げつつも結希を離そうとはしない。
「なんで……?」
「……」
青年から身を離そうと体を動かすが、支えている手に強く力が込められ、逃れることができない。
「私を、下ろしてください」
懇願するも、青年は首を振る。
「それはできません」
「な――!?」
きっぱりとした物言いに、二の次がつげなくなる。笑顔ではあるが、その声音はすべて自分の思い通りにしようとする、支配者特有の傲慢さが感じられた。しかしいくら考えてみても、男性がこんなことをする理由が皆目見当もつかない。
「どうして、こんなことを……」
青年の笑みを浮かべたままの表情を見ながら訊く。その眼は、底冷えするほどに昏い。
「言ったでしょう?あなたはわたしの知人に似ていると」
「――?」
だからなんだというのだろう。その人に似ていることと、いま強引に自分が連れていかれている現状とが噛み合わない。しかし、青年はそれ以上その知人に関して話すつもりはないらしく、話を変えられる。
「あなたには、わたしと共に王都へ来てもらう」
「王、都?」
そこは図らずも結希達が向かっている場所だった。そこへ行って、国の現状を伝え、人間とウヴェーリの関係の改善を訴えようと思っていたのだ。しかし、望んだ形の王都行きではない。それ以前に――。
「あなたは、ダレなんですか?」
それが一番の疑問だった。彼は何者で、なぜこんなことをするのか。その質問に、男はしばらく沈黙した後、結希を向かいの座席へと座らせ、目を逸らした。窓にかかる布を手で押しやり、外の景色をわずかに覗く。その眼は、森の方へ注がれている気がした。
「いずれ、わかります」
それだけ言って黙りこんでしまう。馬車は揺れ、どんどん走りすぎていく。なんとも言えない不安が結希の心を満たしていった。
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道がしっかりと整備されているわけではないのか、時折体が揺れる。それでも、柔らかなソファーの座席が、衝撃をやわらげてくれ、痛みは感じない。
ここから飛び出すことはできないか、考える。しかし、扉のすぐ脇を青年が陣取り、とてもじゃないけれどそれをかいくぐってはいけなそうだった。何度目かしれない溜息を吐く。それを見逃さなかった青年が、なぜか笑みを溢した。
「外へ出たい、ですか?」
「……それは」
というか、逃げたいのだけれど。無理やり連れてきておいて、青年は変なことを言う。
「もうすぐ着きます。そうすれば、馬車から出られますので」
「……」
それは出られたとしても、もといた場所には返してくれないのだろうということが言外に感じ取れた。どうしてこの人は私をさらってこんな場所まで連れて来たのだろう。謎ばかりが胸の中で膨らむ。
--ガタン。
どれだけ時間が過ぎたのか。時計のないこの場所で確認する術はなかった。大きな音が轟いて、重いものがこすれる音が鈍く響く。結希はこの時初めてカーテンの隙間から外を覗いた。
「――……」
眼前に広がる光景に、目が離せなくなる。
「王都へようこそ」
「え?」
男の言葉に目を見張る。本当にここが国の主都で、地方のトップルよりも中心地だというのだろうか――。
「人が……」
人がほとんどいない。いたとしても、壁にもたれ、地べたに寝転んでいる人や、虚ろな瞳で街を徘徊するような人がいるばかりだ。地方でもトップルの方がよっぽど栄えて見えた。
「トップルとは全然違うでしょう?」
結希が思っていることをくみ取った青年が言う。なおも低い声で続けた。
「これも全て、ウヴェーリのせいです」
「え?」
思いもしなかった言葉に、青年を振り返る。
今まで、ウヴェーリが一方的に人間に虐げられている様子ばかりを見てきた。やられているのはウヴェーリのはずだ。それなのに、目の前にいる青年はこの惨状がウヴェーリのせいだという。これは、どういうことなのだろう――。
「地方はまだ被害は少ないです。しかし、国の多くが集まるこの王都では違います。一番ウヴェーリの被害が大きい。家畜が食い散らかされ、ウヴェーリが人間を襲うということも絶えない。年に何件も、人間がウヴェーリに噛み殺されたという報告も受けています。街を覆う石の要塞より一歩森へ踏み込めばそこにあるのは死のみです」
「……」
重く語る言葉に返すことができない。キールや結希達を逃がしてくれたウヴェーリの親子が脳裏に浮かぶ。結希が知るウヴェーリは、確かに人間に対して警戒心が強いけれども、人間がウヴェーリにしていることを思えば無理のない話で、しかも最終的には人間であるはずの結希を助けてくれた。本当は気の優しい者ばかりだった。だから、青年が言った言葉も、いま目の前にある、薄暗く、陰鬱な街の様子とウヴェーリがどうしても結びつかない。
「国民は怖がり、今ではあまり外を出歩かなくなりました。昔はこれでも活気に満ち溢れていたんですけどね。それが今はこんなさびれた街になってしまいました。あの人が亡くなってしまって、この国から光が消えた……」
「あの、ひと?」
「ああ、いやなんでもありません」
青年は漏れでた言葉にはっとして口を噤んだ。それに関して話すつもりはないらしい。




